第38話 (ステータス表示あり)
黒井は、収まらぬ殺意の衝動に腕をだけをただ振るい続けた。
ドラゴンの身体は、岩壁にめり込んでおり抵抗の気配すらない。
それでも、彼は我を失ったように同じ動作だけをし続ける。
――廃武器の手甲が壊れました。
やがて、その絶え間ない猛襲に装備していた手甲が壊れた。
しかし、それにも気づかずに拳を叩き込みつづける。
――治癒術を発動します。
――治癒術を発動します。
――治癒術を発動します。
装備の剥がれた拳が、ドラゴンの鱗に骨を砕くも、滴る自身の血を飛ばしながら黒井は殴り続けた。
やがて、黒井が止まったのは自身が殴っているのが岩壁だということに気づいたとき。
ドラゴンの胴の部分は、完全に破壊されて原型をとどめていなかった。残されていたのは手足と、胸部から上の首と頭のみ。それらはまるで張り付けにでもされたみたくめり込んで動かない。
やがて、その頭がぐぐぐと動いて黒井を見下ろした。
「まだ生きてるのか……」
その生命力に、黒井は驚嘆を漏らした。
『貴様はいずれ……我が一族の手によって殺されるだろう……』
そして、そんな姿になってもなお、減らず口を叩くドラゴンには呆れを通り越して尊敬の念すら抱く。
「一族っていうのはドラゴンか? それとも、アビスの魔物の事を言ってるのか?」
それにドラゴンは答えず、代わりに天の声が聞こえた。
――何者かのアクセスにより、職業【黄昏の支配者】が譲渡されようとしています。
――譲受しますか? [はい/いいれ]
「拒否する」
――譲渡を拒否しました。
即答した黒井は、ドラゴンを見上げる。
ドラゴンは、笑うように喉を震わせた。
『貴様に……我を殺した証を植え付けてやろうと思ったが、断ったか』
「あいにく、そういうのは間に合ってる。受け取ったらロクなことにならないことを知ってるからな」
黒井は、回廊でのことを思いだしていた。勝手にダンジョンボスに仕立て上げられたときのことを。しかし、あの時は拒否することができなかった。断れるのなら、同じ轍を黒井が踏むはずはない。
「お前たちは何故、俺たちを攻撃してくる?」
『攻撃ではない……別れた世界を元に戻そうとしているのだ』
「別れた世界だと?」
『……世界を元に戻し、そこに……住まう者は、強者、だけであるべきだ……弱者など……必要ない』
ドラゴンは途切れながらも語る。それは黒井に聞かせているというよりも、意識を繋ぎ止めるために語っているように思えた。
『貴様も……この戦争に見を投じたのなら……いずれ、選ぶことになる……だろう――』
ドラゴンがそう言った直後、突然天の声が割って入ってきた。
――ダンジョンボス【ドラゴン】を倒しました。
ようやく、ドラゴンは死んだ。
――レベルが上がりました。能力値が上昇します。
――レベルが上がりました。能力値が上昇します。
――レベルが上がりました。能力値が上昇します。
――レベルが上がりました。能力値が上昇します。
――レベルが上がりました。能力値が上昇します。
――【悠久の一族】を倒しました。魔力値が大幅に上昇しました。
――魔力値の増加にともない、脳内の磁気が急激に強くなっています。
――規定値を超える魔力が生成されています。魔力回路に負荷がかかります。
その瞬間、黒井は頭が割れるような痛みに襲われた。視界に白い火花が散り、まるで、脳内の神経が細部まで膨れ上がり破裂しそうな感覚に。
その、あまりの痛みに黒井は立っていることができず、膝を地につけると頭を抱えたまま前方へと倒れ込んだ。
――魔眼08が反応しています。
そのとき魔眼ルーペが自動的に起動した。それはいつかのように、カチカチと音をたてる。
――魔力をコントロールできる領域まで抑えるため、魔力回路の配線を複雑化します。
――魔力回路の配線を複雑化しました。
――スキル【雷付与】を修得しました。
――【雷付与】を発動します。
――付与できるものがありません。放電します。
その声の直後、黒井の手からバチバチと渇いた摩擦音が鳴り響き、歪な閃光が周囲の空間を走った。
「……はぁ……はぁ」
