第34話

 鷹城は自身が使えるバフ魔法を、純粋な能力上昇スキルとしてではなく、仲間の士気をあげる精神的な起爆剤として捉えていた。


 人が脅威に立ち向かうには勇気を振り絞らなければならない。しかし、勇気さえあれば脅威に立ち向かい打ち勝つ可能性を見いだせる。


 その人数が多ければそれは勢いとなり、時に、人は信じられない奇跡をも起こすことがあった。


 そして、その奇跡は鷹城が仕組む計画のうちでもあったのだ。


「ッッ……!」


 ドラゴンの咆哮。それによってダンジョン全体にかけられたデバフは、鷹城のバフ魔法を相殺した。


 プラマイゼロ。捉えようによっては、マイナスじゃないから良かったとも取れるが、計画を邪魔された鷹城にとってはマイナスでしかない。


 そして、そんな彼の悲憤を見透かすようにドラゴンは鷹城を見据え――嘲笑った気がした。


「鷹城さん!」


 洞窟の入口付近まで戻った鷹城に、亜門が心配する声をかけてきた。


 しかし、鷹城はそれを無視して探索者たち全体に向き直る。


「外には巨大蜘蛛が多くいる。当初の作戦を実行するには、まず奴らを掃討しなきゃならない。亜門は魔法系統のメンバーと一緒に洞窟内に蜘蛛を入らせないようにしてくれ。タンクは前に出てその補助。僕は外にでて蜘蛛を倒してまわる」


 そう言って再び外に行こうとした鷹城を、亜門が引き止めた。


「一人で行くんすか? 他のアタッカーは?」


 それに鷹城は振り向くと、静かに言い放つ。


「巨大蜘蛛は強いし、牙には麻痺毒がある。一度捕まれば逃れることは難しいだろう。一匹ずつ相手にすれば問題ないけど、それにしてはあまりに数が多すぎる。だから、その数を減らしてくるんだ」


