第32話

「人を殺しても称号は手に入らないんだな」


 首藤が言っていた話が本当なら、彼を殺した黒井もまた何かしらの称号を得てもよかった。


 しかし、称号はなく、代わりに貰えたのは加算ポイント。


 それは鬼である黒井が人を殺したからなのか、それとも裏切者である首藤を殺したからなのかはわからない。


 ただ、探索者が強くなるには、称号が大きく関わっていることを今回で強く感じた黒井。


 称号は職業を変え、職業は新しいスキルを解放してくれる。


 これまではレベル上げだけが探索者が強くなる唯一の方法だと思っていたが、そうではなかったらしい。 


 やがて黒井は、首藤との決着をつけたキッカケ、【ドラゴンの咆哮】を思いだした。


「どうやら左の穴に進んだらしいな」


 分岐点で待っているはずの攻略班は、黒井たちが戻るのを待たずに進んだことを理解。今ごろドラゴンと対峙しているに違いない。とはいえ、黒井が右の穴に進んでからかなり時間が経っていることを考えれば、何もおかしいことはなかった。


「急いで戻ろう……」


 と、走り出そうとした黒井は、角を隠す面を装着していないことに気づいた。


 あっぶね……。


 このまま戻れば鬼であることがバレてしまう。その前に、角を隠さなければならなかった。


「――鬼門」


 すぐに鬼門を開く黒井。そして、鬼門へ入ろうとしてから、ふと考えて足を止めた。


「……ノウミ、ジュウホ、ヒイラギ、許可するからこっちに来い」


 そう言ってみると、


『いやはや! 主君から呼び出してもらえるとは思いませんでござりまするんるん!』

『某、主君の命令とあらば地の果てからでも馳せ参じる所存でござるんるん!』

『シャバの空気なんて久しぶりです。……あら、意外と暗いのですね? こんな暗い場所に呼びつけて、主君はわたしに一体何をなさるんるん!』


 陽気な烏帽子三人衆が鬼門を通ってやってきた。彼らの浮かれ具合に、今すぐお帰りいただきたいと思ってしまったのはおそらく正常な判断だろう。


 そうでなくとも、暗闇の中で鬼たちが不気味にガガガと笑っている光景は異様で、普通の探索者が見たら間違いなく悲鳴をあげていたに違いない。


「ノウミ、すぐに人の能面をつくってくれ」

『能面でござりまするか?』


 ノウミはそう言って首を傾げたものの、黒井のそばに落ちている砕けた面に気づいて頷く。


 やがて、ノウミは呪文を唱え始めた。


『主君、某は何をすれば良いのでござるか?』

「お前たち二人は、喚べるのか確認しただけだ。もう帰ってもいいぞ」

『なるほど……わたしどもに会いたかったということですね』

『なぁんだ、そういうことでごるか!』


 冷たくあしらったにも関わらず、都合のよい解釈をして嬉しそうにするジュウホとヒイラギ。黒井はもはや何も言わなかった。


 そうしていると、ヒイラギが突然臭いを嗅ぐような仕草をする。


『主君、ここには他の魔の気配がいたします。わたしに奴らを殺す役目をお与えください』

「そっちならいいぞ」


 ヒイラギの提案に、黒井はドラゴンとは反対方向を指差した。


 その瞬間、ジュウホとヒイラギはまるで競うようにその方向へと向かう。


 やがて、彼らは首藤がまだ倒してなかったオークの残党の首を持って戻ってきた。烏帽子三人衆のステータスは、探索者でいうとランクAぐらいはあるため当然のことではあったものの、あまりに戻ってくるのが早い。


 その早さには、唖然とするしかなかった。


 ……どうせ鬼だとバレるのなら、最初からノウミたちを喚び出せばよかったな。それか、最初から面を外して戦っていたら、あんなにも苦戦することはなかったはずだ。


 そんなことを思い、律儀にも首藤に対して角を隠していた自分自身に苦笑いをする黒井。


 そして、それならば――このダンジョンにおいては、もう角を隠す必要がないことに黒井は気づく。


「……ノウミ。やっぱり人の能面じゃなく、普通に顔を隠せる面にしてくれないか?」


 その注文に、ノウミは呪文を中断する。


『鬼の力は隠さないということでござりまするか?』

「ああ。俺の素顔がバレなきゃいい」


 そう答えると、ノウミはハッとしたように表情を硬くした。それはノウミだけじゃなく、ジュウホとヒイラギも同じ。


『……主君、手前ども、一度回廊に戻ってもよいでござりまするか?』


 ノウミの問いに、黒井は目を細める。


「なぜだ?」

『この時のため、あらかじめ作っておいた面があるのでござりまする……』

「そうなのか? なら、構わないが」


 黒井は首を傾げながらも、それを承諾。すると、彼らは大急ぎで鬼門へと入っていった。


 やがて、回廊から戻ってきた三人衆が持っていたものを見て黒井は後悔することになる。



「――なんだ、これは」


『主君から滲みでる畏怖を、魔術式として組み込んだお面でござりまする。魔術式については、角から発する微量な魔力で自動的に発動するため、装着するだけで主君の存在感をだすことができまする』

