第26話 横浜ダンジョン 

『――現在、日本で最も高いランクAに指定された横浜ゲートの現場に来ています。本日行われるアストラルコーポレーションのダンジョン攻略ですが、先程探索者たちを乗せた小型バス3台が到着し、封鎖された禁止区域へと入っていきました。今回のダンジョン攻略は国内外から注目されており、成功すれば日本の探索者協会にとっても大きな前進になると期待されています』



 横浜ダンジョン攻略を報道するニュース番組を、テレビやネットで多くの国民が見ていた。その大半は好奇心によるものだったが、中には住居からの避難を余儀なくされた人たちや参加する探索者たちの家族も見守っている。


 それほど、横浜に出現したゲートは厄災そのものであり、ゲート外に魔物が溢れてきたらどうなるのかを危険視されていた。


 そんな渦中のなか、黒井は――。


「黒井さんって二年前の攻略組の生き残りなんですよね? 今回参加を希望したのってリベンジってことですか?」

「えぇ、まぁ、はい」

「仲間全員死んじゃってこのままじゃ恥ずかしいですもんね? わかりますわかります。俺も一人だけ生き残ったことあったんで」

「そうですか……」

「あれ嫌ですよねー。命からがら帰ってきたのに、世間からは被害が多かったことをグチグチ言われたりして。あぁ、僕の場合は攻略はできてたのでそこまでじゃなかったですけど、黒井さんはめちゃめちゃ叩かれてそうですね。家族とか嫌がらせ受けたりしてました?」


 バスの一番うしろの席で、隣りに座っている首藤零士に笑顔で最悪な絡まれ方をされていた。


「あの、首藤さんはランクAですよね? なんで、このバスに……?」


 黒井が前の方に座る探索者たちを見れば、全員居心地悪そうにしている。当たり前だ。黒井たちが乗っているバスは探索者を輸送している最後尾のバスであり、そのほとんどはランクCのヒーラーやサポーターたち。しかも、その車内でランクAの探索者は首藤しかおらず、これからダンジョン攻略をするというのに、不謹慎な発言を笑いながらしまくっていたからだ。


「俺も急遽参加させてもらったんですよ。ああ、あとコイツもね」


 そう言って首藤が肩を組んだのは、鎧男。


 彼は訓練施設であったときの威勢はなく、なぜか首藤に肩を組まれて「ヒッ!」と小さな悲鳴をもらしている。


 気持ちは分からなくもなかった。これから、攻略するダンジョンは、下手をすれば死ぬかもしれないのだから。


 ただ、それにしては鎧男の怯えかたが異常である気がした黒井。


 今はまだ、ランクの低い他の探索者ですら落ち着いている。その中で、カチカチと歯を鳴らすほどに取り乱していたのは鎧男だけだった。


 まるで、ダンジョンではなく、もっと近くの存在に怯えているような……。


「ああ、こいつのことは気にしないでください。この前、半殺しにしてから俺に対してずっとこうなんですよ」


 原因あんたかよ。


 黒井は、長谷川が鎧男のことを「期待の新人だ」と言っていたことを思い出し、すこし不憫に思ってしまった。


「そろそろ到着するみたいですね」


 バスが速度を落としたことで、首藤が窓の外を眺めながら言う。同じように外を見れば、迷彩服を着た自衛隊が見えた。装備している銃はアビス内のものじゃなく、こちらで作られたもの。人は殺せても、魔力を纏う魔物には効かない。


 それでも、彼らの顔からは緊迫したものを感じなかった。


 横浜ダンジョンは、高ランクに指定されたダンジョンだったが、魔物が溢れだしたことはまだ一度もない。被害はゲート内で起こったことのみ。だから、これからもそうであると大半の者たちが思っているのかもしれない。


