第22話

 なにがどうなってやがる……?


 首藤は今の状況にただただ疑問を覚えていた。


 たしかに、切っているはずだ。ダメージが通らないような感覚もない。


 短剣で攻撃したことを思いだし、再びその確認へと移行する首藤。


 鎧男の動きは首藤にとって緩慢で、攻撃を避けることも反撃をしかけることも容易い。事実、現在も鎧男が到底認識できない速度で視覚外から忍び寄り、丁寧に鎧の隙間へ刃を添えると、一気に深くスライドさせる。


 やはり、靭帯を切る感覚はあった。それを切れば、相手は激しい痛みとともにぶざまに叫びながら無力になるはずだった。


 しかし、そんな予想はまたもや裏切られてしまう。


 鎧男の力は衰えず、むしろ攻撃を終えた首藤に反撃をしてくるのだ。もちろん、それすらも避けられてしまうほど、力の差は歴然であるというのに……。


 なにかのスキルか? それともアイテム……?


 その可能性を考えてみたものの、これまで攻撃を無効化されたことのない首藤には、その先の答えが見当もつかない。そもそも、暗殺者という職業は攻撃を無効化されにくいからこそ、筋力や持久といった能力値を代償としている。鎧男がタンクであることを鑑みて、ダメージが入りにくいことはあったとしても、ダメージが完全に無効化されることはあり得ないことだった。


 そんな……あり得ないことが、起きているのだ。


 それは何度試しても同じ結果。むしろ、試せば試すほどに、へし折ろうとしていた鎧男のムカつく虚勢は増大していく。


 やがて、思い上がったその態度は、とうとう言動にまで影響を及ぼし、彼は不快な笑みを浮かべながら、最初から意味を成していなかった大盾を捨てて剣だけを握った。


 その、「もはや攻撃を恐れることはない」という明確な意思表示が、首藤のプライドに深く傷をつける。


 ブチンッ――と、それまで我慢していた糸が勢いよくキレる音を首藤は聞いた。


 わざわざ鎧の隙間を狙ってやっている事にすら気づかねぇくせに!!


 眠たげだった彼の瞳孔がカッと開く。


 そんなに死にてぇのなら、望み通りにしてやるよ……!


 瞬間、首藤は自身が誇る最高速度で鎧男の背後へと回り込み、未だ呆然と立ち尽くす無防備なうなじに向けて刃を走らせる。


 殺す……!!


 それは、完全に殺すつもりで描いた殺意の軌跡だった。


 しかし――、



「すいません……それ、模擬戦闘を逸脱してませんか?」



 首藤が短剣を握る手首は後ろから掴まれ、殺意に満ちた一撃は止められてしまう。


「お前、どうやって……」


 振り返れば、そこにはヒーラーと聞いていたはずのスーツ姿の男が立っていた。


 なんだ……この威圧感は……。


 しかも、その眼光には押し潰されるような威圧感があり、掴まれた手首はまったく動かすことができない。


 こいつ、本当にヒーラーか?


 その疑問は、最初に男を見たときに働いた勘を、確信へと変える。


 やっぱりアタッカーだろコイツ。しかも――ランクはおそらくA。


 首藤は男を睨み返したが、彼はまったく動じる様子がない。


「おい! アンタさあ! 出る幕がないからってなに出しゃばってきてんだよ!!」


 そんな張り詰めた空気に割り込んできたのは、激昂する鎧男だった。


「俺には全然攻撃が通じてなかっただろうが!」


 その勢いのまま、鎧男は首藤を無視してスーツ姿の男へと詰め寄る。


「いや、今のは流石にヤバかったと思うんだけど……」

「はぁ? アンタに戦いの何がわかんだよ! 戦闘に参加したこともないヒーラーのくせによ!!」


 その怒号に、首藤が連れてきていた女探索者が小さく舌打ちをした。


 それにすら気づかずスーツ男の胸ぐらを掴みだす鎧男に、首藤はとうとう白けてしまった。


「……興が削がれた」


 そう呟いたら、鎧男が首だけ首藤に向けて「あ?」と意味の分からない喧嘩腰。


「興が削がれたって言ったんだよ。もう、お前に用はねぇ」

「逃げんすか? あのままじゃ、俺が勝ってしまうから」


 鎧男の言葉に首藤は一瞬唖然とし、それからクックックッと堪えきれない笑いを漏らす。


「……何がおかしいんすか?」


 それに鎧男の声がワントーン低くなった。


「そう死に急ぐなよ、三下が。こんなのは、たかが模擬戦闘だろ?」

「模擬戦闘でも、あのカメラにはちゃんと映像が残ってますよ? 首藤さんの攻撃が俺に通じてなかった映像がね」

「へぇ……カメラか」


 鎧男が首だけで示した方向を見やり、首藤は監視カメラを確認する。


 それからゆっくりと、スーツ姿の男へと視線を戻した。


「もしかして、俺の攻撃を無効化してたのもお前の仕業か?」

「無効化なんてできるわけないでしょう。俺はただ――」

「なんすか? 負け惜しみすか?」


 首藤が訊いた質問に割って入ってきたのは、またもや鎧男。


 それに首藤はため息。


 ここまでくると手に負えねぇな。


 鎧男に鬱陶しさを覚えた首藤は、彼の挑発を無視して女探索者へと声をかけた。


「帰るぞ」


 彼女は壁に背中を預けて寄りかかっていたが、それに返事をすることなく頷くと訓練施設の入口へと歩きだす。


 そして、首藤もそれを追った。


「ちょ、ちょっと待ってください首藤さん! 模擬戦闘はまだ終わってないですよ!?」


 そんな彼の前に、慌てて走り寄ってきたのは長谷川だった。


 そういえば、そんなルールだったな……。


 首藤は面倒臭そうに一言、「降参で」と言い放つ。


「へ?」


 長谷川は驚いた声をあげた。


「降参するって言ったんですよ。これ以上続けたって意味ないでしょ。……つうか、なんでランクBの奴なんかと試合なんてさせたんですか」

「なんでって……! これはヒーラーである彼をテストするための模擬戦闘訓練だって伝えたじゃないですか!」


 長谷川の泣きそうな説明に、首藤は眉をひそめた。


「ヒーラーって、あいつの……?」


 顔は長谷川に向けたまま、親指だけを後ろにいるであろうスーツ男に指す。


「そうですよ!」


 それに首藤は不敵に笑った。


「なんのテストか知らないですけど合格でしょ。俺の一撃を止めたんだから」

「いや、これはヒーラーのテストであって……」


 それでもなお言いすがろうとしてくる長谷川の横を、首藤は音もなくすり抜ける。


「最後の攻撃、俺は本気でしたよ」


 殺気を込めた言葉を置いて。


 その殺気に長谷川は言葉を失い、動くことすらできなかった。


「ああ、そういえばお前、なんて名前?」


 やがて首藤は、思い出したかのように振り向いてスーツ男を見る。


 彼は未だ鎧男に胸ぐらを掴まれたままだった。


「……黒井、賽」

「黒井、ね」


 その確認を終えた首藤は、再び踵を返して入口へと向かう。


 なんでアタッカーを偽ってんのか知らねぇが……次にゲート内で会ったときは、その寝首を掻いてやるよ。


 首藤は、その時のことを想像しながら口角を吊り上げた。

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