第30話

「へぇ、ランクBのタンクでも、鎧の下はさすがに人か」


 砂煙が立ち込める洞窟内で、首藤は感心したような声をあげた。


 その視線の先にはカランと転がった鋼の鎧。しかし、それを纏っていた者は人の形を成してはおらず、今や洞窟の岩肌にその残骸を飛び散らせているだけ。唯一被害を免れた肘から先と膝から先の手足だけが、その者が世界に存在していた事実をむごたらしく証明していた。


「つか、鎧で威力が落ちたんだろうな。洞窟の壁を崩すまでには足りなかったみてーだな」


 彼はその視線を鎧から岩肌へと這わせたが、思ったほどの効果が得られなかったようで残念そうな表情を浮かべる。


「まぁ――」


 やがてその視線は、未だ立ち込める煙の中へとゆっくり移動。


「――あの至近距離で爆発を食らったはずなのに、ノーダメージってのもおかしな話だよなぁああ」


 彼の残忍な視線が最後に捉えたのは、無傷で立つ黒井賽の姿だった。


「おとなしく爆発に巻き込まれてくれりゃあ、あとは楽だったんだが……あの一瞬で回復したのか? それとも単純に耐えた? どちらにせよ黒井賽……お前ナニモンだよ?」


 しかし、黒井はそれには返答せず、鎧男の残骸を見ていた。


 確かに、良い奴ではなかった気がする。若いからか、生意気な態度が目に付いてはいた。探索者という力に溺れていたのかもしれない。


 それでも……彼は紛れもない人だった。


「気に入らないから殺したのか?」


 黒井は静かに質問する。


「ん? ああ、そいつのことか。それもあるが、開発中の遠隔小型爆弾の試験に使わせてもらったんだ。魔物からデータを取るには数がいるが、最初からデータのある探索者を使えば一発で効果が分かるからな? これも科学技術の犠牲ってやつだ」


 首藤の言葉から推察するに、関わっているのは彼だけじゃなさそうだった。


「こういうのは、初めてじゃなさそうだな」

「ああ。探索者を手に掛けるのなんて、もう何度目になるか数えちゃいない。だが、一番最初の殺しだけは今でもハッキリ覚えてる」


 そう言って、首藤はクックッと楽しそうに笑う。


「俺はもともとサポーターだったんだ。【斥候スカウト】。どんな魔物が潜んでるかも分からないゲートに入って、危険度を調べるのが仕事。言ってみりゃあ探索者協会の犬さ」


 彼は、記憶を思い出すように虚空を眺めた。自虐的に語られる過去は、愉悦に満ちた口調で彩られていく。


「だが、どんなに危険な状況に出会しても、ゲート内のことなんて外の奴らにはまるで理解されない。払われる金はどうしたって攻略組に劣る。だから、あるとき企業がかけた募集に応募したのさ」


「その時が最初の殺しか」


「そうさ。奴らは、俺を戦闘のできない探索者として馬鹿にした。それどころか、役に立たないハズレだと落胆までしてみせた。だから殺したのさ」


 その気持ちは、正直わからなくもなかった。


 黒井もヒーラーとして攻略組にいた身。魔眼という肩書を背負って活動するには、あまりに戦闘ができなさすぎた。


 探索者は、魔力を覚醒させても職業を選べない。


 彼らは、ある日突然望んでもない職業を押し付けられ、覚悟のないままに人類を救う使命を背負わされ、危険なゲート内に放り込まれる。そして、役に立つことができなければ仲間内でさえ罵られた。


 まぁ、それでも殺したいとまでは思わなかった黒井。彼が責めたのは仲間ではなく、非力な自分自身だったから。


 それは、運が良かったとも言える。


 首藤が置かれた立場と、黒井が置かれた立場を比較することはできない。人によって考え方や境遇というのは違い、それによって作られた価値観を分母とするのならば、揃えて比較はできなかった。


 だから、理解はできても同情はしてやれない。首藤には、同情する必要すら感じなかったが。


「俺がそいつらを殺したときに得た称号を教えてやろうか?」


「称号……?」


「【裏切者】だよ。そして、その称号が俺を【暗殺者】に変えた」


 首藤はそう言って、黒井を見透かすように目を細める。


「お前もそうなんじゃないのか? 仲間を殺して、職業を変える称号を手にしたんだろ?」


 彼は今もなお歪める口の端を、さらにつり上げてみせた。


「二年前の横浜ダンジョンでの攻略失敗。そのときお前は一人だけ生き残ったんじゃなく、仲間を殺したんだろ?」


 首藤の推測は間違っていた。しかし、黒井はそれを否定できるほど過去を断ち切れたわけでもない。


 仲間を救えなかったのは、黒井にとって事実ではあったから。


「無言ってことはやっぱりそうか。こんな状況に立たされてもなお、お前は平然としてるもんなあ!」


 まるで、ぼっちが友達を見つけたかのように首藤は嬉しそうな声を踊らせる。


 そんな彼に対し、黒井はため息を吐いた。


「俺を狙ったのは誰の指示だ?」


 勝手に語らせておけば、知りたいことまで話してくれると思っていた黒井だったが、首藤は自分語りしかしなかった。


「誰の指示でもねぇよ。俺が、お前を危険だと判断したからさ」

「そうか」


 嘘を言っているようには感じなかった。黒井は、鬼だとバレたわけではないことに、ひとまず安堵。


「なぁ、冥土の土産に・・・・・・お前を変えた称号を教えてくれよ。それで俺は、もっと強くなれるかもしれねぇ」


 首藤はおそらく、黒井を殺すつもりで“冥土の土産”を使ったに違いない。しかし、それだと立場が逆になるため誤用。


「――【鬼狩り】」


 にも関わらず、黒井はわざわざ教えてやった。


「……おにがり? なんだそりゃ?」

「そんなのは自分で調べろ。不親切なアビスと違って、俺は親切に教えてやったんだから」


 黒井は魔眼を起動する。暗闇の左眼眼前にルーペが浮かび上がった。


「ついでに教えてやると、それで得た職業は【回廊の支配者】だ」

「カイロウのシハイシャ……? ハッ! 何する職業だよ、そりゃあ!」


 やがて黒井は、明確な殺意を首藤へと向ける。


「探索者を殺す――ダンジョンのボスだ」


 殺されるのが首藤ならば、冥土の土産は誤用にはならない。


 黒井は首藤を殺すつもりで、スキル【格闘術】を使用した。

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