 しかし、黒井は車内の雰囲気を見てすぐにそうじゃないことに気づく。


 自衛隊の人たちが呑気なわけじゃない。探索者たちが緊張しすぎているのだ。


 探索者のなかで精神的に負荷がかかる訓練をしている者は少ない。力によって魔物を倒し、レベルさえ上がれば、簡単に能力値もあげられるからだ。そして、だからこそ、平常心を保つ技術を身につけていない探索者は多い。


 甘んじているのは、探索者のほうかもしれなかった。


 それでも、緊張のなかに死ぬ覚悟を持っている者たちもいる。彼らの目は、恐ろしいほどに据わっていた。


 そんな殺伐とした空気を考えれば、首藤のリラックスした不謹慎な態度は、敢えて・・・なのかもしれない。


「今回30人の探索者たちがいますけど、黒井さんは何人生き残ると思います? 俺と賭けません? あ、でも、どちらかが死んだら意味ないですね、ははは」


 なんて。彼を尊敬の眼差しで見そうになった気持ちを、黒井はすぐに掻き消した。



 ◆



「今回の攻略は横浜を奪還する人類にとって重要な作戦であり、アストラルコーポレーションの威信を賭けた作戦でもある」


 集まった探索者たちの前で話をしているのは、今回の攻略班のリーダー、鷹城たかしろるい。ランクAの探索者だった。


 そんな彼を筆頭にして、他にもランクAの探索者が並んでいる。合計で5人。いや、首藤を入れたら6人か。


「首藤さんは前に行かなくていいんですか?」

「え? ああ、俺は作戦のこと何も聞いてないから。それに、あれだけの頭数揃ってたら十分でしょ」

「そうですか……」


 後ろの方にいる黒井は、なぜか自分に引っ付いている首藤の返答に、もはや愛想笑いしかできない。この人、なんのために参加したんだ。


 とはいえ、ランクA探索者が5人も投入されている構成は異例であり、ランクBは10人、そして残りもランクC帯で固められているのを見るとわざわざ首藤が前に行く必要がないことにも納得ができる。


 かつて、黒井がいた攻略班は20人ほどだったが、ランクAは多くても3人だった。これには、アストラという組織の大きさが窺える。流石は大手企業といったところ。


 しかも、


「今回の作戦の要となるのが、アストラが独自開発をした索発射さくはっしゃ用装甲車だ。皆が知っている通り、ドラゴンがいる大穴までは、この車両を護送するのが主な任務となる」


 まるで、戦車を思わせる分厚い装甲で固められた車両が4台。さらに、一台につけられた砲塔は四つもあった。


 作戦を聞く限り、発射されるのはワイヤーロープ。それが大穴を張り巡らせるように設置されることで、ドラゴンの飛行範囲を狭める目的らしい。


「アストラは探索者だけでなく、技術による魔物討伐を推し進めている所だ。この作戦が成功すれば、人類みんなでゲートに立ち向かう日本の姿勢を見せることができる!」


 アストラ所属の探索者だけで攻略しようとしている目的はこれか、と黒井は合点がいった。


 そして、わざわざ極秘にするようなことだろうか? と疑問にも至る。まぁ、その辺は企業戦略に内包されるようなことなのだろう。人類みんなでゲートに立ち向かうと言うが、車両を運転するのはもちろん探索者であり、アストラ以外の探索者は黒井という例外を除いて他にはいない。体の良いことを言ってはいるものの、攻略組の企業として他を出し抜きたいという意図が透けている――なんて。


