第25話

 アストラルコーポレーションの探索者専用訓練施設。


 そこでは、空を切るような音が断続的に続いていた。


「またひとりで的当てやってるのかい? あかね」


 その音の一つのあと、時藤茜にかけられた声。


 しかし、彼女はそれに反応することなく、次の矢を弓へとつがえる。


 ギギギ……と弓を引いたあと指を矢から放す茜。矢は、再び風切り音を走らせて訓練施設の反対に設置された的へと命中した。


「攻略組に首藤が追加されたらしい」


 そして、再びかけられた声に彼女は、観念したようにそちらへと視線を向ける。


「ええ、聞きました」


 そこにいたのは、訓練施設の壁に寄りかかったまま茜を見つめる男。


「何を企んでいるんだろうね」


 その、含みのある言い方に、茜は小首を傾げた。


「攻略組に追加されたのですから、攻略のことでしょう?」

「いや、アイツが攻略に興味なんてあるわけないでしょ……」


 そんな反応に男は半ば呆れる。


「茜は純粋だな。アイツの噂くらいは聞いたことがあるんじゃないのか?」

「それは、裏切りのことですか?」

「なんだ、知ってたのか」

「証拠はありません。彼を妬む誰かが作った噂でしょう」


 毅然として、なおもそう主張する茜。男は困ったように笑うしかない。


「証拠なんてあるわけないじゃないか。捜査なんてできるわけないんだから。ゲート内のことは、ゲートに入った探索者にしかわからない」

「なら、彼がわたしを狙っているのですか?」

「いや、なんでそうなるのさ……」

「あなたが、わざわざその話をわたしにするということは……つまりそういうことではないのですか?」


 そんな茜の推測に、男はやれやれと肩を竦める。


「茜を狙ってるってことはないんじゃないかな。それならもっと早くに参加していたはずだから」

「では、なぜその話をわたしに?」

「気をつけてって言いにきたのさ。同じ攻略組のメンバーとして、ね」

「では、他の人にも言って回ってるんですね。お疲れ様です」

「いや、茜にだけだよ」

「わたしだけ?」


 男は「そう」と肯定。


「僕が個人的に、アイツの餌食になってほしくない人にだけ言ってるんだ」

「それが、わたしですか?」


 再び男は笑顔で肯定した。


「それは、ありがとうございます」


 茜は感謝を述べる。しかし、男のほうは物足りなさそうな表情。


「……不安になったりはしないのかい?」

「いいえ? そもそも、わたしはその噂を信じていませんから」

「キミらしいな」

「探索者は魔物を倒すために存在しています。人である探索者を裏切るとは思っていません」


 男は、軽くため息を吐いた。


「おかしいでしょうか?」

「いいや、おかしくないさ。まあ……だからこそ僕は、キミが気に入ってるんだからね」


 その返答に、茜は男から視線を外すと再び矢をつがえる。


「わたしは、人にはそれぞれ役割があると思っています。あなたが前線で剣を振るうように、わたしは後方から魔物を狙撃をする役目があります」


 つがえた矢は流れるように彼女の指に引かれ、弾けるように真っ直ぐ的へと命中する。


「前線で負傷する人がいても、わたしはわたしのやるべきことをこなすだけです。それしか、わたしにはできませんから」

「それは、そうだね」

「探索者も同じだと思っています。魔力に目覚めた瞬間から、探索者は魔物を倒すことが役目です。それ以外にやるべきことは何もありません」


 淡々と語られた茜の言葉に、男はふっと表情を緩めた。


「どうやら、要らない心配だったようだ」

「そんなことはありません。わたしの心配をすることも、もしかしたらあなたの役目だったのかもしれませんから」


 男はそれにくっくっと笑う。


「固いなあ。まあ、今回の攻略は僕がリーダーだから、それもあながち間違ってはいないね」

「ランクが下のわたしなんかを、わざわざ心配してくれる余裕には尊敬します」

「キミは特別だよ。僕は前の敵しか見ることができないからね? 後ろを安心して任せられる人を優遇してしまうんだ」

「安心ですか? 今回の攻略組のなかでわたしの実力は、上位ではありませんが」

「実力の問題じゃないさ。信頼の問題だよ」


 そう言うと、茜は男のほうに再び顔を向けた。


「もしかしたら、今回は信頼できる人がもう一人いるかもしれません」


 それに男は、驚いたように眉を上げる。


「キミがそんなことを言うなんて珍しいね? 誰だい?」

「二年前のダンジョン攻略組で生き残った人が参加します」


 途端に、その眉は下がった。


「そういえば……首藤と一緒に追加された人がいたね。ランクCのヒーラーだったかな? 実力的には高くない」

「魔眼の持ち主でもあります」


 茜が付け加えた補足に、男はあまりいい顔をしなかった。


「魔眼か。たしかに魔眼は希少だけれど、その有用性はあまり高くないと僕は考えてる。実際にその人は所詮ランクC止まりで攻略にも失敗した。結局は、キミのように努力によって結果を積み上げてきた人しか信用していない。僕もそうだからね」


 うんざりしたように言った男の言葉に、茜は「あなたは違うのではありませんか?」と、否定的な疑問を呈す。


鷹城たかしろるい。物理能力値が突出する超戦闘系探索者にして、仲間にバフ魔法をかけることができる勇者」


 彼女の説明に、男は苦笑。


「相変わらず資料をそのまま読んだような説明だね」

「そう書いてありましたから」

「持ち上げ過ぎかな。勇者っていうのはただの称号だし魔法じゃない。それに勇者なんて恥ずかしい称号だよ」

「それでも、魔力覚醒時、既に称号を有していた事実は紛れもない才能だと思います」

「キミだってそうだろう? 正確無比な弓使い。覚醒時に持っていた称号はたしか――【明鏡止水】」


 それに茜は「あまり珍しい称号ではありませんが」と付け加えた。


「ですが……だからこそわたしには役割があると思っています。わたしとあなたのように、魔力覚醒時に称号を持っていた者は特に。そして、彼もまたその一人です」

「ずいぶんと、その人のことを買ってるんだね?」

「わたしはステータスにおける事実を評価してるまでです。その人を買ってるわけじゃありません」

「……なるほどね。それなら良いんだ」


 鷹城は納得の表情を浮かべて、そう終わらせた。


「今回の作戦については、ランクA主導で進めてるし、何か決まったことがあればまた来るよ」

「わたしは指示されたことをこなすだけなので気遣わなくても構いませんよ」

「釣れないなあ」


 彼はそう漏らして、訓練施設をあとにした。

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