第29話
「それじゃあ、僕たちは左の穴を進もうか」
首藤たちが右の穴に消えていったあと、そう言った鷹城の言葉に亜門は一瞬呆然とした。
「……え? あいつらが戻ってくるのを待つんじゃないんですか?」
「首藤も言ってたじゃないか。左から強者の気配がするって。ドラゴンは左の穴の先にいる。僕は、首藤の勘だけには信頼を置いてるからね」
鷹城はそう言い、進む指示を他のメンバーに出し始める。
亜門は疑問に思いながらも、それを黙って見守るしかない。
しかし、それに異を唱えた者はもう一人いた。
「彼らを待たないんですか?」
茜である。
「首藤たちは魔物を
嘘だ、と亜門は思った。鷹城と首藤のやり取りを最初から聞いていた彼は、右の穴に進んだ経緯が『魔物を殲滅するため』じゃなく、『ドラゴンが居るのはどちらか確認するため』だと知っている。
しかし、鷹城は茜にそう言い、何も知らない彼女は「そうだったんですね」と答えるしかない。
そんな疑惑の視線に気づいていたのか、鷹城は茜が持ち場に戻ったあとで亜門へと力なく笑いかける。
「これでいいんだよ。それに――首藤が攻略に参加したのは、黒井賽を消すためだろうしね」
そして、彼は優しげな笑みを浮かべながら、恐ろしいことをサラリと言ってのけたのだ。
「消すためって……」
「たぶん首藤だけの判断じゃないはずさ。これは、首藤と黒井賽を攻略に参加させた上の判断でもあるはず」
淡々と吐かれる鷹城の説明に、亜門は愕然とするしかなかった。
「亜門だって知ってるだろ? 首藤の噂については。奴がやりたい放題してるのは、ランクAの探索者だからじゃない。上の人たちと繋がっているからさ」
「なんで上はそんなことを……」
「さあね? でも、首藤が黒井賽と行動を共にしてる所を見るに、僕の考えは間違っていないはずさ」
亜門は呆然としたまま立ち尽くした。そんな彼が、何よりも驚いているのは――鷹城が、それを知りつつ傍観した事実。
亜門にとって鷹城塁とは、仲間のために命を賭けて戦うことのできる、人情味に溢れた人間だった。
だからこそ亜門は鷹城を慕い、彼だけじゃなく、多くの人間が鷹城に従う。
そして、そんな彼を尊敬していたし、羨望の眼差しで見ていたし、なにより信頼していた。
「失望したかい?」
亜門の気持ちを見透かすように、鷹城は静かに問う。
亜門は何も答えられなかった。
ただ、
「どうして……」
という、嘆きにも似た疑問だけが口を突いてでてくる。
「亜門には知られたくなかったけど……いずれこんな日が来ることはわかっていた。僕らは探索者だけど魔力を持たない人たちからしてみれば、“より魔物に近い危険な存在”でもある。そんな僕らが人で在り続けるためには、人間社会に紛れなきゃいけないのさ」
そう言った鷹城の表情には、悲痛な感情が見えた気がした。
その時に亜門は思ったのだ。
彼は……これまで、どれほどそういった場面に出会し、冷酷な選択を強いられてきたのか、と。
その苦悩を計り知ることはできなかったものの、その一端を知ったからといって、今さら鷹城を嫌うことなどできない。
なぜなら、亜門には鷹城と過ごしてきた確固たる経験があったから。その思い出にいる鷹城はやはり、人情味に溢れた人間だったから。
「見くびらないでくださいよ。失望なんて、するはずないじゃないですか……」
湧いてきた感情は失望ではなく怒り。それは鷹城に対するものでもあったが、何も知らずにいた自身に対するものでもあった。
もっとはやくに知れていれば、鷹城の力になれたかもしれないと亜門は思ったのだ。
しかし、今さらそれを願ったところで過去に戻れるはずもない。
「俺はこれまで通り鷹城さんに付いていきますよ。それに、俺にでききることがあれば何でも言ってください」
だから、亜門はそう言って、励ますように笑ってみせたのだ。
「持つべきものは友だな……ありがとう」
「そんな弱気なこと言わないでください。今はダンジョン攻略中ですよ? リーダーがそんなことでどうするです?」
おどけるように言った亜門の言葉に、鷹城は「そうだったな」と表情を緩める。
「僕たちは、僕たちの成すべきことをしよう!」
そして、声に力が戻った鷹城に亜門は歯を見せて笑った。
「……それにしても、黒井って奴は、なんで狙われてるんですかね」
その後、ふと疑問に思ったことをそのまま口にしてしまう亜門。それに鷹城は「さぁね?」と軽く答えた。
「ただ、今回はアストラ所属の探索者だけで行われる攻略だから、成功したときの名誉もアストラで独占したいんじゃないかな?」
「なるほど。なんだか……アストラの犠牲みたいで良い気持ちはしないですね」
「そうでもないさ」
