第18話
破竹の勢いとは、最初に切り込みを入れることで一気に竹を割る様子から由来された言葉だが、黒井による格闘術のコピーはまさにそれだった。
彼は、格闘術の修得を皮切りに、ゴーレムの内部魔力の流れをみるみるうちに吸収していったのである。
結果、拮抗していた泥沼のダメージレースは、今や黒井が圧倒しており、ゴーレムの攻撃は全ていなされていた。
やがて、新しい魔力パターンを出してこない頃合いを見計らった黒井は、ゴーレムの硬い装甲を拳によって破壊しはじめる。
それを行う黒井は、まるで興味を失い飽きたかのように眠たげな無表情。
ゴーレムは為すすべもなく粉砕されていき、最終的には見る影もないほどの瓦礫へと積み上がってしまった。
「――ここまで破壊してもダンジョンコアがある限り復活するんだから不思議だな」
戦いを終え、瓦礫の山に座り一息ついた黒井は、ゴーレムの生態に半ば呆れ気味の表情を浮かべてしまう。
「それにしても……こいつは本当に魔物なんだろうか」
そして、黒井はそんな疑問を口にした。
ゴーレムは他の魔物のように生きた生命体じゃなく、ダンジョンコアを破壊しないかぎり粉々になっても時間が経てば復活することができる。しかも、こちらから攻撃をしない限り探索者を襲うことはなく、その戦い方は格闘術によって組み立てられていた。
魔物と呼ぶにはすこし違和感。しかし、黒井はそんなことを考えている時間が残されていないことに気づき、急いで立ち上がると面を装着して角を隠す。
「ダンジョンコアの確認だけにしては、すこし時間をかけ過ぎたかもしれない」
彼が受けた仕事は、あくまでもメンテナンスに過ぎなかった。ゲートからの帰還が遅くなれば、協会から不要な疑いをかけられかねない。
もちろん、やましいことなど一つもないが、何がキッカケで自身が鬼であるとバレるか分からないため、なるべく怪しまれる要因は避ける必要があった。
「他のゴーレムとも戦いたいが、諦めるしかないな」
黒井はそう決断するとすぐに遺跡のようなダンジョンへと入る。内部は、やはり人工的な造りになっていて、天然の洞窟というよりは坑道というほうがしっくりくる気がした。
道は枝分かれしているわけではなく、迷うことのない一本道。しかも、ご親切に灯りが等間隔に設置されている。そして、広い空間にくると入口と同じようなゴーレムが壁際で光を失ったまま沈黙していた。
「こいつは剣を使うのか……」
そのゴーレムは、石でできた剣を装備していた。しかし、黒井は戦うことなくゴーレムの側を素通りする。
道は再び狭くなり、やがて、また広い空間。
そこには、石でできた弓を手に持つゴーレムがいた。
「まさか、全武器系統のゴーレムがいるわけじゃないよな……?」
そのゴーレムを横目に黒井はそんなこと予想をする。
そして、そのまさかだった。
ダンジョン内部の広い空間には必ずゴーレムがいて、入口から数えると全部で5体。その装備は拳、剣、弓、棍棒、槍の順で沈黙していた。
「どんな戦闘系探索者にも対応できる品揃えだが、素通りできるんじゃ意味ないだろ」
もしも、ゴーレムたちが常に起動していたならこのダンジョンランクはAだったかもしれない。そんなことを思いながら、黒井はダンジョンコアへと急ぐ。
そして、ようやくたどり着いたダンジョン最奥。その空間には巨大な地底湖があり、中心の小さな島にダンジョンコアはあった。
それは、青い光を発しながら宙に浮かぶ不思議な水晶。
その水晶のおかげで、空間内は明かりがなくとも岩壁まで詳細に見渡すことができ、水面はキラキラと輝いている。そして、この水晶がダンジョンを維持している元凶でもあった。
「見た目は完全に宝石だよな」
かつて、このダンジョンコアをゲート外に持ちだして研究をするという計画があったのだが、コアを外に持ち出した途端、周囲にいた人間たちは原因不明の発作に襲われ死んでしまったらしい。
彼らはコアが放出している魔素に耐えられなかったのだ。
魔素とは、アビスの大気中にある物質で、魔力の元になるもの。しかし、耐性のない者には毒になってしまうことがその事件で判明していた。
これこそが、どんなに危険度の低いダンジョンであったとしても、探索者がゲートをくぐってメンテナンスをしなければならない理由でもある。
「特に異常はなさそうだな」
黒井はコアの状態を見届けると、すぐに引き返した。途中、沈黙するゴーレムたちと戦ってみたい欲求に駆られたものの、それを何とか堪える。
最初のゴーレムで格闘術を修得したのだから、他のゴーレムでも戦闘系スキルを修得できると思ったからだ。
そうしてダンジョン入口まで戻ってきた黒井は、周辺に飛び散った瓦礫がゆっくりと集まり、人型に組み上がっている光景を目にする。
どうやら、ゴーレムが復活をしている最中らしい。
「あれは……コアみたいなものか?」
黒井が発見したのは、宙に浮く石の塊。瓦礫は、その石を目指すように組み上がっていて、おそらくゴーレムにおけるコアのようなものだと推測できた。
それを魔眼でみると、コアの内部には箱型の空間があり、その空間から魔力回路が形成されている。瓦礫は、その回路を包み込むように積み上がっているため、魔眼を持つ黒井にはゴーレムの完成図がほぼ視えている状態だった。
そんなゴーレムの復活だが、黒井の目を引いたのはやはりコアの部分……というよりは、魔力を流すメカニズム。
「膨大な魔力はああやって手に入れてたんだな」
回路に流し込まれた魔力は石を積み上げる魔法に変換されており、回路内の魔力が不足したと同時に、箱が大気中の魔素を取り入れているようだった。
おそらく箱には魔素を魔力へと変換する仕組みがあり、箱自体には魔力を回路に流し込む減圧弁のような仕組みがあるのだろう。まあ、魔物を倒すことが仕事である探索者の黒井には専門外。
彼はその様子をしばらく見ていたが、やがて視線をゲートのほうに向けて歩きだす。
「ここにはまた来よう」
黒井は沈黙していたゴーレムに思いを馳せると、そう決意してゲートをくぐった。
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