ぽたりと、鼻先を伝った汗が地面に落ちる。先程の痛みが嘘であるかのように、黒井の身体は平静を取り戻した。
――称号【殺戮者】を獲得しました。
――スキル【殺気】を修得しました。
そして、空気を読まない天の声までもが、何事もなかったかのように淡々と続く。
「なんだったんだ……」
黒井はそっと左眼付近に手をあてた。スキルが自動的に発動する場面はこれまでにも何回かあった。そして、それはすべて納得できる範疇にとどまっていた。
今回もそうだったのだが……魔眼が勝手に発動するときだけは、なぜか得体の知れない違和感を覚えてしまう。
まるで……黒井の意志とは別の誰かが、勝手に操作している感覚に陥るのだ。
「まぁ、考えても仕方ないか……」
額の汗を拭いながら、黒井はそう呟いて立ち上がる。
考えても仕方ない――その心境に至ってしまうのはやはり、アビスの不親切な説明文のせいだろう。
アビス内での説明は、もはやヒントと読んでいいほどの曖昧でいい加減なものにすぎず、その本質や機能を知るためには検証をしていかなければならない。
その経験があるからこそ、黒井は仕方ないと切って捨てる。
分からないことが起こったとしても、やるべきことに変わりはなかったのだ。
そして、黒井は大穴内を見渡す。
あれほど数がいた巨大蜘蛛たちは全滅し、亡骸をその場に積み上げていた。探索者たちの殆どは間に合わなかったのか、その多くが死に絶えている。
まだ生きている者たちは、烏帽子三人衆が移動させたようだった。
そんな中、黒井は近くに魔力反応がある者を見つけた。
それは一見すると焼死体のように見え、魔力反応は今にも消えかかっていた。おそらく、黒井でなければ見つけることはできなかっただろう。
「ブレスの生き残りか」
状態を見るに、まともにドラゴンのブレスを喰らったらしい。
「運が良かったな」
黒井はその探索者に治癒術を施してから回復魔法をかける。すると、治癒術は回復魔法の恩恵を
やがて、新しい皮膚までが再生されると、その探索者の素顔が現れる。
「鷹城……」
ブレスの餌食となっても息があったことから、並のランクではないだろうと予想はしていた。
それは、攻略班のリーダーである鷹城塁。
「悪いな。魔物が生まれないうちに、ダンジョンコアは俺が破壊する」
正常な呼吸をしながら眠る彼にそう言うと、ドラゴンが最初にいた岩壁の断崖まで黒井は登る。
それに気づいた烏帽子三人衆が、黒井を追いかけてきた。
『しゅ、主君! その……人間たちを何とか生かそうと思ったのでござりまするが……全員は不可能でござりました』
ノウミがおずおずとそう言い、あとの二人も気まずそうにしていた。
「何人生きてる?」
『さきほど確認できたのは四人でござりまする。最初は倍以上生きていたでござりまするが、身体の損傷が激しい者と、主君と龍との戦いで息絶えた者が多くいて……い、いや! 主君が悪いわけでは――』
「よくやった」
『……へ?』
しどろもどろで答えていたノウミは、黒井の言葉に呆然としてからマヌケな声をだした。
『あの、主君……何か悪いものでも食べたでござりまするか?』
「は?」
そして、今度は黒井がマヌケな声をあげる。
『てっきり、全員救えなかった罰として手前どもは殺されるのかと……』
「何を言ってるんだ……お前……」
『主君は冷徹なお方ですから、命令を全うできなかった者には慈悲なき制裁を下すと思っておりました』
「……言っておくが、俺は奴らを助けにきたわけじゃない。ドラゴンを倒しにきたんだ。それに、お前らがやったことは間違っていない。交差点の真ん中で事故が起きたとして、優先すべきは救命措置より、二次災害が起こらないよう、けが人を安全な場所まで移動させることだろ?」
『……コウサテン?』
「たとえが悪かったな……。とにかく、お前たちが最善を尽くしたのは見ればわかる。そもそも俺が下した命令は“蜘蛛を殲滅しろ”だったしな? ご苦労だった」
そう告げると、烏帽子三人衆は顔を見合わせたあと、引きつった表情を徐々に緩め、涙を流しながらガガガガ! と醜悪に笑った。そうではないのだが、傍から見れば、人が死んだことを心底楽しんでいるように見え、黒井はこめかみを押さえてしまう。鬼だからそれが間違っているとも言えないが。