亜門の罪悪感は、鷹城によって否定された。
「彼は二年前の生き残りだけど、ヒーラーでありながら仲間を見捨てて逃げた臆病者でもある。それに……さっきの彼の装備を見たかい? 防具も武器も持たない人任せの姿。うちのヒーラーだって、せめて自分の身は自分で守ろうとするはずだ」
「確かに、顔の面以外は呆れるくらい普通の格好をしてましたね」
「これまでもそうやって生きてきたんだろう。彼は探索者である前に、人としての誠意が見受けられない。死んで当然とは思わないけど、彼よりも生きたほうが良かった人間のほうがずっと多かったとも思う」
鷹城はそう言い、最後に「冷たい言い方だけどね」と付け加えた。
「それも……そうですね。俺が奴の立場だったら、仲間とともに死ぬことを選んだと思います」
「それが在るべき探索者の姿さ。人はひとりで生きられないように、探索者も仲間なしではダンジョンを攻略できない。どれだけ絶望的な状況に立たされたとしても、仲間を見捨てる探索者は探索者じゃないよ」
鷹城の言葉で、亜門は罪悪感を薄めることができた。
「なんか、ありがとうございます……。俺なんかより、鷹城さんのほうがよほど辛いはずなのに」
「でも、その辛さをこれからは亜門も分かち合ってくれるんだろ? なら、僕にとってはプラスさ」
それでもそう言った鷹城に、亜門の涙腺が熱くなった。
「俺、一生付いていきますよ」
「頼りにしてるよ。これからも」
亜門は溢れた涙を拭うと、ダンジョン攻略中であることを思って自身の両頬を叩く。
「よし……! さっさとドラゴンを倒して、日本中に鷹城塁の名前を轟かせてやりましょうよ!」
「もちろん、亜門快斗の名前もね」
「そうですね!」
そして、亜門と鷹城は互いの顔を見て笑いあう。
亜門はそんな彼とのやり取りを経て、さらに攻略への意気込みを昂らせた。
◆
右の穴に進んだ黒井は、今さらながら首藤の強さに感心していた。
洞窟の奥に潜んでいたオーク。そいつらが、こちらに気づくよりも先に忍び寄り、短剣でその太い首を掻き切る。そのオークが倒れた音に、別のオークが気づいたときにはもう……その首に刃が添えられていた。
ザシュッという音だけを残し、オークの死体だけが転がっていく。
その様子はまさに暗殺。
暗闇という状況は、首藤の能力を上昇させるバフ魔法にすら見えた。
「タンクすら要らないんですね」
10体近く転がっているオークの死体を見ながら、黒井は呆れたように言う。
首藤が連れてきた鎧男は、タンクであるにも関わらず、怯えたまま黒井の傍から離れようとはしなかった。その顔には大粒の汗をかいている。
その恐怖はダンジョンによるものではなく、首藤に植え付けられたものだということは既に把握済み。
それにしても…萎縮しすぎて使い物になっていない、なんて事はさすがに言わずにおいた。
「暗殺者ってのは、こういう戦い方が基本ですからね。闇に紛れれば、一人で複数人を殺せます」
改めて、とんでもない職業だと黒井は思う。
「これじゃあ、俺が付いてこなくても問題なかったですね」
そんな事を言ったら、首藤は笑った。
「問題ありますよ。黒井さんが居ないと意味ないですから」
「そう言ってくれるのは嬉しいです」
それに黒井も笑顔を返した。
やがて、首藤は「さてと……」と仕切り直し、洞窟の奥へと視線を向ける。
「そろそろこっちの魔物は倒しきりましたかね?」
首藤の疑問に、黒井も洞窟の奥へ視線を向けてから頷く。
「魔物の気配も感じないですし、かなり倒したと思いますよ」
「へぇ……。黒井さんはヒーラーなのに、気配とかもわかるんですね。まるで暗殺者みたいだ」
「そうですかね」
「そうですよ。最初に訓練施設であったときにも思いました。それに、何か……隠してるなって」
首藤の言葉にヒヤリとする黒井。ただ、それが冗談っぽく吐かれたことだけが救い。
「何も隠してませんよ」
だから、黒井も冗談っぽく返したのだが、
「ええー、
なおも、首藤はしつこく訊いてきた。
「いや、ヒーラーですって。それに、もしもそれを暴露したとしても、ここには彼もいるじゃないですか」
黒井はそう言って鎧男のほうを見る。
「じゃあ――そいつには死んでもらいますね?」
瞬間、首藤のほうからピッという電子音がした。
それが何の音なのかを確認する暇なく、鎧男の顔が恐怖に歪む。そして、彼が纏う鎧の隙間から、目を開けていられないほどの閃光が周囲の闇を突き刺したのだ。
「い、嫌だぁああ! 俺はまだ死にたくな――」
鎧男の叫びは、突如起こった爆発によって掻き消された。
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