第17話

 大きいというのはそれだけで脅威になる。陽の光を遮られると心は弱くなり、高い位置から隕石のごとく振り下ろされる石の塊は、無惨な死を想像させ背筋を凍てつかせる。


 そんな代物が、常にこちらを見据えて襲いかかってくるなど、もはや悪夢でしかない。


 しかし、そんな悪夢をたのしむ者はいた。


 衝撃、衝突、轟音、振動。物理における、ありとあらゆる激闘が繰り広げられる領域内において、あろうことか肉弾戦で悪夢に立ち向かう鬼が一人。


 大きさとは脅威だが、その脅威を力によってはね退ける鬼は、自身が負けていないその戦闘を愉しんでいたのだ。


 それでもまあ、今はまだ、負けていないだけ――。


「デカい図体のくせによく動く」


 長く拮抗する戦い。それに黒井は、速度を用いて優位に立とうと試みたが、ゴーレムがみせる予想以上の機敏さに思わぬ苦戦を強いられていた。両者の動きはほぼ互角だったため、戦いは熾烈を極め周囲の地面に多くのクレーターをつくっている。


「ルーペ」


 魔眼を起動し、その機敏さの理由を解析しはじめる黒井。ゴーレムの動きが純粋な敏捷じゃないことはここまで行ってきた戦いでなんとなく察している。その巨体が黒井と同じように動くなど、あり得ないことだったからだ。


 そして、魔眼はゴーレムの内部に魔力回路が複雑に集まっている箇所を三つ看過する。場所は、頭と胸と腰。


 ゴーレムの下半身が動くときは腰の魔力回路が急速に稼働し、上半身は胸の魔力回路が稼働していた。そして、その二つに応じて頭の回路が常に魔力を循環させているのだ。


「人型はフェイクか。あんなの脳みそが3つあるようなものだろ。合体でもしたのかよ」


 思わずそう吐いて、頭が3箇所にある人間を想像してしまい嫌悪感を滲ませる黒井。


 さらに、ゴーレムはそれだけじゃなく、手足を動かすたびに、まるで魔法やスキルを発動させたかのような魔力を内部で動かしていた。


 例えるのなら、【右足を前に出す魔法】を使用したあとに【左足を前に出す魔法】を発動させて歩く。【右腕を動かす魔法】を使用したあとに【右手を動かす魔法】を発動させて拳を握る――といった具合に、動き全てが膨大な魔力によって実行されている。しかも、それらをすべてが秒で数えられる時間内に収められていた。


 言うなれば、物理法則を逸脱した機動特化のバフ魔法が常にかけられている状態。


「ありえないだろ……」


 素直な感想だった。


 しかし、驚いている暇も、感心している暇も与えられず、ゴーレムが黒井へと迫る。正直に言えば、回廊のボスであった鬼よりは強くないと黒井は感じていた。にも関わらず、カウンターを入れる黒井の攻撃は、防ぐ動きすらされずにはね返されてしまう。


