第19話

 ゴーレムを倒せたことで、自身の力が通用する可能性を感じた黒井。彼は、現在自宅にて一枚の名刺を眺めていた。


――アストラルコーポレーション。探索者管理部署、長谷川はせがわ卓二たくじ


 それは、ランクBの探索者である時藤ときとうあかねと共に、アストラへ黒井を勧誘しにきた男の名刺。


 その名刺に記載されてある連絡先に電話をかけると、彼はすぐに出てくれた。


『はい。長谷川です』

「突然お電話してしまってすいません。探索者の黒井賽です」


 すると、数秒の間が空いたあとで、彼の声に抑揚が灯った。


『ああ、黒井さんですか! 先日はどうもすいませんね』

「いえ、こちらこそせっかく来ていただいたのに断ってしまってすいません」

『大丈夫ですよ。それよりも連絡してきたってことはアストラへ入る決心をされたってことですか?』


 その返答に黒井は躊躇ったものの、意を決して口を開く。


「いえ、アストラに入るつもりはありません」

『……』


 電話向こうで沈黙する長谷川。おそらく、黒井が連絡してきた意図をはかりかねているのだろうと察する。


 だから、それは黒井から切り出した。


「アストラは、横浜ダンジョン攻略をされるんですよね」


 その問いに、『あぁ』と納得するような声が聞こえた。


『ニュースを見たんですね。ええ、そうです』

「その攻略に、探索者の募集をかける予定はありますか?」

『攻略に参加されたいわけですね?』

「そうです」


 高ランク帯のダンジョン攻略には、探索者の人員募集をかけることがある。それは攻略の成功率を高めるためであり、これまでにもそういった事例はあった。


 しかし、


『申し訳ないですが、今回の攻略に探索者の募集はかけません。すべてアストラ所属の探索者のみで行われる予定です』


 長谷川の答えは、黒井の予想とは反したものだった。


「すべてアストラ所属ですか……?」

『ええ、そうです』

「ランクAのドラゴンがいるダンジョンをですか?」


 それが信じられず確認をしてしまう黒井。


『はい』


 それでも答えは変わらず。黒井は思わず言葉を失ってしまった。


 それに長谷川が申し訳なさそうに声をひそめる。


『黒井さんも以前は攻略組だったのでご理解いただけるかと思うのですが、外部には秘密にしておきたいことってあるじゃないですか』


 どうやら、アストラは何かしらの秘密を隠し持っているらしい。そして、おそらくそれこそが今回のダンジョン攻略に乗り出した理由でもあるに違いない。優しげな長谷川の言葉のあとには『だから諦めてください』という意思が読み取れる。


 しかし、黒井は引き下がるわけにはいかなかった。


「俺だけでも参加させてもらえませんか? 秘密なら絶対に守ります」

『そう言われましても……』


 反応は芳しくない。当たり前だ。それは、黒井に都合が良いだけのお願いに過ぎない。


「お願いします。報酬でしたら要りません。装備や武器もすべて自分で用意します。横浜ダンジョンは、俺にとって必ず攻略しなきゃならないダンジョンなんです!」


 それでも、悪あがきのように黒井は電話越しに頭を下げる。


 もはや、ここで電話を切られたとしても文句など言えないだろう。

 

『……逆にお聞きしたいんですが、黒井さんはどうして企業所属にならないんですか?』


 しかし、長谷川は会話を続けてくれた。


 それに黒井はどう答えるべきか迷ってしまう。鬼だとバレるわけにはいかない、なんて言えるはずはない。そもそも、鬼であることをバラしたら参加など論外かもしれない。魔物と一緒にダンジョン攻略など、不安要素のほうが大きいからだ。


 だから……黒井はかつて、自分が抱いていた罪悪感のほうを吐露することにする。それは嘘ではなく、二年間悩み続けた彼の本心でもあった。


「俺は……戦闘に参加できないヒーラーです。そして、ヒーラーであるにも関わらず、仲間たちを死なせてしまったヒーラーでもあります。そんな奴が攻略組にいて、役に立てるとはどうしても思えませんでした」

『それなのに……今回は参加されたい、と?』


 長谷川の疑問は、黒井の痛いところを突いてくる。


「横浜ダンジョンは俺が死んでいたかもしれない場所です。ですが、俺は恥ずかしくもそこからひとりのうのうと生き延びてしまいました。それには理由があったのだと思いたいだけなのかもしれません。都合のいいお願いだとはわかっています。それでも……俺はもう一度横浜ダンジョンに行かなきゃならないんです。お願いします! 俺にリベンジをさせてください!」


 一気に喋ったためか呼吸が乱れる。それを無視して黒井は再び頭を下げた。電話越しからは悩むような唸り声。


 やがて、長谷川の穏やかな口調が『黒井さん』と語りかけてきた。


『僕は……探索者ではありませんが、探索者部署の一員として、当然彼らを死なせたくはありません。そして、今回の攻略がどれほど危険なのかは理解しているつもりです。上からは「今回の攻略で犠牲がでるかもしれないから覚悟しておくように」と言われました。……でもね黒井さん、人が死ぬことを前提とした覚悟なんて、あるんですかね?』


 長谷川の冗談っぽく語られた問いかけに、黒井はどう返せばいいのかわからなかった。


『黒井さんは一人だけ生き残ったことを悔いているようですが、僕はそう思いませんよ。生きて帰ってきたことに罪なんてありません。むしろ、それは喜ぶべきことです。なぜなら、そのおかげで黒井さんがこれまでに救った命も、きっとこれから横浜ダンジョン・・・・・・・・・・・で助ける命だってあるはずですから』


 それは最初、黒井に参加を諦めるよう促す彼なりの説得なのかと思った。


 しかし、話の行き先がそれとは少し違うことに黒井は気づく。


 いや、むしろその言葉は……。


『黒井さんは、他のヒーラーよりも秀でた治癒魔術師でしたよね? しかも、魔眼の持ち主でもあります』


 逸る気持ちを抑えて、黒井は「はい」と答える。


『攻略参加の決定は僕にはありません。ですが、上と掛け合ってみるくらいはできますよ』

「ありがとうございます!」


 長谷川の返答に、黒井は喜びを隠さずに感謝を述べる。


『ただ、アストラ所属でもない探索者の参加は、かなり厳しいかと思います』


 そして、希望が薄いことを付け加える長谷川。


 それはどうしようもないことだった。


『ですから黒井さん――』


 そんな薄い可能性に対して、長谷川はこう続けたのだ。


『――一度こちらにお越しになって、治癒魔術師としての有用性を証明してみませんか?』

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