第41話 

 横浜ダンジョン攻略の記者会見に、茜は憂鬱な気持ちで臨んでいた。


「茜。キミはただ黙っていればいいからね」


 控室にて、そんな声をかけてきたのは鷹城だった。


 彼女は、そんな彼の顔を見るどころか返答すらせずに無視を決め込む。呆れるようなため息が鷹城から聞こえた。


「これは僕の判断じゃなく、上からの命令なんだ。キミもアストラに所属しているんだから従ってもらうよ」


 鷹城の声音は優しかったものの、その内容は脅迫に聞こえる。いや、事実脅迫ではあったのだ。


 茜は生還直後、ことのあらましを包み隠すことなく報告をした。しかし……それに対する反応は、予想していたものとは大きく違った。


「――その鬼たちというのは、本当にいたのか? ドラゴンを倒すほどの魔物がいたのなら、どうやって生きて帰ってきた?」

「――鷹城くんの指示が間違っているというのは君個人の私見なんじゃないかね? わるいが……撤退よりもドラゴンを倒すことを優先したのは英断に思えるし、キミが怖気づいたようにしか聞こえないが」


 長時間にも及ぶ報告で茜が得たのは、担当した者からの疑惑に満ちた視線だけ。


 挙句の果てには、『巨大蜘蛛の毒には幻覚作用があった可能性』とまで報告書に書かれてしまう始末。


 それを見たとき、茜はショックのあまり言葉を失った。


 頼みの綱は、茜に剣を振るおうとした鷹城の証言。彼だけは、鬼を引き連れていた仮面の者を見ていたはず。


 しかし、別室で報告をしていた鷹城は、その内容を否定したらしい。


 茜がどんなに真実を述べても、作成された報告書には『アストラの技術のすいを集めた装甲車両の援護により、巨体蜘蛛の群れに襲われながらもドラゴンを打ち倒した』という内容が捏造されただけだった。


 しかも、それを発表する記者会見への出席を指示され、茜の精神は限界に近づいていた。


『――それでは、これよりアストラルコーポレーション主催による、横浜ダンジョン攻略の記者会見を行いたいと思います』


 そんなアナウンスが流れ、茜と鷹城を含めた生還者たちが会場入りをする。


 眩しいほどのフラッシュと、耳が痛くなるほどのシャッター音が彼らに浴びせられた。


 ダンジョン攻略の内容については、作成された報告書を別の人間が読みあげるだけであり、探索者への質問は最後になる。


 しかし、茜には会見前から「質問されても黙っているように」との指示があり、そこにいる彼女はただの置物に過ぎない。


 とはいえ、記者からの質問は攻略班のリーダーである鷹城へと集中した。そして、その質問に対し鷹城は、作られた英雄像の嘘を重ねていく。隣でそれを聞いていた茜は、途中で吐き気を催した。


「――時藤茜さんに質問です。巨大蜘蛛の毒に幻覚作用があったとの事でしたが、どのような幻覚を見たのですか?」


 一人の記者がそんな質問をした。


 それにマイクを持ったのは鷹城。


「彼女はまだ本調子ではありません。質問の返答は控えさせて――」


「ドラゴンを倒したのは、わたしたちアストラ所属の探索者じゃありません」


 しかし、茜は鷹城の言葉を遮るように、凛とした声をマイクに通した。


 その言葉に会場が静まりかえり、鷹城は顔を強張らせて茜を見ている。


 会場の奥で、彼らを見守っていたアストラの重役たちが素早く会話を交わしたのが見えた。


「ドラゴンを倒したのは、鬼を引き連れ仮面をしていた謎の存在です。わたしたちは、ダンジョンコアすら破壊していません」


 そんな茜の主張に、会場内はどよめいた。


 横浜ダンジョン攻略の記者会見は、テレビだけでなくネットでも生配信されており、多くの人たちがそれを見ていた。


 そして、茜の発言直後から、その視聴数は雪だるま式に増えはじめたのだ。



 ◆



「お嬢様、お見せしたいものがございます」


 ドイツ、ハンブルグ市にあるマンション。その一室で、燕尾服を身に纏う白髪の男が静かに告げた。


「どうしたの? ラルフ」


 男の声に反応したのは、プラチナブランドの髪に琥珀色の瞳を持つ少女。その部屋は彼女の自室なのか、紺色のルームウェアを着ている。


 部屋の内装はオシャレなガラス張りであるにも関わらず、光が入らないよう全面をカーテンで覆われていた。その代わりとして、温かな照明が室内を照らしている。


 男は少女の前までくると小脇に抱えていたノートパソコンを白い手袋で丁寧に開いた。


「これは、日本で行われたランクAダンジョン攻略の記者会見記録です」


 その画面には、黒スーツを着た女性探索者が映し出されている。


「ランクAのダンジョン攻略記者会見? それがなに?」


 しかし、少女は興味なさげにパソコン画面から男の顔へと視線を移動させる。


「先日、アビス内のランキングに突如現れた者と関わりがあるかと」

「なんですって?」


 少女は画面へと視線を戻したものの、眉根を寄せてから再び男を見た。


「……映像は良いから説明して」

「わかりました。この会見に映るアカネという探索者によると、ダンジョン内でドラゴンを倒したのは仮面を付けた者だそうです。そして、その仮面の者は鬼を引き連れ、仮面にも角があったようです」

