第40話
『これまで横浜を立入禁止区域として封鎖していた指定ランクAのダンジョンを、本日アストラルコーポレーションが派遣した探索者チームが攻略しました。これは異例の快挙であり、国外からも多くの注目と祝福が送られています。しかし、ゲート内で行われた戦いは壮絶なものだったようで、現在確認されている生存者は6人。アストラルコーポレーションは生存者の体調が整い次第、記者会見を開くと発表しており――』
横浜ダンジョンを攻略したという事実は、日本中を瞬く間に駆け巡った。そのニュースに人々は驚き、ゲート出現のせいで土地を追われた者たちは泣いて喜んだ。
その一方で、攻略班に参加した探索者の家族や友人は悲しみに暮れ、ゲート内で何があったのかを詳細に知りたがった。
それでも、日本初となるランクAダンジョンの攻略という偉業に怒りを顕にする者はおらず、ただ、その事実を受け入れるしかなかった。
「――すいません、黒井さん。記者会見はやはり、アストラ所属の探索者だけで行う方向らしくて……記録には名前しか載らないそうです」
長谷川の申し訳無さそうな言葉に、黒井は首を横に振った。
「いえ、俺は攻略班とは別行動をしていましたし、彼らがドラゴンと戦っている間、オークに襲われたときのダメージが酷くて寝ていることしかできませんでしたから。そんなので記者会見にでても、喋ることなんてありませんよ」
「ですが、記者会見に出れば少なくとも二年前の汚名を晴らすことができるのでは?」
「汚名ですか?」
黒井が訊き返すと、長谷川は気まずそうに頬を掻いた。
「……実は、黒井さんを勧誘しに行く時に、当時のネット記事なんかにも全て目を通したんです。正直、書かれていた内容は見るに堪えないものばかりでした」
長谷川は悪くもないのに、「すいません」と頭を下げた。
「別に気にしてませんよ。記事に多少の偏見が入っていたとしても、攻略できずに逃げ帰ってきたのは事実ですから。それに、俺は汚名返上するために今回の攻略に参加したわけじゃありません。もちろん自分の手でかつての仲間の敵を討てなかったのは残念ですが、それでも横浜が解放されたことは喜ぶべきことです」
そう言った黒井は、「それに報酬も十分貰いました」と最後に付け加えて力なく笑った。
「そう言ってもらえると僕の立場的には助かります……」
長谷川は“立場”という言葉を強調し、それは自分の本意ではないことを暗に告げてくる。
「……それと、探索者協会に丸一日拘束されていたらしいですが大丈夫でしたか?」
「俺はアストラの探索者じゃないですし、守ってくれる後ろ盾がなくて、協会から事情聴取を受けてしまうのは当然のことですよ。……まぁ、ヒーラーとして戦闘ができない醜態を延々と説明しただけです。向こうも呆れていたというか、一応記録を取るためにそういったことをしただけだと溢してましたね」
「そうでしたか。何もなかったなら良かったです」
長谷川の心底安堵するような分かりやすい態度に、黒井は思わず笑みをこぼす。
横浜のダンジョンが攻略されてから、三日が経過していた。
未だ世間は、その偉業を称賛するニュースで溢れかえっており、特に、生還した探索者たちはまるで英雄のように扱われていた。
彼らのメディア露出はまだなかったものの、記者会見をキッカケにして、その名は多くの人たちに知られることになるだろう。
そして、その中に黒井は含まれていない。
それどころか、長谷川が心配してくれたようにゲートからの帰還直後、黒井は探索者協会に連れて行かれ事情聴取的なものを受けるはめになった。
とはいえ、それは形式的なものに過ぎず、攻略に参加した経緯やダンジョン内での話をしただけで、大半の時間は休憩室みたいなところでお茶を飲んで過ごしただけ。
取り調べのようなものではなかったため、装備していたお面を取らなくて本当に良かったと黒井は安堵していた。
まぁ、仮に黒井が暴れたとしても、探索者協会にもランクA並の探索者はいた。「たかがランクCのヒーラーに何ができるのか」と甘く見てくれたのかもしれない。
その時に黒井は、ランクを偽る重要性を知った。
もしも黒井がランクAのヒーラーだったならば、お面は外すことになっていたかもしれないからだ。
そして、ようやく協会から解放され、自宅に戻って泥のように眠ったあと、長谷川から連絡が来ていたことに気づいたのだ。
「それと……これは個人的なことなのですが、ダンジョン内で一体何があったんですか?」
長谷川は声を潜めて黒井に訊いてきた。
彼が待ち合わせに指定してきたのは、アストラルコーポレーションオフィスビル内にあるカフェだった。その時に、他の人には知られたくない話をするのだろうと予測をしていた黒井だったが、おそらくこれが本題なのだろうと察する。
「そちらの探索者は報告したんじゃないんですか?」
「その……お恥ずかしい話ですが、報告は僕より上の人たちが担当していまして……彼らとはまだ会えてすらいない状況なんです」
「そうだったんですか……」
「はい。僕らはそれよりも、今回の攻略で亡くなった探索者たちの遺族の元を回るのに一杯一杯で……」
そう説明していた長谷川の言葉は途切れ、黒井から目を伏せた彼は額から流れる汗を拭った。カフェの店内は暑くも寒くもない適切な温度に調整されている。汗の原因は、精神的なものだろうとすぐにわかった。
「……大変でしたね。ですが、俺から話せることは本当に何もありません。彼らとは別行動でしたから」
「そう、ですか」
黒井が報告したことは、「首藤と鎧男と共に攻略班とは別行動をしていた」ということのみだった。
そこで三人はオークの集団と遭遇し、首藤と鎧男が前にでて戦闘。黒井は応援を呼ぶため、一人引き返したが、追いかけてきたオークに襲われ負傷し気絶――というのが報告した内容。もちろん、嘘ではあったものの、それを否定する者はおらず、生還した攻略班の者たちも黒井が首藤たちと別行動をした事実は知っている。なにより、メインとなるドラゴンとの戦闘に黒井は関わっていないため、その報告内容はまったく重要視されなかった。
「僕は探索者を管理する立場なのに、報告も聞けず記者会見の内容も全て上が取り仕切っているんです。だから、話せないようなことがダンジョン内で起こったんじゃないかと思い……すいません、こんなこと黒井さんに話しても愚痴でしかありませんね」
はははと笑った長谷川の顔に生気はなく、疲れているのが目に見えてわかる。
記者会見は、今日の夕方から行われる予定だった。しかし、それを待たずに黒井に連絡してきたということは、相当心配をしているのだろう。
その心配が、『探索者を管理する立場』から来るものではなく、『長谷川の人間性』からくる温かいものであることは明白で、黒井は嘘を吐くことに罪悪感を覚えたものの、それでも正直に話すわけにはいかなかった。
「今日はお疲れのところお時間を頂いてありがとうございます」
最後、長谷川はそう言って再び頭を下げた。
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