第23話

 黒井は、せっかく長谷川が用意してくれたテストにおいて、ヒーラーとしての有能性を十分に証明できなかったことに落ち込んでいた。


「そんなに気を落とさないでください黒井さん。今回は相手が悪すぎました」

「まあ、そうですよね……」


 長谷川の慰めに同意する黒井。


 おそらく首藤は、ランクが下の相手に手加減をしていたに違いない。そして、そのせいでヒーラーとしての活躍ができなかったのだと結論づける黒井。


 なぜなら、いくら強くなったとはいえ、『ランクA探索者の攻撃が読めてしまう』なんて、あり得ないと考えていたからだ。


 彼は――首藤の攻撃を全て読みきったうえで、鎧男に治癒術をかけていた。


 そのため、首藤が切った傷を追いかけるように筋組織は癒着し完治して、まるで攻撃が無効化されていたように見えていたのである。もちろん、そう見えていただけで無効化していたわけじゃない。


 それはやはり、黒井が戦闘に対して慣れたことが大きい。


 かつての黒井は……というより大抵のヒーラーは、傷やダメージを確認してから回復をかける。しかし、黒井がやってのけたのは、相手の動きを読んで攻撃されるであろう箇所にタイミングよく回復をかける離れ業。


 ゴーレムとの戦闘経験を経て、黒井は魔力回路の流れや勢いを見ただけで相手の動きを予測することができるようになっていた。


 しかし、いくらなんでもランクA探索者の動きが読めるはずがないと黒井は考え、首藤は手加減をしていたのだと思ったのだ。


 もしも、彼が手加減などせず鎧男の腕や足をバッサリいっていたなら、黒井は分かりやすいヒーラーとしての役割を果たせただろう。鎧男にはわるいが。


 まあ、それは筋力値の低い暗殺者なら仕方ないこと。長谷川の言う通り、相手が悪かったのだと黒井は納得するしかなかった。


「あの……僕は探索者じゃないので戦闘にはからっきしなんですが、最後の攻撃はなんで止めたんですか?」


 長谷川が、言いにくそうにしながらもそんな質問を黒井にしてくる。


「あれですか? さすがに首を切られたら、俺でも回復させる自信はありませんから」

「首……首藤さんが首を狙っていた、と?」

「はい。俺の治癒術は生きている人には有効ですけど、死んだ人を蘇生させる力はありませんから」

「……そ、そうですか」


 長谷川は納得の意を示しはしたものの、表情には半信半疑が浮かんでいた。


「なんにせよ、黒井さんを参加させるか否かを決めるのは僕じゃないので、これができる精一杯です」

「そんなことありません。長谷川さんには感謝しています。俺こそ無理を言ってしまってすいませんでした。それと、チャンスをくださってありがとうございます」


 誠心誠意を込めて黒井は頭を下げた。もしこれで参加できないようなら、彼はこっそり横浜ダンジョンに忍び込むつもりでいる。もちろん、バレて捕まってしまう危険性を侵してではあるが。


「僕としても、攻略に参加するヒーラーは多いほうがいいですから利害の一致でした。なにも、黒井さんのためだけを思ってやったことじゃありませんよ」


 なおもそう言った長谷川に、黒井はそれ以上の感謝が見当たらない。


 だから、もう何も言わずに「わかりました」と終わらせる。


 もしも鬼になっていなかったら、この人の下で探索者をしたいと思ったに違いない。


 そう考えるほどに、黒井には長谷川が良い人に映っていた。



 ◆



「――珍しいね首藤くん。キミがカメラの映像を見たいだなんて」


 アストラルコーポレーションビルのとある一室。その部屋の電気を消して、鎧男との戦闘映像記録を見ていた首藤は後ろからかけられた声に振り向きもせずに答える。


「始末しとかなきゃならない危険因子がいたもので」

「……危険因子? 彼がかね?」

「この鎧野郎じゃありませんよ。こいつの後ろで何かやっていた黒井って奴です」

「ああ、彼なら心配いらないよ。うちで管理している探索者じゃないからね」


 それに、首藤は眉をひそめて振り返った。


「うちじゃない? なら、なんで訓練施設に?」

「長谷川が、彼を横浜ダンジョン攻略に参加させてほしいとしつこく頼んできたんだよ。そのためのテストだったんだ。聞いてなかったのかね?」

「横浜ダンジョン……」


 もはや返答のない首藤に、呆れたようなため息だけが聞こえた。


「彼は二年前、横浜ダンジョン攻略に失敗した攻略班の生き残りだ。奇しくも、キミと似たような境遇じゃないか。……まあ、キミの場合は、クリア後に他の探索者を排除していただけだがね」


 笑いながら放たれる皮肉にすら、首藤は返答しない。


 やがて、何かを考え込んでいた首藤はニヤリと笑った。


「奴もダンジョン攻略に参加させてくださいよ」

「なに?」

「向こうから希望してるんですから、黒井賽の参加を認めてやってください」

「……何を言っている。ていよく断るために、テストにはキミを行かせたんだぞ?」


 しかし、彼はなおも軽薄に笑うだけ。


「その代わり俺も参加しますよ。横浜ダンジョン攻略」

「キミがか?」

「ええ。こいつには借りがあるんです。こいつのせいで……鎧野郎が俺に口答えをしましたから」

「うちじゃないなら潰す必要はないだろう?」


 その疑問に、首藤はやれやれと肩をすくめる。


「これを見てくださいよ。俺を止めた――この動き」


 そう言って彼は、映像をスローで再生する。しかし、その速度ですら黒井の動きは捉えきれてはおらず、まるで突然現れたかのように見えた。


「速いな……」

「これでヒーラーだなんで冗談でしょ? こいつは何か隠してますよ。それに、他の企業に所属でもしたらうちの敵になるんじゃないですか?」


 首藤の説明に、ふむと納得の声が漏れる。


「今のうちに潰しておこうということか」

「ええ。……まあ、うちに来たとしても、どうせ潰すことになっていたと思いますがね」

「なるほど。なら、キミと彼の名前を攻略班に追加しておこう」


 その言葉に首藤は、さらに口角をつりあげた。


「まったく……なぜ、そんなにも楽しそうなのか理解できんな」

「する必要なんてありませんよ。俺とアンタは違いますから」

「ふん。探索者なんぞ人の姿をしている魔物と何も変わらん。しかし、魔物を管理するには、キミのように手入れ・・・ができる魔物も必要だ」

「俺も、アンタみたいなクソ人間がいてくれて助かってますよ」


 魔物と呼ばれたにも関わらず、首藤はまったく気にしていなかった。むしろ、それには心にもない感謝で返す。


「他の探索者に見られないよう気をつけたまえ」

「……誰に言ってるんですか?」


 しかし、その忠告だけには低い声で応じた首藤。


「俺は首藤零士ですよ? これまで、狩りがバレたことなんて一度もありませんから」

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