「鬼……変異体ね」


 少女が目を細めると、男もそれに頷く。


「私も同じ意見です。そして、このダンジョン攻略の時間帯と、ランキング内にその者が現れた時間帯がほぼ一致します」


 しかし、その説明に少女は納得のいかない表情を浮かべた。


「攻略したのはランクAのダンジョンでしょう? クリアポイント的には、ランクSくらいなければおかしいと思うのだけれど」

「アビス内の集計システムは未だ解明されておりません。お嬢様の仰ってることは、これまでの記録から導き出された憶測に過ぎません」

「そんなのは分かってる。それでも、ランキング50位以内に突然入ってくるほどのクリアポイントがランクAのダンジョンで獲得できるとは思えないだけ」

「他の攻略情報も調べていますが、現状有力と思われるのが、このダンジョン攻略だけです」


 それに少女は「ふぅん」と鼻を鳴らした。


「まぁ、ランキングに突然現れたのが変異体っていう予想は合ってたのかもね。名前を隠すなんて、それしか考えられないもの」

「はい。ただ……残念なのはそれが下位種族の鬼だったことです。お嬢様がお探しになっているような人形候補には遠く及ばないかと」


 男は声を落としてそう言い、パソコンを音もなく閉じた。


 それに少女は反応もせず、じっと何かを考え込んでいる。


 やがて、


「ラルフ。このダンジョン攻略のメンバーリストを持ってきて」


 少女は男にそんな指示をする。


「ご覧になるのですか?」

「一応チェックはしておかないとね? なにせ、数いるランカーを押しのけてランキングに入ってきた変異体だもの。それに鬼もパワー系統の種族じゃない? もしかしたら、人狼よりもよほど強いかもしれないでしょう?」


 その瞬間、男がはめていた白手袋がビリッと裂けた。


「これは……失礼いたしました。ホッホッ」


 男はそう言って和やかに笑い、裂けた手袋を隠すように手を後ろで組んだ。


「ラルフ……わたしの前でいきなり殺意を見せるのはやめなさい。次やったら殺すから」


 少女は瞳孔の開いた目で男を見やる。


「申し訳ございません。それではすぐにメンバーリストをお持ちいたします」

「ええ。……もちろん分かってると思うけれど、最初から称号持ちの人間だけ選り分けて持ってきて」

「承知しました」

「それと、日本行きのチケットも用意して」

「直接お嬢様が行くのですか? それだと、いろいろと面倒な手続きが必要になりますが……」

「仕方ないでしょう? 直接会ってみるのが一番手っ取り早いもの」


 男はため息を吐いた。


「お嬢様は欧州でも数少ないランクSの探索者であるという自覚をお持ちください。たとえ数日の移動であっても、国の承認が要るのです」

「わたしと同程度のランカーなら、この辺りには数人いるわ。なにを渋ることがあるっていうの?」

「不測の事態に備えるためです。ここ最近、ランクの高いゲートが出現していますから」

「だからこそ戦力を整えるのが先でしょう? わたしたちはまだ、ダンジョンを阻止するだけの防衛戦を何年も強いられているのよ」

「しかし……」


「――パペット」


 少女が素早く唱えて指を動かした瞬間、男は後ろに組んでいた手を自身の首元へと添えた。その手の先からは鋭い鉤爪かぎづめが伸びており、首筋には赤い血が滴っている。


「わたしが鬼なんかに興味を抱いてるのが気に入らないのね?」

「……ええ、そうです」


 男はそれ以上傷がつかないよう、慎重に喋る。


「なら、あなたが戦って確認したらいいわ」

「よろしいの……ですか?」

「もちろんよ。人形候補にならないと思ったら殺しても構わない。その代わり、あなたが殺されるかもしれないけれど」


 そう言って少女は無邪気に笑う。その口元には、鋭い八重歯が覗いた。


「どうせ人狼も鬼も、月の力がなければいずれ正体を晒すことになるんだから。どちらも危険だわ」

「……わかりました。すぐにチケットを手配いたします」


 男がそう返答したことで、少女は満足そうに微笑んだ。


「――ルーラ」


 今度、少女が唱えると男の鉤爪は普通の手に戻った。

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