 そんなことを考えてしまう黒井は、ひねくれているのかもしれない。それで攻略できるのなら、みんなハッピーであることに変わりはないというのに……。


 黒井はもう、ここにいる探索者の誰一人として頼れるとは考えてなかった。そのため、「みんなで協力」などいう言葉が白々しく聞こえてしまっていただけ。


 結局、自分の身は自分で守るしかなく、魔物も自分で倒さなければならないという覚悟を持っているからこそのひねくれではあった。


「そういえば、黒井さんは防具とか武器は持ってないんですか?」


 ふと、首藤がそんなことを訊いてきた。


 鎧男に限らず、他の探索者たちもそれぞれに防具で身を固めている。しかし、黒井は防具どころか武器すら持っておらず、他から見れば、浮いてしまっていた。


「良くないですよ。いくらヒーラーだからって、仲間に任せっきりにしたら。信用できるのは――自分だけですから、ね?」


 首藤からそんなことを諭されてしまう。奇しくも、その考えは全く同じではあったのだが。


「首藤さんも軽装じゃないですか」

「俺は攻撃を避けられるのでいいんですよ。それに、武器もちゃんと持ってますから」


 そう言って、短剣を手にする首藤。それは手品なのか、まるで何もない空間から短剣が出てきたように見えた。


「まあ、これじゃドラゴンに傷をつけるのは難しいかもしれませんがね。火力のない暗殺者には厳しい戦いです。まあ、“ドラゴンには”ですけど」


 首藤は最後、笑いながら含みのある言い方をする。そして、黒井はそれに頷いてみせた。


「たしかに、ダンジョン内にいるのはドラゴンだけじゃありませんね。そこまで行くのに数多くの魔物を倒さなければなりませんから」

「わかってくれて嬉しいなあ」


 首藤は楽しそうに言った。


 やがて、リーダである鷹城の話が終わり、探索者たちは巨大なゲート前まで移動を始める。


 班は装甲車を中心として、前と後ろの2班に別れた。比重を置いているのは前の方なのだが、黒井はランクCのヒーラーということで後ろの班に分けられてしまう。前のほうに配置されるヒーラーはランクBだけだった。


 まぁ、ドラゴンがいる大穴までの護送陣形に過ぎない。


 ふと、黒井は探索者たちのなかに時藤茜の姿を見つけたが、彼女は前の陣形に配置されていた。まぁ、ランク的には当然のこと。


 なのに、


「えっと、首藤さんは……前じゃないんですか……?」

「俺は戦力の薄い後ろを希望しましたし、リーダーからも後方にいてくれと言われたんで」


 なぜか、ランクAの首藤は黒井と同じ後方配置だった。そして、そこには鎧男もいる。


「もしかして嫌われてるんですかね? 俺」

「まぁ、嫌われてるんじゃないですか」

「ええーやめてくださいよ。ははは」


 首藤はそう言って愉快そうに笑った。黒井が見る限り、高ランク探索者たちは比較的落ち着いた雰囲気だったものの、ここまで砕けているのは首藤くらい。後ろに配置されたというよりは、前に配置したくなかったのだろうと容易に推測できる。


「俺を嫌ってる人を全員排除したら、俺は誰からも好かれてるってことになりますよね」

「それが嫌われる原因じゃないですか……?」

「じゃあ、最初に排除するなら黒井さんですかね」

「冗談でもそんなこと言わないでください」


 黒井は首藤の言動に呆れたのだが、ふと長谷川の電話を思いだす。


「そういえば、俺を攻略参加に推してくれたのって首藤さんなんですよね」

「え? あぁ、そうですね」

「それには感謝してます。ありがとうございます」


 感謝を述べると、首藤はいえいえと謙遜。


「黒井さんは、攻略に参加できるほどの実力を持ってると思っただけですよ。暗殺者である俺が妬ましく思うほどにね?」


 なのに、なぜか私怨のような発言を笑いながら混ぜてくる首藤。


 参加に推してくれたことはありがたくはあったものの、できればもう、この男とは一緒に攻略したくないと黒井は苦笑い。


 やがて、前線組のほうから次々と巨大なゲートへ入っていく。その後、装甲車両が前線組を追いかけるように入っていき、順番はすぐに黒井たちにも回ってきた。


 とうとうか。


 ニ年ぶりの横浜ダンジョンゲートに、黒井はすこし躊躇ったものの、深呼吸をしてから意を決してゲートに踏み込んだ。

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