第14話
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【鬼門】
空間を繋げる門を生成する。
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相変わらず情報が少ねぇ、という文句は言っても意味がないため言葉を飲み込んだ黒井。それでも、何処に繋がるのかを知りたかった気持ちがため息として漏れてしまっていた。まあ、回廊から出ることはできる、それがわかっただけでも十分かもしれないと自分を騙す黒井だったが、別の問題に気づいてしまいテンションは再び落ちた。
「角をどうするか……」
たとえ戻れたとしても、鬼になった事実までは戻すことができない。額から突き出る角を触ってみたが到底隠すことなどできないだろうと黒井は落胆した。
『角ならば隠せまするぞ』
その解決策をだしたのは、あろうことか鬼だった。
「本当か?」
『ただし、鬼としての力は100%だせなくなりまするが……それでも良ければ』
「良いぞ」
『お任せください……!!』
黒井が食い気味に即答すると、鬼は満面の笑みを浮かべてみせる。おそらく嬉しい気持ちが笑みとして溢れてしまったのだろうが……その表情はあまりにも醜悪で、黒井は苦笑いしかできなかった。
そして、鬼はデカい図体のまま印を結び始める。
「……待て」
しかし、黒井はすぐにそれを止めさせた。
『どうしたのでございますか?』
「お前……まさかあのお面をつくろうとしてるわけじゃないよな?」
『え? そのまさかでございまするが』
その返答に、冷たい息を吐いた黒井。
「やっぱり、さっきの笑みは良からぬことを企んでいたんだな?」
『え?』
「騙されるところだった。あれでもう一度、俺を封印しようと考えてるんだろ?」
黒井の言葉に、鬼は口を開けた数秒固まっていた。
『そんなことは断じてありませぬ! たとえ力を落とせたしても、主君は私が勝てる相手ではござりません!』
鬼は必死で黒井へと訴える。
「じゃあ、信用の証として今ここで両足を切り落としてみろ」
しかし、黒井が返したのは温度のない要求。
「手は術に必要そうだから勘弁しておいてやる」
そして、なおも冷淡にそう言ってみせる。それに鬼はしばらく驚いたように無言だったが、
『それで信じてもらえるのならば、喜んで足くらい捧げまする』
やはり醜悪に笑い、自身の太ももを両手で囲むように掴み、
「グガァアアア!!」
なんの躊躇いもなく、まるで締め上げるようにして膝上の太ももをちぎったのだ。
「両足だから、反対の足もだ」
『わかっておりまする』
鬼は返事をしながら、同じようにして反対の足をもちぎる。
それを確認した黒井は安堵の息。
「わかった……一旦信じよう。だが、もし裏切るようなことがあれば、そのときは殺す」
『構いませぬ』
そして鬼は術を再開させる。そんな黒井と鬼の様子を、怯えた視線で見ている烏帽子が三人。
彼らには殺し合いをさせていたが、未だ鬼にはなっていない。
まあ、そうだろうなと黒井は諦観した。彼らは、黒井が見ている限り本気で殺し合いをしていなかったからだ。あわよくば鬼にならない道を結託して模索しているのかもしれない。
「まどろっこしいな」
そんな呟きだけをその場に残し、瞬時に烏帽子一人の眼前へと移動した黒井。
「ひっ、ひぃ!」
「まとめて鬼化させてやる」
そして、彼のみぞおちに拳を打ち込むと、そのまま背中まで貫通させる。
「まず一人」
それを見ていた他二人は、途端に叫び声をあげ脱兎のごとく逃げだした。しかし、一人に追いついた黒井は乗り上げるように背中へ足裏をつけると、そのまま思い切り踏み込んで地へと押し付ける。
「がはッッ!?」
バキバキと豪快に鳴った骨の砕ける音は、背骨なのか肋骨なのかわからない。ただ、口から吐いた血の量を見るに、おそらく臓器が破裂したのは間違いないだろう。
そして、黒井は逃げだしたもう一人にもなんなく追いつくと、今度は背中から拳を突っ込んで胸まで貫通させる。
大量の血を流して倒れる三人。彼らに息はまだあったものの、このままでは死んでしまうのも時間の問題に思えた。
「鬼になったら治してやる」
黒井は、彼らにそれだけを言った。
そんな黒井はふと、近くに落ちている月影刀を見つける。忘れてたなとその得物を拾い上げてみたものの、なんとなくしっくりこない。試しに振ってみたものの、やはり違和感を覚えてしまう。人だったときは何も思わなかったが、どうも剣や刀は、今の戦闘スタイルには合ってはいないらしい。
黒井が剣を握ったのは、少しでも戦闘に加わることのできる力が欲しかったからだった。
そうやって、適性もない剣術スキルをコツコツと磨いてきた。
しかし、今となっては力どころか人ですらなくなってしまった。視線を月影刀から倒れている三人に写すと、その変わりようが実感できる。
『――主君、できました』
その声に振り返ると、両足を失った鬼の手には一枚の能面が握られていた。しかし、黒井が想像していた能面ではない。
「なんだその形は……」
それに鬼はよくぞ聞いてくれたとばかりに含み笑う。ただ、ガガガと濁音混じりの声は不気味で、やはり何かを企んでいるようにしか見えない。
『お面は視界が悪くなりますゆえ、このような形に致しました。しかし、効果は十分に期待できまする』
それは、口と頬と鼻だけを覆うハーフマスクだった。そして、能面によくあるおちょぼ口が形作られておらず、ただのマスクに近い形状をしている。
「シンプルだな」
