第39話
「あかね……あかね!」
洞窟内で眠っていた茜は、鷹城の声によって起きた。
洞窟の天井が見えた彼女は、気絶する前の記憶を思いだして眠たげな眼を見開く。
「ドラゴンは――!?」
意識の覚醒とともに勢いよく上半身を起こすと、付近には彼女と同じく眠っている探索者たちが数人。
鷹城を見れば、彼はどこか、狐につままれたような表情をしている。
「もうゲートが閉まるカウントダウンが始まってる」
「では、攻略したのですね?」
「その話は、僕が訊きたかったんだけど……目が覚めたら全部終わってたんだ」
彼は、信じられないというようにそう告げた。
「てっきり、キミたちがやってくれたんだと思ったんだ。でも、ダンジョンコアがあったと思われる場所に行っても誰もいないし、ここまで戻ったらキミたちが倒れていて……ああ、くそっ。まだ混乱してる。僕は瀕死だったはずなのに……」
頭のなかを整理するように語ったあとで、イラだちに頭を抱える鷹城。
そんな彼に、茜は問いかけた。
「鬼たちは?」
「……鬼?」
「はい。わたしが巨大蜘蛛に殺されると諦めたとき、鬼を連れた――者が現れたんです」
人、と言いかけた茜は自信がなくて「者」に言い換える。
姿形は人だったものの、それは仮面の装飾だったのか……その者には角があった。そして、人とは思えぬ戦いをドラゴンと繰り広げていた。様々な側面から考えてみても、それを人と呼ぶには足りない気がしたのだ。
「僕が目覚めたときにはいなかったな」
「たぶん、あの者が攻略をしたんだと思います」
茜は、自分でも半信半疑に思える結論をだしてから、眠っている探索者たちをもう一度見る。
「あの、他の方々は?」
それに鷹城は険しい顔をしてから、首を振った。
「生き残ったのはここにいる者だけだ。他はみんな死んでいた」
「……そう、ですか」
驚きはしなかった。あの絶望的な状況のせいで、彼女は自分の命すら諦めていたからだ。なぜ生きているのか不思議でならない。
「でも、キミが生きていてくれて安心したよ」
そして、そんな鷹城の安堵に、茜は眉をひそめる。
「鷹城さんが撤退指示をしていたら、こんなに被害が出ることはありませんでした」
その不快感が、言葉として出てしまった。
「……そうかもしれない」
それに鷹城は目を伏せて答える。
そんな彼の反応に……茜は、眉間のしわをさらに深くした。
「それだけですか? あなたを信じて従った亜門さんも死んでしまったんですよ!?」
眠っている探索者のなかに亜門の姿はなかった。鷹城が先程言ったことが本当なら、彼は生き残れなかったのだろう。
茜は、自分でも珍しいと思うほどに声を荒らげた。
「悪いと思ってる。でも、攻略をしていればダンジョン内での死はつきものだ。あの状況で僕は蜘蛛よりもドラゴンを倒さなければならないと判断したし、今も間違っていないと思ってる」
「わたしはそうは思いません。すぐに撤退をしていれば、彼らは生きれましたし、生きる限り、またドラゴンに立ち向かえたはずです」
それに鷹城はしばらく無言だったものの、
「キミは――そう報告するつもりかい?」
顔を上げた彼は、怯えた目つきでそう訊いた。怯える理由は、訊き返さずとも理解できる。
「はい、そのつもりです」
だから、毅然としてそう答えた。
「そんな報告をしたら、僕が何て言われるかわからないのかい?」
「わたしなりの事実を報告します。嘘は吐けません」
「僕は……みんなのためにドラゴンを倒そうと頑張ったのに、それを知らない人たちは僕が悪かったと叩くに決まってる!」
「たくさんの人が死にました。仕方のないことです」
「仕方のないことだって? キミは僕の味方じゃないのか……?」
「味方です。そして――死んだ人たちも味方でした」
静かにそう告げると、鷹城はギリッと歯を食いしばった。やがて、その隙間からは吹き出すように声が漏れ、それは次第に不気味な笑いに変わる。
「キミは……何もわかってない。それを報告したらどうなるのかすら想像もしてない」
「分かる必要も、想像する必要すらありません。わたしはただの探索者ですから」
そして、鷹城は不気味な笑いを止める。
「僕にはわかるよ。そんなことを報告したら僕だけじゃなく、アストラだって世間から叩かれるはずだ。それは回り回って、キミの立場も危うくさせる」
「探索者にも家族はいます。彼らも真実を知りたいはずです」
それでも鋭い視線を向ける茜。
「そうか……最初に起こしたのがキミで良かったよ」
その時、鷹城の雰囲気が変わった。
「……アストラのためにも、この攻略は上手くいったことにしなければならないし、彼らの死は偉業のための栄えある犠牲でなければならない。そうしたほうが、彼らの家族も幸せだろう」
「何を言っているのですか……」
「僕はキミを気に入っているけど、それを報告されるのは少し困るんだ」
鷹城が自身の武器である剣を手に取る。それに茜はハッとした。
しかし、すでに彼の目は据わっており、手に取った剣は大きく掲げられている。
「これが――探索者だよ」
弓を構える時間はなく、矢をつがえることもできず、驚きで目を見開くことしかできない茜に鷹城の剣が振り下ろされた。
だが――。
ぎゅっと目を瞑った茜が聞いたのは、カランと剣が洞窟内の地面に落ちた音。
「なッッ……」
次に聞こえたのは、鷹城のうめき声。
それにゆっくり目を開くと、鷹城の腹に拳を食い込ませる――角を生やした仮面の者がいた。
鷹城がその場に崩れ落ちる。
茜の視線は、鷹城ではなく仮面の者に釘付けになった。
「あなたは……」
その瞬間、仮面の者は口元辺りにに人差し指を当てると、大穴の方へ向かって走りだす。
「待ってください!」
茜は遅れて立ち上がり、その後ろを追いかけた。
しかし、彼女が光が降り注ぐ場所までくると、仮面の者の姿はこつ然と消えていた。
◆
「一応、見張っておいて正解だったな」
黒井はドラゴンの断崖に身を潜め、疲れたように呟くと仮面を外す。
「まぁ、これで……探索者がどんなものか理解できただろう」
その表情には何の感情も見受けられない。ただ、それが当たり前とでも言うかのごとく、彼は平然としている。
「……それにしても、まさか仲間を手に掛けようとするとは」
見下ろした自身の拳には、まだ鷹城の腹を殴った感覚が残っていた。かなり、手加減をした感覚が。
「殺しても良かったが、死なれると俺が困るんだよな」
黒井は、気絶させた鷹城を思って冷淡にこぼす。
「木を隠すなら森の中……この攻略の生存者は、なるべく多いほうが都合がいい」
そして、彼は付けていた仮面をしまうと、今度はノウミがつくった人の能面を装着したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます