第21話

「ほら、さっさと始めようぜ?」


 首藤の余裕ある発言と傲慢な態度に、鎧男は歯噛みをした。


 なんで俺が……首藤あいつとやり合わなきゃならないんだ。


 爆発しそうな不満が拳を震わせる。それは恐怖からくる震えでもあったのだが、彼は無意識のうちに怒りという感情を混ぜることにより、自身を騙そうとしていた。


――首藤零士。


 アストラにいて、その名を知らぬ探索者はいない。敏捷と隠密に特化した暗殺者であり、強者を倒すことよりも弱者をいたぶることを好むサイコパス。そんな首藤が有名なのは、あまり良くない噂が付きまとっているから。


 それは、裏切りによるレベリング疑惑。


 弱い魔物ばかりを狙って倒す探索者が、ランクAまで上り詰めるには相当量の魔物を倒さなければならないはずである。しかし、首藤は順当にランクを駆け上がってきた探索者だった。そんな違和感を無くすため、辻褄合わせにできたのが、裏切りでレベリングをしたのではないか? という噂。無論、証拠はない。ないが故に、首藤は探索者を続けている。


 鎧男が恐怖を覚えるのには、そんな首藤の噂も理由ではあったものの、彼の不遜さも理由の一つ。


 その態度は、かつて鎧男をイジメていた同級生と似ていたのだ。


 せっかく探索者になって力を手に入れたのに……なんで俺は首藤なんかと戦闘をしなくちゃいけない……。


 数日前、長谷川から今回の件について電話が来たとき鎧男は喜んで承諾した。なぜなら、長谷川は時藤茜のマネージャー的ポジションにいたからだ。


 鎧男は、時藤茜を最高の女だと評する。探索者としての実力もさることながら、美しい容姿をも兼ね備えた完璧な女。もしも、彼女を自分の隣に侍らせることができたなら、さぞ気分は良いだろうと常々考えていた。


 そんな夢を叶える足がかりになるとして、鎧男は今回の件を受けたのである。


 しかし、蓋を開けてみれば、その内容は彼が最も嫌悪する男との模擬戦闘であり、詳しく話を聞けば、二年前の横浜ダンジョンからひとり逃げた腰抜けのためのテストのようなものだという。


 損な役回りだと思い断ろうかとも思ったが、時藤茜のことを考えたら、それははばかられた。


「念のため言っておくけれど、これは模擬戦闘だからね? 危険だと判断したら止めさせるし、どちらかが降参を宣言しても終了するよ」


 長谷川が、首藤と鎧男に聞こえるように言う。


 鎧男はそれに頷いたあと、チラリと訓練施設内に設置される監視カメラを見る。それは、ここで行われた戦闘を記録するためのもの。


 ここで良い結果を残せたれたら、俺はもっと上に行けるし、彼女にも知ってもらえるかもしれない。


 そんな未来に考えを巡らせた。


 もっと……もっと有名になって、俺は最高の地位を手にするんだ。


 そう、言い聞かせるように唱え、彼は片手で大盾を構えながら腰に装備している剣を抜く。実力にはそれなりの自信があった。暗殺者という職業がコソコソと動き回るしか能のない卑怯な戦い方をすることも知っている。ランクに差はあれど、筋力だけみれば互角に戦えるはずだ。


「こい……!」


 鎧男は完全に戦闘モードに入った。


 しかし、


「あーあ、雑魚のくせに張り切っちゃって。俺さ、そういうのが一番ムカつくんだよ」


 首藤の冷水を浴びせるような言葉に、彼の意気込みはすかされる。


「お前、イジメられてたろ?」


 そして、平然と過去を看過されたことで動揺した。


「な、なにがすか……」

「タンクってドMな奴が多いんだよ。耐えることに喜びを感じてる変態が。なのに、お前からはそういう感じが全くしない。だから、ただの予想」

「それが……戦闘に関係あるんすか」

「戦闘っていうかモチベーション? 弱いやつがイキってるのを見ると、ムカつくってだけ」

「俺は……イジメられてなんかいませんよ。つか、そいつら全員ボコボコにしてやりましたけど」


 動揺を隠すために虚勢を張った。そして、その言動が首藤の癇に障ってしまう。


「バカが。やっぱイジメられてたんじゃねーか」


 その瞬間、首藤の雰囲気が豹変したのを鎧男は感じた。訓練施設の端にいた女探索者が、ため息を吐く。


 彼の雰囲気を表現するのならば殺気。それに鎧男は腹の底から這い上がる恐怖に背筋を凍らせた。


 直後、そんな雰囲気もろとも首藤の姿が消える。


 もちろん消えたわけじゃなく、鎧男の視線が追いつかなかっただけ。


 首藤の姿はすぐ目の前に現れた。


「思い出させてやるよ。どれだけ自分が無力なのかをな?」


 そんな台詞と共に首藤が短剣を掲げた。攻撃されると思い、鎧男は咄嗟に防御しようとする。


 しかし、大盾を持ち上げようとする腕に力が入らない。


 あれ?


 彼の腕の筋は切られていた。短剣は既に振るわれた後だったのだ。


 そんな真実に鎧男が気づく間際、だらんと下がりはじめていた腕に力が戻った。


 そのまま彼は大盾を構え、反対の手に持つ剣で首藤を突く。


「……は?」


 そんな声を漏らした首藤は、その突きを難なくかわして距離を取ったものの、まるで一撃でも喰らったかのように面食らった表情。


 鎧男はそのまま距離を詰め、大盾ごと体当たりをする。しかし、それもかわされ再び鎧の隙間に短剣を忍び込まれてしまう。今度は、確実に切られた。


「くっ……!」


 そのことは、鎧男も理解できた。にも関わらず、痛みはない。浅かったのだろうと考え、大盾を振り回し、今度は確実に首藤へとぶつける。


「どういうことだ……」


 思わぬ反撃にふっとばされた首藤だったが、彼はダメージを負った様子はなく、なぜか疑問を呟いている。


 その理由はおそらく、短剣によるダメージが入ってないからだと鎧男は推測。


 短剣で切られた感覚は確かにあった。なのに、鎧男は血の一滴も流してはいない。


「どうやら、俺の耐性は高いみたいすね……」


 その理由を、鎧男はそう結論づける。


 そして、


「もしくは、首藤さんの攻撃が全然足りてないか」


 さきほどのお返しとばかりに、鎧男は笑いながらそう言った。


「あ?」


 安い挑発だったが、首藤を怒らせるには十分だった。それでも鎧男は笑いをやめない。


 最初はビビったけど、ダメージがないなら怖くない。これはイケる……!


 そして、調子づいた彼は大盾で防御するよりも、剣で攻撃することに着手しはじめる。攻撃されてもダメージがはいらないのなら、防御する必要を感じなかったからだ。


 その攻撃はいとも容易くかわされるものの、首藤の反撃はすべてノーダメージであるため負けることはない。


「おおおお!」


 勢いづいた彼は、もはや大盾を捨てて両手で剣を振るった。


 ランクAでも全然戦えてんじゃん! これまでタンクとしての実績しか詰めなかったけど、アタッカーとしても活躍できる!


 もはや、鎧男の勢いは有頂天に登り始めていた。

 

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