『本当は、カッコいい般若のお面にしたかったのでございまする……。しかし、目的が人に化けることであるゆえ、泣く泣く人の能面をお作りしました。それでもせめて、主君の品格が落ちぬようにと無駄な装飾はしなかったのでございまする』
鬼は悔しげに地を叩く。それを黒井は無視して、お面を眺めた。
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【人の能面(
職人によってつくられた能面。人の姿に変身することができる。
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情報が少ない説明を信用するのもどうかとは思ったものの、そこに悪いことは書かれていない。
「たしか、力は抑えられてしまうんだったな?」
『その通りでございまする。封印術ではありませぬが、人に化けることは即ち、人の限界までしか力を出せぬことと同義でありまする』
ふむ、と黒井は納得。そして、その面を装着すると、すぐに天の声が聞こえてきた。
――【人の能面】を装着しました。種族差異により鬼としての力が低下します。全能力値が減少しました。
やがて、黒井の額から突き出る二本の角が収縮し、頭蓋の中へと戻っていく。
その後すぐにステータスを確認すると、全能力値が2割程度減っていた。それでも、数値はどれも300を上回っており、目の前の鬼にも負けない強さを残している。
「よくやった、ノウミ」
『あっ、はじめて名前を……!? ううう……ありがたき幸せに存じまするうううう……ぐすり』
黒井が名を呼んで労うと、ノウミは歓喜に咽び泣きはじめた。支配下に置いてからわかったことだが、この鬼はなにかおかしいと思う。主に……性格において。それでも、実験的に【雷の支配】を使用して良かったとも思う。ノウミがいなければ、角丸出しでここから出なければならなかったのだから。
その後、黒井はノウミに治癒術を使用し両足を再生させてやった。ノウミは「そのうち生えてくるから主君の手を煩わせたくない」と言い張ったのだが、それを無視して治癒術を使ったら、再び泣きながらスクワットを始めた。
意味がわからなかった。あとは、他の鬼もそうじゃないことを願うばかり。
先ほど半殺しにした三人のほうをみると、ちょうど二人が苦悶の声をあげながら鬼化を進めている最中だった。そして、残念なことに一人は息絶えてしまっている。
ノウミが役立ったことを考えれば惜しい気もしたが、もとより彼らは黒井を騙し封印しようした者たち。心残りなど微塵もない。
二人は、ほぼ気力だけで息をしていた。ステータスを見てはいないが、おそらく精神の能力値が高いのかもしれない。
やがて、白目をむきそうになる蒼白の表情に血管が浮き出て、額から角が伸び始めたところで、黒井は治癒術を彼らに施す。
そのやすらぎに、気力の糸が切れたのだろう。
二人は呆気なく鬼へと変貌を遂げる。
「――ハック」
そんな二人に、間髪入れず雷の支配を行使。鬼へと至った二人は流されるまま、黒井の軍門へと下った。
そして。
『――無礼を働いたにも関わらず、命をお救いくださってまことにかたじけない。
「嫌だよ」
『遅ればせながら、主君にご挨拶申し上げます。私の名は
「墓までついてくるなよ。それと勝手に俺の伴侶になるな。男じゃなかったか? お前……」
生き残った二人の鬼は、【鍛治師】のジュウホと【
「それと、なぜお前たちは全員職人なんだ? 陰陽師とかそういうのじゃないのか?」
それはノウミを配下に加えたときにも抱いた疑問だった。
『手前どもはみな、陰陽師を名乗ることを許されなかった分家の出でございまする。職人として生きるのは何もおかしなことではございません』
「なるほど……」
ノウミの説明に納得した黒井。彼らにも何やらのっぴきならない事情はあったのだろう。
「取りあえず、俺はここを出るがお前たちを連れて行くことはできない」
黒井の言葉に三人は顔を見合わせる。その後、再び頭を垂れた。
『わかりました。では、主君が戻るまでここでお待ちしておりまする』
鬼門が一体どこに繋がっているのか分からないうえに、戻ってこれるのかも分からない黒井。しかし、それを彼らに説明することなくただ頷く。
説明すると面倒臭そうだったからだ。彼らの性格的に。
『それがしもここをお守りして主君の帰りを待とう』
『私も主君のため、立派な棺桶をつくっておきます』
ジュウホはよかったのだが、ヒイラギが言ってることは少しズレている気がするし、なんなら失礼まであった。
『手前も主君がより威厳あるお姿でいられるよう、研鑽を積み、様々なお面を取り揃えておきまする』
『それはよい! それがしもお手伝いを致すぞ! 主君には今のようなみすぼらしい姿ではなく、我らの王足りうる姿であってほしいでござるからなあ!』
彼らはそんな会話を弾ませ、醜悪な顔でガガガガ! と笑う。
うむ、やはり全員狂ってるな。その光景に異常はなかった。
「じゃあな」
黒井はそう言い、鬼門へと向かう。それを三人は最後まで見送った。
鬼門はゲートと酷似しているため、入ることに恐れはなかったものの、どこに飛ばされるかわからない怖ろしさはある。
それでも黒井は臆することなく、そこへと足を踏み入れた。
視界は光によって埋め尽くされたが、黒井は目を瞑ることで眩しさを回避する。やがて、まぶたの向こうで光が収まったことを感じ、ゆっくりと目を開けた。
「よかった」
思わずそんな心の声が漏れた。そこは、見慣れたDランクダンジョンのゲート付近。黒井が雷に打たれて回廊へと飛ばされた場所だった。
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