「……そうか」


 ノウミが持ってきたのは真っ黒なお面だった。その表面には基盤回路のような模様が刻まれており、魔力を流すと、その筋を淡い光がゆっくりと循環した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【畏怖のお面】

 能面師によってつくられたお面。面を目にした全ての者に畏怖の念を植え付けて動きを鈍らせる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 説明文を見る限り、お面にはちゃんとした効果がついているようだった。おそらく精神系統の魔術だろうか。


――【畏怖のお面】を装備しました。

――【威圧】を発動しました。


 黒井の推測は間違っていなかった。


「それで……ジュウホが持ってきたのはなんだ」


『これは、素手で戦う主君の戦闘スタイルを考え、丹精こめて某が打った手甲でござる。攻撃は最大の防御とよく言いまするが、主君の場合、防具こそが最強の武器となるようこしらえておきました。表面には、重力軽減の魔術式を組み込んでございます』


 それは、両腕に装備する鋼でできた手甲。色合いはやはり黒であり、表面にはお面と同じような魔術式が刻まれている。そして、何故か鎖が巻き付いていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【廃武器の手甲】

 鍛冶師によって作られた手甲。装備する間、武器を持つ者の力を封じる。武器を持っていない場合、能力を上昇させる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その説明文は、ジュウホの説明とはすこし違った。そのことを問い詰めると、彼は慌てたように口を開く。


『じゅ、重力軽減魔術式に魔力を充填する仕組みとして、制約をつけなければならなかったのでござる! 主君が言う通り武器は持てませぬが、素手で戦う場合は本来封じるはずのモノがありませぬゆえ、その分を魔術に転用させたでござる……!』


「そういうことか……」


――【廃武器の手甲】を装備しました。現在は武器を持っていません。

――筋力値が上昇しました。


 しかし、実際に装備してみると、またもやジュウホの説明とは違う効果が現れた。


「おい、筋力が上がっただけだが……?」


 それにジュウホは、再び取り乱す。


『も、申し訳ない……! 実は……重力軽減魔術などという格好いい魔術式は、某には難しかったのでござる……! しかし、筋力を上げることにより、結果的に手甲の重さを足し引きするがゆえ、重力軽減魔術と見栄を張ったでござる……』


「ジュウホ……嘘はよくないな」


『ハッ! 二度と申しませぬ……!』


 ジュウホの嘘はよくなかったものの、確かに装備していることを忘れさせるほどに重さは感じられない。しかも、かなり耐久性はありそうだった。


「最後に……ヒイラギのはなんだ」


『これは背負って持ち運びのできる棺でございます。疲れたときは、この棺に入ることで回復速度を高めることができます。表面には気配遮断の魔術式が刻まれており、たとえ敵地に忍び込んだとしても安心して眠ることができます』


 それは真っ黒な棺桶。そして、他のものと同様に複雑な魔術式が刻まれていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【癒やしの棺】

 納棺師によってつくられた棺。どんな場所でも周囲に気づかれることなく、安らかな休息を得られる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……これは戻してきなさい」


『な、何故ですか!? わたしは嘘を言っていません!!』


「なんで棺を背負わなきゃいけないんだ……戦いづらいだろ」


 そう言うと、ヒイラギは肩を落として棺を背負い、鬼門へと入っていった。気配遮断というのは凄い効果だが、今回の攻略ではおそらく使わない。


 やがて、ヒイラギが戻ってきてから、黒井は三人に向かって口を開いた。


「これから、お前らを連れてここの主を倒しに行く」


 そう言ったら、彼らは喜びを体全体で表現しながらガガガガ! と笑った。


 彼らは三人とも、ランクA並みの強さを持っている。しかも、言葉は黒井にしか通じないため、会話によって黒井の存在がバレることもない。彼らを引き連れていくのは違った方向で不安ではあったものの、それでも利点のほうが大きいと感じた。


 ただ……黒井は彼らに関して気になっていたことが一つあり、それをこの機会に訊いてみる。

 

「お前らは、その烏帽子取らないのか……?」

『これは我らのアイデンティティにござりまする』

「そうか……もう勝手にしてくれ」


 訊いたところで理解できるはずもなかったノウミの答え。それに黒井はため息を吐くと、改めて洞窟の道を最速で戻り始める。


 その速度は、人の能面を付けていた時よりも圧倒的だったものの、烏帽子三人衆は、風圧で烏帽子を後ろに倒しながら難なく付いてきた。

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