第27話

 ダンジョンのランク分けには、ゲート内の大気中に含まれる魔素が大きく関係している。


 その魔素量によってダンジョンコアの最大値が推定され、数値が多ければ多いほどランクは高くなる仕組みだ。


 かつて横浜ダンジョンにきた頃の黒井には、魔素など微塵も感じることはできなかったが、今なら感じられるようになっていた。


「濃いな……」


 横浜ダンジョンの魔素量は、当時指定されたランクC程度には到底収まらないことを。


 それは魔素が濃くなったのか、それとも最初からそうだったのかは分からなかったが、黒井は改めて、過去の自分がいかに無力だったかを思い知らされる。


「ランクAのゲートには初めて来ましたけど、こりゃあ大変そうですねー」


 呑気にそんなことを呟いた首藤もまた、他のダンジョンとは違う空気を感じているのかもしれない。


 前方を見れば、見覚えのある石洞窟が大口を開けて待ち構えていた。その中に、まるで吸い込まれるかのように探索者たちが入っていく。


 その光景は、過去の経験をフラッシュバックさせ、黒井に武者震いを起こさせた。


「行きましょうか」


 しかし、次の瞬間には緊張の痕跡すらなく、黒井は落ち着いた様子で歩きだした。



 ◆



 攻略班前方では、早くも魔物との戦闘が始まろうとしていた。


 暗闇に紛れるように待ち構えていたのはランクCに指定されているオーク。しかも、どの個体も武器を握っており、安易に飛び出してくるのではなく様子を窺っているように見えた。


「気味が悪いな。普通、オークはそこまで頭の良い魔物じゃないはずなんだけど」


 鷹城はそう言い、背中に装備していた大剣を手に取ろうとする。


「鷹城さん、ここじゃその剣は振りにくいでしょ。俺が片付けますよ」


 しかし、それを制すかのように前に出てきたのは魔法系戦闘職の男、亜門あもん快斗かいと。彼もまたランクはAだった。


「向こうがこないのなら、こちらから攻撃し放題ってことだろ」


 亜門は自信満々にそう言い、手のひらから炎をだした。それは瞬く間に倍の大きさへと膨れ上がったものの、彼が拳を握ると、炎は圧縮され球体へと変わった。


「――ファイアーボール」


 洞窟内の岩壁を明るく照らしながら火球が飛んでいく。それが一体のオークに当たった瞬間、奥の闇まで照らしながら勢いよく燃え上がった。


「20体はいますね」


 亜門が冷静に言い放つ。


「サポーターは洞窟内を照らせ! 向こうは迎え撃つ気だろうが、こちらは遠距離魔法で対応する! タンクは前にでろ! オーク共が飛び出してきたら交戦にはいる!」


 鷹城の指示が響き、反響する前に探索者たちは動きだした。


 サポーターの魔法により視界が確保され、露わになったオークの姿へと魔法が次々に飛ぶ。そして、続く魔法攻撃に耐えられなくなったオークが雄叫びをあげながら襲いかかってくるも、タンクとアタッカーが連携して一体、また一体と安全にオークたちを倒していった。


「報告書では、洞窟内の魔物は狂ったように好戦的だったと記載されていたが……様子がおかしい」


 やがて、闇に潜んでいたオークたちを倒したものの、その数は10ほどしか確認できない。どうやら、残りは奥に撤退したらしかった。


「報告書っていっても二年前でしょ? いくら魔物といえどその期間ずっと狂ってるわけがない。たぶん、統率が取られたんじゃないですかね」


 亜門の言葉に鷹城は頷く。もしもそうだとしたら、向こうも連携して奇襲をしかけてくる可能性があった。


「なるべく灯りを絶やさないようにして、タンクを先頭に進む」


 それに亜門は頷くと、鷹城の後ろに戻って他の探索者たちに指示をだし始める。


「ゴリ押しでドラゴンまで行けるかと思ったけど、そう簡単にはいかないか」


 鷹城はため息を吐いて、陣形が整うのを待った。


 しかし、


「魔法だ!」


 一人の叫び声があがり、咄嗟に顔をあげる。見れば、洞窟奥から火球が飛んできていた。


「魔法防壁を――」


 と言いかけた鷹城は、舌打ちでそれを中断し、剣を抜いて火球へと走った。まだ陣形が取られていなかったからだ。


「ハァッッ!」


 彼はそのまま剣を振るって火球を切り裂くと、撤退していたオークが倍の数を引き連れてこちらに向かってくるのを見た。


「さっきのは偵察か……!」


 さらには、味方のオークに当たるかもしれないのに、奥からは次々と魔法が飛んできている。


 それはまるで、さきほど鷹城が出した指示と似ている。違う点は、味方に当たることも厭わない無慈悲なやり方。


 いや、もしかしたら向かってくるオークたちがおかしいのかもしれない。彼らの醜い表情には、自身が背後から撃たれてしまう可能性も、戦闘で負けてしまう可能性すら考えられてはいなかった。


「統率は取れてるが、所詮は魔物か」


 それでも、ヤケクソにも思えるオークの特攻は厄介。


「タンクは前線維持! アタッカーは交戦! ヒーラーはダメージを負った者から回復しろ!」


 そう叫ぶと、鷹城は向かってくるオークの群れに駆け出した。


「こんなにも早く使わされるとはね」


 これはまだ攻略の序盤に過ぎない。しかし、序盤で出鼻を挫かれると、仲間たちの士気がさがることを鷹城は知っていた。


「――全体強化」


 そう呟いた途端、味方の身体に淡い金色の光が宿る。


 そのまま鷹城は、襲ってきた正面のオークを一撃でほふると、その勢いのまま撃ち込まれる魔法のもとへ走った。


 しかし、火球がその行く手を阻もうとする。


「飛んでくる魔法は俺が対処しますよ」


 いつの間に付いてきていたのか、背後から亜門の声。直後、火球の軌道が逸れて別のオークへと直撃した。


「助かるよ」

「前の化け物は任せますんで」


 亜門とは何度も攻略を共にした仲だった。だからなのか、亜門も鷹城がやろうとしていることを即座に理解し、サポートしてくれることが多い。


 彼は、鷹城が安心して背中を任せられる数少ない探索者の一人だった。


「鷹城さんと亜門さんに続けぇ!!」

「うおおおおおお!!」


 そんな二人に突き動かされるように、他の探索者たちも自身を奮い立たせて戦闘に応じはじめる。


 その雄叫びに鷹城は安堵。勢いづけば、戦力でこちらが負けることはないと踏んでいたからだ。


 ともかく――、


「ハァアアア!」


 彼も前方に集中して、向かいくるオークの群れへと突っ込んだ。

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