「そんな! 外にはドラゴンもいるじゃないすか!」


「あれは――おそらく手を出してこないと思う。戦闘に参加して蜘蛛を巻き添えにするよりも、僕たちが疲弊していく様子をジッと眺めているはずだ」


 確証はなかったが、鷹城にはなぜか確信があった。


「じゃあ、せめて他のアタッカーも外にでて鷹城さんの助けを――」

「必要ない」

「……え?」


 鷹城は、亜門の提案を冷たく突き放した。


「僕は一人でやれる。けど、腕に自信のある者はついてきてもいい」


 そう言い、彼は再び巨大蜘蛛に立ち向かうため外にでる。


 鷹城は激昂していた。自分の計画が邪魔されたことに、そして……邪魔したことを自覚して嘲笑ったドラゴンに。


 魔物の考えや気持ちなど分かるはずもなかったが、あれは人を馬鹿にした時にでる表情だとを鷹城は知っていた。


 バフがなくても士気は上げられる。それを見せてやる……。


 彼は静かな闘志を燃やす。そんな鷹城に、一体の巨大蜘蛛が高速で飛びかかってきた。


 蜘蛛は、抱きかかえるようにして鷹城を捕獲することに成功。


「鷹城さん!!」


 洞窟内からの亜門の叫び。蜘蛛は、そのまま鋭い牙を抱きかかえる鷹城へと向ける。しかし、それを行う前に、膨らんだ腹が大剣によって掻っ捌かれた。


 牙を向いていた蜘蛛の口は、毒牙で噛みつくことよりも甲高い奇声を発することを優先。辺りには、蜘蛛の体液が飛び散った。


「手足は平気でも、その腹を斬られるのはキツイだろ?」


 鷹城の問いに、蜘蛛はその場で悶えるしかない。


 蜘蛛は未だ息絶えてはいなかったものの、奴らの武器である牙や糸はおろか、今や数だけ多い足すらもバタつくだけの機能しか持たない。


 戦えなくなった蜘蛛にトドメを刺すのは、鷹城にとって簡単なことだった。


「まずは、一匹」


 そして彼は、手近にいた蜘蛛へ視線を向け、作業的な雰囲気をともなって臆することなく近づいていく。


 あとは、まったく同じだった。肉を切らせて骨を断つ……いや、肉すらも切らせないほどの速さで、蜘蛛の腹が裂ける。


 一見すると鷹城が捕獲されているように見えるが、最終的に狩られていたのは蜘蛛のほう。


 いくら大きく強いとはいえ、蜘蛛が探索者を殺すには捕まえてから毒牙を放ち、糸を巻きつける三つの工程を要する。しかし、その一つ目と鷹城の剣とがぶつかるのだ。しかも、弱点の腹を鷹城に向けて。


 巨体蜘蛛の足が捕獲ではなく、せめて攻撃特化なら違ったのかもしれない。デカい図体をしておきながら、奴らの戦い方は獲物から養分を啜るためか、とても優しく丁寧だ。


 身の毛もよだつ見た目と、その巨体に捕獲される恐怖をものともしなければ、巨体蜘蛛を倒すのは難しくなかった。

 

 そして、そのことを鷹城は淡々と証明していく。


 やがて、そんな光景を見ていた他の探索者たちの足が、自然と前に出始めた。


 あの巨大な蜘蛛をいとも容易く屠る鷹城を見て、自分にもやれるかもしれないと思ってしまったから。


「うおおおおお!」


 一人の探索者が洞窟を飛び出して蜘蛛へと向かった。そんな彼を、巨大蜘蛛が飛びついて捕獲する。彼は鷹城を模倣して腹を攻撃しようとしたが、毒牙のほうが速い。


「ぐっ……!?」


 刺すような痛みとともに、突然、絡みつくような感覚が筋肉にまとわりついて動きが緩慢になった。


 あとは、糸で巻かれるだけ。しかし、その腹は別の探索者によって攻撃される。


 先陣をきったのが彼というだけで、洞窟から飛び出した探索者は他にもいたのだ。


 鷹城はその光景を視界の端で捉えて小さく微笑む。


 その視線は、素早くドラゴンへと向けられた。


 これが人間だよ。お前の咆哮なんて意味をなさない。


 ドラゴンはジッと戦況を見ているだけ。そして、探索者たちは数いる蜘蛛たちを一匹、また一匹と倒し始めた。


 中には運悪く糸に絡み取られた者もいたが、それは文字通り運が悪かった・・・・・・だけ。実力で負けたわけではない。しかも、糸で絡みとられる段階はまだ死ぬわけではなく、仲間の探索者が攻撃をすれば救うことができた。


