第28話

 オークたちとの戦闘は、終わってみれば呆気なかった。


 ここにいるのはアストラにおいて選りすぐりの精鋭たち。火力も連携も申し分ない彼らが、たかがランクCの群れに負けるはずがなかったのだ。


 さらには、最初の戦闘を切り抜け、オークたちの反撃をも圧倒したことにより全体の士気はあがっていた。


「この感じでいけば、ドラゴンまでは問題なさそうですね」

「そうだな」


 亜門の言葉に笑みを返しながら剣をしまう鷹城。そんな彼は、魔法を扱う魔物が現れたことだけ気にかかっていた。


「統率が取れているのは頭の良い個体が出現したからか」


 鷹城は、魔法を撃っていたオークの死体を見下ろしながら、そう考察。


「別に魔法を扱えたからって強いわけじゃないですよ。連携はこちらのほうが上なわけだし」


 亜門の言葉は最もだった。魔法を扱えたとしても、鷹城たちの敵じゃない。


「いや、僕が気にしてるのはドラゴンのほうさ。魔物がこれだけ変わったのなら、ドラゴンが変わっていたっておかしくないだろ?」


 彼が違和感を覚えているのは、二年前との違いのほう。


 そして、その考えは亜門の笑みを引きつらせた。


「それは……たしかにそうかもしれないですね……」

「いや、まぁ、変わったとしてもドラゴンの頭が2つになるわけでもないし、目からビームを出せるようになるわけでもない。用心するだけのことさ」


 仲間の思わぬ動揺に、内心焦りながらも鷹城はそう言ってみせる。


「そうですよね。たとえドラゴンが強くなっていたとしても、俺たちは二年前の攻略班とは比べ物にならないくらい強いですから」


 それを肯定した亜門に笑みが戻った。


 すこし……気を張りすぎてるのかもしれない。


 鷹城は自身をそう分析して深呼吸。とはいえ、日本で最も高いランクAのダンジョン攻略に、作戦を指揮する立場、さらにはアストラの威信をかけた戦いであることを考えれば、重責を感じてしまうのは仕方のないこと。


