第42話
横浜ダンジョン攻略の記者会見は、時藤茜の発言によって荒れに荒れた。
しかし、それは巨大蜘蛛の毒による幻覚と、目の前で仲間を失ったショックによる記憶の捏造と処理されてしまい、ネットでは彼女のファンだった者たちによる失望と落胆の書き込みで溢れた。
中には、真実だったのでは? という意見もあったものの、それに賛同する者は少なく、むしろ擁護しようものならば徹底的に淘汰され、真実は闇の中という面白おかしく書かれた記事になってオチをつけられてしまう。
やがて、彼女は「自宅療養」という名目のもと、攻略組から外されてしまい、探索者としての活動を休止する運びとなった。
そんな茜は今――。
「新しい攻略組組織を立ち上げましょう」
とんでもない提案を黒井にしていた……。
「あのさ、なんでそれを俺に……?」
「黒井さんはわたしと同じで、悪者にされた同士ですよね?」
「同士ですよね、って……勝手に肩を組まないで欲しいんですが」
「アストラは辞めてきました。その後、他の攻略組組織に行きましたが、どこもわたしを受け入れてはくれませんでした。ですから、新しく作ろうと思ったんです。そこで、一番最初に引き入れやすそうなのが黒井さんでした」
「低く見積もらないでください」
茜の歯に衣着せぬ物言いに、思わず呆れてしまった黒井。普通こういう提案をするのなら、腰を低くして下手に出てしまうのが社会に叩かれた人間というもの。
しかし、目の前の時藤茜という人間は、まるでそれが当たり前だと言うかのように変わらぬ姿で堂々としている。
大した精神力だな、と改めて黒井は思った。それか鈍感なのか……と思い直しもした。
「それで支部まできて待ち伏せしてたんですか……」
現在二人がいるのは支部の応接室だった。いつかの勧誘のように、茜と黒井は椅子に座って対峙している。あの時と違うのは、長谷川がいないことだけ。
「長谷川さんに連絡先をお聞きしようと思いましたが、あの人は巻き込みたくなかったので」
「俺なら巻き込んでもいい、と?」
「探索者はダンジョン攻略をするのが仕事です。魔力覚醒をした時点でわたしたちは既に巻き込まれています」
冗談で煽ったら正論パンチで返してきた茜。黒井はもはや笑うしかなかった。
攻略組として活動ができなくなった探索者の多くは、黒井のように治安維持組へ転向した。そして、そうではなく探索者を引退し普通の人として生きる道を選ぶことも少なくない。
しかし、茜はそうではなかった。
あのような経験をしてもまだ、探索者とはダンジョン攻略をするものと言い張り、そのための手段を模索している。
結局、誰も彼女を折ることはできなかったらしい。
「攻略組っていうのは、金を持ってる企業が組織を立ち上げて、探索者を募集するのが一般的です。ですが、探索者が個人的に組織を立ち上げるとなるとギルドになります。その難しさは知ってますよね……?」
それに茜は頷いた。
「実力がなければ相手にされず消えていきますよね。アイドルとかバンドみたいに」
「分かりやすいがその例えはやめてください……。彼らだって誰かを幸せにすることはできたはずです。ただ、それが多数派にならなかっただけのこと」
「わたしには無理だと思いますか?」
それに黒井は微妙な反応をする。
「無理だとは思っていません。ただ、俺には難しいと思います」
「何故ですか?」
不思議そうに小首を傾げて見せた茜に、黒井は苦笑い。
「……俺はランクCのヒーラーです。現実的な話として、勧誘するのならもっと実力のある探索者が先じゃないですか?」
そう言ったら、彼女はふむと考え込んだ。
「たしかにそうですね……なぜ、わたしは黒井さんを最初に勧誘しているのでしょうか……」
そして、自問自答し始める茜。
「いや、さっき「引き入れやすそうだから」って言ってましたけど」
「もちろんそれもあります。ですが、なにもそれだけの理由でここにきたわけじゃありません」
それから、茜はジッと黒井を見つめてきた。そうしていれば、その答えが見つかるとでもいうかのように。
「何故でしょうか……わたしには、黒井さんに実力がないとはあまり思っていません」
「今度は過大評価ですか……」
「そうではありません。黒井さんは魔眼を持ってますし、攻略組として活動していた経験があります。ヒーラーではありますが、治安維持組としてダンジョンに潜っていたこの二年間はソロでアタッカーの役割をしていました。それに――」
彼女はそこで言葉を切った。
「……いえ、これに関しては、わたしの直感的な部分が大きいので除外します」
そう言って、彼女は言いかけた言葉を引っ込めてしまう。
「あとは……黒井さんは結局、横浜ダンジョン攻略に参加してくれたので」
代わりに、そんな理由を茜はあげた。
「まぁ、活躍はしてないが」
「それでも、わたしは凄いと思います。今回のダンジョン攻略を経て、その考えはより強くなりました」
彼女は、真っ直ぐに黒井を見つめてそう言った。そして、ふっと視線を下に向けてから、片方の袖口をぎゅっと掴むと少しだけ険しい表情をする。
「正直……もう一度あのダンジョンに潜れと言われたら、わたしは躊躇するでしょう。……それほど、横浜ダンジョンは怖いところでした。アストラを辞めようと思った時も、探索者自体辞めてしまおうかとも考えたんです」
その気持ちは、痛いほどわかった。
「ですが、ふと黒井さんのことを思いだして続けてみようと思いました。さっきの例えじゃないですが……黒井さんがソロで潜り続けた二年間は、そう多くない人たちを確実に救っていたと思います」
そして、彼女は再び視線を黒井へと向けてくる。
「黒井さんの存在が、わたしを探索者に思い留めました。そんな黒井さんと一緒に活動をしてみたくて、わたしはあなたを勧誘しにきたんだと思います」
横浜ダンジョンで自身の無力さを思い知らされ、仲間にも裏切られ、世間にすら打ちのめされた彼女の瞳には、未だ光が宿っていた。
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