 捕獲されても負けたわけではなく、死ぬわけでもない。仲間がいれば勝つことができる。


 その事実は、探索者たちに心の余裕を持たせた。


 やがて、蜘蛛たちは探索者たちの強さを認めたのか後退の気配をだし始める。不用意に飛びかかってくるわけじゃなく、岩肌や離れた場所で様子を窺っていた。


「全員洞窟から出て陣形を整えろ! ドラゴンといつ戦いになってもおかしくない! 車両を洞窟手前まで出せ!」


 それを好機とみた鷹城は、前線をあげる指示をだす。


 洞窟内で沈黙していたアストラの装甲車両が、久しぶりにエンジン音を鳴らした。


 洞窟の外に探索者たちは次々と出てきて蜘蛛を警戒しながらも作戦通りの陣形を作っていく。


 蜘蛛たちは、窺ったまま飛びかかってはこない。


 それを確認した鷹城は、装甲車両を外に出すよう再び指示をだした。


 魔物は人間ほどの知能を持たない。一度臆せば、奴らが攻撃をしかけてくることはない。


 奴らの行動は思考によってつくられているのではなく、本能によってつくられていたからだ。


 どうやら鷹城たちは、蜘蛛の本能に恐怖を植え付けたらしい。


「蜘蛛を警戒しつつワイヤーを射出!」


 順調に動き始めた作戦。それは予定通り、大穴にワイヤーロープを張り巡らせるところから始まった。


 装甲車両は、轟音をあげてワイヤーロープを発射する。その先には鉄の銛が付いており、それは発射された速度のまま岩肌に突き刺さった。


 ワイヤーロープは次々と発射され、大穴の空間に太い糸を張り巡らせていく。


 それは、ドラゴンの急降下を防ぎ、探索者とドラゴンとの戦闘距離を保つ、いわば分かりやすい防衛ライン。


 不安要素は、まだ数がいる蜘蛛だったものの、奴らはすでに戦意喪失している。


 ……ように、見えていた。


「うわぁあああ!」


 不意に聞こえた悲鳴に鷹城が目を向けると、サポーターの一人が蜘蛛に襲われている光景だった。しかし、それに他の探索者がすぐに駆けつけて攻撃をしようとする。


「なっっ!?」


 しかし、その探索者は別の蜘蛛によって捕獲され、毒牙に噛みつかれた。それを救おうと動いた探索者もまた、岩肌から降りてきた蜘蛛に捕まる。


「蜘蛛の動きがおかしい! 不用意に近づくな!」


 鷹城が叫んだのは、また一人の探索者が捕まったとき。


 これまでの蜘蛛たちは一匹ずつ探索者に襲いかかっていた。だが、今の蜘蛛たちは誰かの指示でも受けたかのような連携を取り始めている。


 しかも、飛びかかってくるのではなく、助けに向かった探索者を一人、また一人と捕獲していくやり方。


 その戦法を取り始めたのは、攻略組が全員洞窟の外に出たあと。


 まるで……誘い込まれたかのようなタイミングに、鷹城は理解が及ばない。


 いや、魔物にそんな知能はないはず……。


 その固定概念が、彼の思考を鈍らせる。


「襲われた者は噛みつかれる前に腹を狙え!」


 そう言ったものの、そんなことができる探索者など、鷹城を除けばほぼいない。


 だからこそ、みんな連系して蜘蛛を相手取っていたというのに。


 鷹城がすぐに指示すべきは、探索者たちを固まらせることだった。


 至近距離に仲間がいれば、助けることはできる。


 しかし、ドラゴン戦に備えてせっかく整えた陣形を崩すことは、鷹城を躊躇わせた。


「……いや! みんな固まれ! 一人で蜘蛛と戦うな!」


 それでもようやく出した指示。しかし、すでに数人の探索者たちは捕獲され、麻痺毒によって戦闘不能に陥っている。


 固まりだした探索者に蜘蛛たちは襲いかかってはこない。


 むしろ、奴らはその時間を、捕獲した探索者たちを食べることに充てた。


「いやぁあああああ!!」


 仲間が無抵抗に捕食される光景に、探索者の一人が悲鳴をあげる。


 他の者は無言だったが、その表情には恐怖が見て取れた。


 一体どこに潜んでいたというのか、探索者たちの周りにワラワラと蜘蛛が集まりだす。しかし、襲ってはこず、ただ様子を窺うだけ。


 明らかにおかしかった。それは、鷹城の知る魔物の動きではない。


 その時、バサッと空を搔く乾いた音がした。


 見上げれば、岩肌に居座っていたドラゴンが翼を広げて優雅に飛び上がったのを確認する。


 ドラゴンはそのまま宙に留まると、鷹城たちに向けて低い唸り声をあげた。


 すると蜘蛛たちが、ジリジリと距離を詰めてきたのだ。


 それに、ようやく鷹城は気づいた。蜘蛛が指示によって動いていた事実に。そして、その指示を出していた存在がいたことを――。


「お前かぁあああ!」


 温厚な鷹城が天に吠えた。それを、ドラゴンはジッと見据えるのみ。


 ドラゴンとの間に張られたワイヤーロープ。それは今や、探索者を大穴に閉じ込めるための網のように見える。


 一匹の蜘蛛が探索者に襲いかかる。それを他の探索者は助けようとするも、他の蜘蛛との距離が詰まりすぎていて動けない。


「た、助けてくりぇ……ぇ……」


 彼らは、麻痺毒に冒され、捕まる仲間を見ていることしかできなかった。

 


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