第24話
黒井が、横浜ダンジョンに侵入する方法として、こっそり忍び込む以外に可能性を見出しているのはスキル【鬼門】だった。
しかし、鬼門は果たして行きたい場所に繋がるのか、繋がる場所は固定なのか、その効果が未だ不明のため安易に使用することができず、回廊から脱出して以来、放置している。
「もしも行きたい場所に繋がるワープゲートなら腐らせるのは勿体ないよな」
長谷川がくれたチャンスをモノにできず、アストラの攻略組と合流するのは厳しいだろうと考えていた黒井。彼は、新たな可能性を模索するため、誰もいない夜の公園で鬼門を試すことにした。
「――鬼門」
入口付近の街灯だけが寂しく灯る冷えた空気の中、なるべく横浜ダンジョンに繋がるようにと念じながらスキルを唱える。
ふいにチカチカと顔を照らす光のちらつきが気になって見上げれば、寂れた街灯が弱々しく点滅を繰り返していた。
にゃあと鳴いた猫の声で我に返る黒井。視線を戻せば、そこには既にゲートが開いている。
そして、誰にも見られぬうちに彼はゲートへと踏み入ったのだ。
『――お帰りなさいませ……主君!』
やがて、ゲートの向こうについた時、角を通してノウミの声がきこえた。
それで何処に繋がったのかは理解できた黒井だったが、改めて見渡せばそこは回廊。目の前には、ゲートを通ったばかりだというのに、ノウミをはじめとした烏帽子三人衆が、黒井に向かって拳を地面に膝を立てていた。
「うむ、出迎えご苦労……って何を言ってんだ俺は……」
見慣れた場所に繋がったことへの安心感なのか、状況に溶け込む適応能力の高さなのか、黒井は言ったこともない言葉を反射的に吐いてしまう。
『お勤めご苦労様です!』
『主君の帰りを心待ちにしていました』
ジュウホとヒイラギも続くように挨拶をする。ジュウホの、“お勤めご苦労様です”は、極道映画なんかでよく聞く台詞だったためあまり良い印象はなかったものの、最初から彼らに対して良い印象などないので気にしないことにする黒井。そもそも、そんな細かいことを言えば、彼らの口調や言葉遣いはかなりおかしい。鬼になったときに頭ごとおかしくなったのかもしれない。
「鬼門は、必ずここと繋がるんだな」
『主君は回廊の主でござりいまする。ここから別の場所に門を開くことはできても、別の場所からは必ずここにしか門は開かれませぬ』
ボソリと呟いた黒井の言葉に、いち早く解説を入れたノウミ。頭はおかしかったが役には立つ。ただ、得意げに鼻を鳴らすノウミと、何故か「手柄を取られた」と悔しげにしている残りの二人を見ていると、あまり鵜呑みにしてはいけないような気がした。
『主君! 某は主君がいないあいだ、自我のない鬼どもを10体も殺しておきました!」
『主君! わたしは主君がいないあいだ、自我のない鬼たちを15体も殺しました!』
『嘘をつくなぁ! 貴様が15ならば、某は20体!』
『25体!!』
そして、唐突に始まった鬼狩りの自慢大会に黒井は目眩を覚えこめかみを手で押さえる。
徘徊する鬼を殺したからといって何だというのか。
『主君、彼らは武勲が欲しいのでござりまする』
「武勲だと?」
『手前どもは主君の配下となりましたが、未だ
そう説明したノウミは、『手前は他の二人よりは多かったと記憶してござりまする』と奥ゆかしそうに付け加えた。内容はまったく奥ゆかしくない。やはり、こいつらの言葉は鵜呑みにしてはいけないと黒井は再確認した。
「ところでノウミ、お前たちは鬼門を通れるのか?」
『主君の命令とあらば、通ることができまする』
「……それは、通れないってことだよな?」
そう訊き直すと、ノウミは首を横に振った。
『実は通れるのでございまする。しかし、勝手に鬼門を通れば、罰を受けるのでございまする』
「罰?」
『そうでございまする。主の許可なく通れば、死よりも恐ろしい罰を受けると言われておりまする』
死よりも恐ろしい罰、というふわっとした説明に黒井は思わずこめかみを押さえてしまった。アビスでの説明はいつもそうだったからだ。
「……逆にお前たちはどうやってここに来たんだ」
『手前どもが人だった頃は、鬼に化けて入ってきたのでございまする』
「鬼なら、向こうから入ってこれるのか」
『主君もそうだったのではございませぬか?』
黒井は覚えていなかった。というより、雷に打たれて気を失い、気がついたからこちらにいたのだ。もしもノウミの話が本当だとするのなら、黒井は鬼の芽を植え付けられたあとで誰かにより連れてこられたことになる。
が、鵜呑みにはしない。
「まぁ、お前たちが勝手に鬼門を通れないのはわかった」
それでも、そう答えるとノウミはガガガと嬉しそうな声をだし、残りの二人はグガガ……と悔しげな声。
じゃあ、ここから鬼門を開けば何処へでも繋がるのか。
黒井はそう考えると、再び鬼門を開いた。
今度もまた、横浜ダンジョンのことを思い浮かべながら。
『主君、もう行ってしまわれるのでございまするか?』
「ああ。本当はこっちに来るつもりはなかったからな」
『主君! 武勲は……』
そんな訴えをしてきたジュウホに大きなため息を吐いた黒井。やがて、彼は威圧的な視線を烏帽子三人衆へ向けた。
「勘違いするなよ? 俺が見てもいない功績に、なぜ報酬をやらなきゃいけない」
『も、申し訳ありません……』
途端に萎縮するジュウホ。黒井はそれを見届けてから、再びゲートへと入った。
『主君に要求するなんてバカなの?』
『しかし……主君の殺気を感じられて某、感激でござる!』
最後にそんな会話を聞いた気がしたが、黒井はもう何も聞こえないふりをした。
そして。
「横浜ダンジョンと繋がらねぇじゃねーか……」
黒井が降り立ったのは、鬼門を開けた夜の公園。やはり、彼らの言葉はあてにならない。自分の目で見たことだけを信じなければと、黒井は心に刻んだ。
そんなとき、黒井が持っていたスマホが振動した。
見れば、それは長谷川から。
どうせダメだったんだろうな。
憂鬱な気持ちでそれに応答した黒井は、電話越しからその合否を聞く。
それは、全く予想していなかったものだった。
「――え? 攻略に参加できるんですか……?」
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