『武勲はあるでござりまするか!?』
「まぁ……、考えておく」
ノウミの言葉に濁して答えたものの、三人衆はよほど嬉しかったのか、
『夢じゃないでござりまするな!?』
『夢ではござらん!!』
『夢じゃありません!』
そう言いながら殴り合いを始め、互いの手足を引きちぎりながら夢ではないことを確認していた。
ここで黒井が治癒術を使ってしまうと、あっという間に完治してしまうため、彼は鬼の再生力に委ねて一人先を急ぐことにする。もはや付き合ってられない、というのがその行動の真意。
ドラゴンがいた断崖には、予想通り奥へと繋がる洞窟があり、黒井はその先へ進んだ。
そして彼は、洞窟の奥で眩く光る巨大なダンジョンコアを見つけた。
「長かったな……」
そう呟いた彼は、今もなお魔素を放出し続けるダンジョンコアに触れ、握力のみで亀裂をいれる。そのヒビはコア全体へと走り、やがて、静かに砕けて消滅した。
――ダンジョンコアを破壊しました。
――ダンジョンをクリアしました。
――クリアポイントを集計しています。
――クリアポイントが通常の数値を大きく上回っています。
――ランキング100位以内に入りました。
――現在のランキングは47位です。
――名前を登録してください。
「まじかよ……」
黒井は唖然とした。
クリアポイントというのは、アビスが勝手に集計しているポイントである。そのポイントが高ければ高いほど、アビス内でのランキングに表示され、そこに名を載せた者はランカーとして金と名誉を得ることができる。
日本にもランカーと呼ばれる探索者はいるものの、その数は少ない。黒井の記憶では、鷹城もランキングに入ってたはずだった。しかし、その順位は50位にも届いていない。
――ランキング報酬として、称号【深淵への挑戦者】を獲得しました。
――深淵の任務に参加できるようになりました。
そして、ランキングに入ると【深淵への挑戦者】という称号を得ることができる。これは、普通のダンジョンゲートとは違い、『アビスゲート』と呼ばれる特殊なゲートに入ることができる資格のようなもの。
ただし、現在アビスゲートは日本に出現しておらず、黒井がこのゲートに入るためには、海外へ飛ばなければならなかった。
とはいえ、
――名前『aaaa』を登録しました。
「鬼ってバレたら金も名誉も意味ないよな」
鬼であることがバレる可能性を恐れ、適当に名前を入れた黒井。
――初期登録されているIDと名前が一致しません。ランキングには偽名であることが表示されます。名前の変更は今後も可能です。
――『≠aaaa』
そして、登録名の前にノットイコールの記号がついた。
――ゲート閉鎖のカウントダウンが開始されました。
――2:59:59
それを確認した黒井は、踵を返すとその場を離れる。
天の声が暗に指示するとおり、速やかにゲートから脱出するためである。
その前に――、
『主君……動けぬでござりまするぅぅ』
『これが某への罰だったでござるかぁぁ』
『わたしの棺はまだ用意できておりませんんん』
血溜まりのなかで手足を失い、動けなくなっていた三人衆を回廊へ帰すのが先ではあった。
「……ノウミから治すから、人の能面を頼む」
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【黒井賽】/『≠aaaa』
種族 :鬼人
職業 :治癒魔術師/回廊の支配者
レベル:93
筋力 :670
器用 :610
持久 :680
敏捷 :700
魔力 :880
知力 :810
精神 :800
運 :150
《スキル》
回復魔法・覚醒魔法・治癒術・抗体術・剣術・反射・制限解除・鬼門・雷の支配・鬼の芽・格闘術・殺気・雷付与
《称号》
魔眼08・ゴブリンスレイヤー・避雷針・雷の眷族・鬼の王・殺戮者・深淵への挑戦者
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