 その、鉄壁とも呼べる硬い装甲が故に、回避行動をまったく取らなくても良いことが黒井の動きに追いついている正体でもあった。


 やがてその戦いは、ダメージレースという名の泥沼へと転じ始めていた。


「攻撃はそこまでじゃないのに耐久がヤバいな。それにあのスピードを生み出してる内部の魔法……どんな仕組みになってるのか知らないが、魔力が全然尽きない」


 せめて、鉄壁の装甲に亀裂をいれられれば……と歯噛みをする黒井。


 まったく魔力の減りを感じさせない砦を、このまま落とせるとは思えなかったからだ。


「鬼でも筋力が足りないのか」


 そうやって削り合いの長期戦をしていると、黒井はあることに気づく。


 それは、ゴーレム内部の魔力の流れ。


 ゴーレムの動きは、まるで生き物のようであるものの、魔力の流れはパターン化されていた。


 その一つを上げるのであれば、ゴーレムが黒井に向かって繰りだす正拳突き。


「試してみるか……」


 黒井は魔眼に集中し、ゴーレムの魔力伝達をトレースしてみることにする。そして、おそらくそれは魔眼ルーペを持つ黒井にしかできない芸当。


 ゴーレムの魔力回路は人型であるが故に、黒井の魔力回路とも酷似していた。


 猿真似は、不可能なことではない。



――スキル【格闘術】を発動します。

――スキル【格闘術】はまだ修得していません。発動をキャンセルしました。



「格闘術……?」


 聞こえた天の声に一瞬固まった黒井。そして、迫るゴーレムの攻撃に気づいて間一髪で避ける。ゴーレムはそんな黒井に続けて攻撃をしかけてきたものの、今度は落ち着いて対処した。


「……あの動きは魔法じゃなくてスキルだったのか」


 一旦距離を取った黒井は、改めてゴーレムを観察し、動きではなく魔力の流れを真似しようとする。


――スキル【格闘術】を発動します。

――スキル【格闘術】はまだ修得していません。発動をキャンセルしました。


 しかし、またもや完璧にコピーするまでには至らず。


 それでも、黒井は同じことを何度も続ける。


 それは、スキルが一朝一夕で得られるものではないことを理解していたから。


 彼がその理解に至ったのは、剣術スキルを修得したとき。


 剣をいくら振っても、魔物をいくら剣で倒しても、黒井は剣術スキルを一向に修得しなかった。その理由を、「治癒魔術師という非戦闘職だからだろう」と諦めてすらいた。事実、戦闘職である探索者たちは、まるで最初から備わっていたかのように戦闘スキルを使用し、まるでそれが予定されていたかのように呆気なく戦闘スキルを修得していった。


 だから、治癒魔術師は戦闘スキルを修得できないのかもしれないと思い込んでいたのだ。


 しかし、ある日突然スキル【剣術】が備わったときに黒井は理解する。


 スキル修得に必要なことは、反復することなのだろうと。もちろん、職業によっては優遇されている部分もあるはず。というより、そうでなければ職業という項目の意味がない。


――スキル【格闘術】を発動します。

――スキル【格闘術】はまだ修得していません。発動をキャンセルしました。


 それでも、非戦闘職が戦闘スキルを修得するのは不可能じゃない。なにより、その天の声は黒井に「まだ」と訴えかけているように聞こえた。


 黒井は、ゴーレムの魔力回路を何度も何度も観察する。


 その流れはやはり動きによって区別されていて、何百通りというパターンがあるようだった。


 その、何百通りすべてを真似できなくても良かった。


 せめて、スキルによってゴーレムと同じ土俵に立てる一瞬さえコピーできれば……!


 黒井は諦めることなくゴーレムを真似し続けた。


 やがて――その瞬間は来たる。


――スキル【格闘術】を発動します。

――スキル【格闘術】を修得しました。


 とうとう彼は、短い期間内で戦闘スキルの発動をこじ開けることに成功したのだ。


 繰り出された拳は、これまでとは明らかに違うことを黒井は感覚的に確信する。その拳がゴーレムの装甲に触れた瞬間、高い防御力によって相殺されていたはずの攻撃は、初めてゴーレムの装甲に傷を走らせたのである。


 それにゴーレムが動揺し動きを止める。いや、損傷により機能を一時的に停止させた、というのが正しいかもしれない。


 ともあれ、ゴーレムに追撃を行えるチャンスが生まれた。


 しかし、黒井はそのチャンスを目の前にしながら、何故か距離をとってしまう。


「これで格闘術は修得したが、まだ熟練度は初心者に毛が生えた程度だろうな」


 ゴーレムに傷をつけた拳を握り直しながら、そんな分析をする黒井。


「ドラゴンの鱗を破壊するのなら、もっと熟練度をあげなくちゃならない」


 そう言って、彼はゴーレムに視線を戻す。


「コピーできる魔力パターンはまだある。壊すには勿体ないくらいにな?」


 黒井には、ようやくゴーレムを倒せるかもしれないことよりも、ドラゴンを倒すことしか見えていなかったのだ。


 

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