「何かあっても俺たちなら絶対やれますよ」


 そんな中で、仲間の力強い言葉が鷹城に力をくれる。


 そうだ。一人じゃないんだから気楽にいこう。


 そう思い直した鷹城は、再び進むべき闇へと視線を向けた。


 やがて――。


「変わったのは魔物だけじゃなかったのか……」


 再び進行を開始した鷹城たち前方組は、洞窟の穴が二つに別れた分岐点にきた。


「この洞窟ってたしか……別れ道なかったですよね?」

「報告書ではそうだったね」


 全く同じ大きさの穴が二つ。それは、報告書にはなかった相違点。


「とりあえず、順番に行きますか?」


 そんな提案をした亜門に、鷹城は首を振った。


「後から付いてくる車両のことを考えたら、引き返すのは手間だよ。それなら、探索組と残る組に別れてどちらが正解か調べたほうが良い」

「それだと戦力を二分にしなきゃならないのが辛いですね」

「そうだな」


 そうして、しばらく何かを考え込んでいた鷹城は、諦めるようにため息を吐いた。


「……後方組の中に黒井という男がいるはずだ。彼を呼んできてくれないか?」

「黒井……? ああ、たしか二年前の……」 


 それに鷹城は頷く。


「この洞窟を通ったことがある唯一の経験者だ」



 ◆



「しっかし、進むのが遅ぇ……前の奴らは何やってんのかね。このままじゃ日が暮れちまうぞ……」


 首藤のイラついた声に、黒井はため息を吐いていた。


 最初こそ丁寧な話口調ではあったものの、進むペースが止まったり動いたりしている自体に、首藤はだんだんと化けの皮が剥がれ始めていた。


 気性の荒い探索者って長谷川さん言ってたしな。


 なんて納得する黒井。しかし、他の探索者たちは彼のピリついた空気に近寄ろうとしてこない。


 まぁ、進むペースが遅いっていうのは同意だな。


 そして、どちらかと言えば、黒井もまた首藤側の人間ではあった。


 そんなとき、


「黒井って人はいますか!」


 彼の名を大声で呼ぶ声がした。


「こっちだこっち!」


 それに応えたのは何故か首藤。それでも、声の主はすぐに黒井の前に現れた。


 武器を持たず、ローブを纏っていることから魔法系の探索者だとわかる。そして、魔眼でみなくてもランクAだとすぐに見分けがついた。


 彼はゲートに入る前、鷹城のすぐ後ろにいた男だったからだ。


「いや、首藤……お前を捜してたわけじゃないんだが」

「あ? よく見ろ。ここにいるだろうが」


 向こうとしては当然であろう反応に、首藤が喧嘩腰になりながら黒井を親指で指す。


「ん? ああ、あなたが黒井さんですか?」


 しかし、男はそんな首藤の態度を無視して、黒井に視線を向けてきた。


「俺が黒井ですが、何かあったんですか?」

「至急、前の方に来てほしいんです。洞窟の形が変わってるので」

「洞窟の形が……」

「じゃあ、先に戻ってます」


 男は黒井の返答を待たずに前方へと引き返した。黒井はそれに付いていく。


 そして何故か、首藤まで付いてきた……。


「なんで付いてくるんです……」

「面白そうじゃないですか。それにしても……やっぱヒーラーにしては速いですよね?」


 そんな首藤の感想に疑問符を浮かべる黒井。


 走る速度は別に速くはなかった。しかも、黒井の前を走る男も魔法系統。その速度は、物理能力者の専売特許と呼べる領域じゃない。


 まぁ、ヒーラーにしては速いほうなのかもしれないが。


「っと……え?」


 男は、前方に到着してから振り向いて驚きの声を漏らす。


 それはそうだろう。黒井だけを呼んだのに、首藤まで付いてきたのだから。


「意外と走れますね……ヒーラーだって聞いてたんですが……」


 いや、お前もかい。


「つか、なんで首藤まで付いてきてんだ……」

「お前らが遅ぇから見に来てやったんだろ?」


 そして、また喧嘩が始まる。


「二人とも……攻略の途中だよ」


 そんな彼らを仲裁したのは鷹城だった。


「黒井さんだよね? 僕が今回の作戦を指揮してる鷹城累です」

「黒井です。今回は無理を言って参加させてもらいました」


 人当たりの良さそうな笑みに、黒井も常識的な反応を返す。その短い最中で、鷹城の視線は黒井の全身をくまなく観察した。


「……戦闘には向いてなさそうだから手短にすませよう。キミがドラゴンと遭遇したのは、どっちの穴かわかるかい?」

「こっちですね」


 左の穴を即座に指さした黒井。それに鷹城は表情を強張らせた。


「……報告書には書いてなかったよね? この分岐」

「二年前にはなかったですね」

「なら、どうして分かるんだい?」


 それに黒井は、鷹城の顔を見てから首を傾げる。


「どうしてって……こっちから強い魔素が流れてきてますから」

「魔素……」


 鷹城は、ここまで案内してくれた男の顔を見る。見られた男は、目を細めてから静かに首を横に振った。


「キミは……魔素量がわかるのかい?」


 逆に――あなたはわからないんですか? と訊きたかった黒井。しかし、それは堪えて頷くだけに留める。


 それでも半信半疑の鷹城に対し、救いの手を述べてくれたのは首藤だった。


「俺もこっちから強い奴の気配を感じるがな」


 彼もまた、黒井が指した左の穴のほうを見ながら言ったのである。


「首藤もか……」


 それに鷹城の気持ちは揺れ動いたように見えた。その揺れは、意見を支持してくれる人が増えたからだと信じたい黒井。アストラ所属じゃないから信用がないのは良いとしても、首藤のほうが信用されているのは何となく違う気がしたのだ。


「何なら俺が偵察しにいってやろうか?」

「いや、いい。首藤がもしも死んだら、僕らは待ちぼうけを食らうことになるからね」


 その即答に、やはり全幅の信頼は置かれてないのだろうと黒井は胸をなでおろし、首藤は舌打ちをした。


「じゃあ、逆に俺と黒井さんで右の穴の魔物どもを殺してきてやるよ。それなら文句ねぇだろ?」


 いや、なんでそうなる。


「なるほど……首藤ならそれもアリか」


 てっきり、首藤の無茶苦茶な提案もすぐに却下されるだろうと思った黒井は、予想外の返答に言葉を失った。


 そして、


「なら、左がドラゴンだということをキミたちで証明してきてくれ」


 鷹城はその提案を受け入れてしまったのだ。しかも、「キミたち」ということはつまり、黒井も含まれているということ。


「揉めているようですが、何かあったのですか?」


 その時、すこし後ろで待機してた探索者たちのほうから、時藤茜が歩いてきた。彼女は鷹城に向けて質問をしたあと、チラリと黒井に視線を向け、何も言わずに鷹城へ視線を戻す。


「洞窟が分かれていたんだよ。でも、たった今、首藤と黒井さんが右の穴の魔物を倒してきてくれるってことで話がまとまったところさ」


 いや、黒井的には、まとまってはいない。しかし、リーダーである鷹城に反論したところで、場を混乱させるだけのようにも思えた。


「右を……たった二人で行かせるんですか?」

「首藤ができると言ったんだよ」

「首藤さんが?」


 そう言った茜は首藤のほうを見る。しかし、彼は余裕そうな態度をするだけで何も言わない。それから黒井のほうにも顔を向けてきた。


「そんなに時間はかからないと思います」


 結局、黒井は諦めてそう言うしかなかった。


「なら、私も行きます」

「いや、キミはダメだ」


 茜が、黒井と首藤に歩み寄ろうとしたのを鷹城が止めた。


「……なぜですか?」

「キミは弓使いだろ。暗い洞窟内では、サポーターの灯りなしに狙いは定められない」

「確かにそうですが、ここは仮にもランクAのダンジョンですよ? 二人で行かせるのは危険だと思いますが」


 彼女の反応が正しい。そして、首藤と鷹城の判断がおかしいのだと黒井は再確認する。


「二人じゃなくて三人だ」


 首藤はそう言うと、洞窟内で大声をあげた。


「おーい! 鎧野郎! 一分以内にこいよ!」


 それに、しばらくしてから鎧男がガシャガシャと音をたてながら走ってきた。その姿はもはや完全に舎弟。哀れすぎる期待の新人。


「こいつはランクBなんだよ。これなら問題ないだろ?」

「タンクか。なら、ヒーラーとタンクとアタッカーの構成で行けそうだね」


 鷹城はそう言って納得。納得……?


 そんな流れに、茜も不思議そうな表情をしていたものの、鷹城と首藤が前向きに検討しているからか、結局「わかりました」と引き下がってしまう。


 そして、黒井と首藤と鎧男の三人だけで右の洞窟を見てくることに決まった。


「退屈してたし、ちょうどいいな」


 なんて呟いた首藤に、おそらくそれが真意だろうと呆れてしまう黒井。


 まぁ、退屈していたのは黒井も同じだったため、否定はしなかった。


 結局彼も、首藤側の人間ではあったのだ。

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