第10話

 向かうべき方向が分かってから、鬼と出会す頻度は多くなった。しかも、どの鬼も尋常ではない魔力を内に流している。


「ランクBは余裕であるな……」


 カチカチとピントを合わせる魔眼ルーペがその現実を黒井へと突きつけてくる。それでも彼は、臆することなく鬼へと向かった。


「ガァアアアッッ!」


 そんな鬼たちの変化は、頻度や強さだけじゃなく、戦い方もそうだった。


 これまでと違い、強い鬼には月影刀の太刀筋を読まれ、避けられてしまう場面が多くなっていたからだ。それを避けた鬼は、まるで嘲笑うかのような音を顎で鳴らした。


「ガガガガ!」


 それには流石にイラッとする黒井。


「……戦う知能はあるのに、言葉は喋れないのかよ」


 そして、戦い方が変わったのは、なにも鬼だけに限った話ではない。


「ガアアア!」


 間合いを詰めて、ねじ込んできた鬼の拳を黒井は跳んで避けると、その勢いのまま鬼の額から突き出る角を手で掴む。


「それはもう――脳筋って言うんだぜ」


 彼は腕に力を込めると、角の骨ごとを、鬼の頭蓋から強引にむしり取ったのだ。


「ガガ……ガ……」


 頭のなかを無理やりシェイクされてしまえば、いくら鬼といえど生きてはいられず、衝撃で割れた顔面から血を噴き出しながらその場に倒れた鬼。


 太刀筋が読まれてしまうのなら、素手で戦えばいい。


 何とも単純で頭の悪そうな発想ではあったが、それを実現させてしまえるほどの筋力が黒井には備わり始めていた。


「ッッ……さすがに無茶だったか?」


 それでも、力による強引な戦いは人間である身体がついていけず、反動で肩が脱臼したり骨折することもしばしば。


――治癒術を発動しました。

――完治しました。

――鬼の侵食により筋力と持久と敏捷が上昇します。鬼の侵食率が増大しました。

――鬼化82%侵食しました。


 しかし、新しく治癒した部分は以前の身体よりも強化されており、反動によるダメージも少なくなっていた。


 そのせいか、今みたく刀よりも素手で鬼を攻撃することが多くなり、戦い方すらも鬼化しているような気がする。


 やがて、数々の鬼を倒し、磁気を頼りにたどり着いたのは、水面に浮かぶ橋のような回廊だった。その先には、四本の支柱によってつくられた正方形の舞台のような建築物が見える。


 視覚的にもダンジョン最奥だろうと推測できた。


「ここまで結構かかったが、鬼になる前には終われそうだな」


 もちろん、生きて帰れればの話。


 そうして黒井は、まるでいつも行くダンジョンみたく、回廊を渡りだした。


「……烏帽子えぼし?」


 見えていた建物に近づいていくと、舞台上には既に人がいた。


 敵かと思い警戒するが、黒井のほうには見向きもしない。


 その人数は五人。彼らは、それぞれ舞台の端っこに立ち、向かい合っていた。格好は平安時代の貴族を思わせる狩衣かりぎぬで、頭の上には黒長い烏帽子を乗せている。


 そんな風に集まっていると、蹴鞠けまりをしている教科書のイメージがあるのだが、ダンジョン最奥でそんな呑気なことをしているはずはなく、5人とも両手で印を結んでいる。


 陰陽師。


 その単語が頭に浮かぶ。しかし、アビス内で陰陽師の職業など聞いたことがなかった。もちろん、黒井が聞いたことがないだけで、存在してる可能性は十分にある。


 そんな舞台へさらに近づいていくと、五人が印を結ぶ空間付近から、なにかが伸びていることに気づいた。


「鉄の鎖……か?」


 五人から伸びる五本の鎖は、中央にある高さ2メートルほどの箱にぐるぐると巻き付いている。


 箱は人が入りそうなサイズ感をしていた。いわば棺桶。しかも、その棺桶は縦に立てられており、鎖が巻き付いている箱の表面には、大量の御札おふだが貼られていた。


 遠くから見ていたときは建物の一部かと思った黒井だったが、そうじゃなかったらしい。


「なにかを……封印しているのか?」


 巻き付いた鎖と大量の御札。その見た目から予測を言葉に出してみると、それは黒井のなかでしっくりくる。外に出してはいけない何かが封印されているとみて間違いなさそう。


 しかし、


「あまり……頑丈な封印じゃなさそうだな」


 五本の鎖は、錆びついて緩んでいた。箱に貼られている御札の文字も薄くなって墨しかわからない。


 黒井は立ち止まって少しだけ思案。


「……封印が解かれてしまって、俺がそいつと戦う……ってシナリオか?」


 今後のシナリオまでを予測してみる。


 もしそうだとするのなら、五人は味方ということになる。しかし、もし違った場合、五人は黒井に攻撃をしかけてくるかもしれない。


 彼は、慎重に舞台へと歩いていった。


「みろ! 神が使わした方がお越しになられたぞ!」

「おお! これはありがたい!」


 すると、烏帽子五人のうち二人が黒井に気づいて明るい声を上げた。


 な、なんだ。


 思わぬ声に驚いて固まる黒井。無理もなかった。今までアビスにおいて、そんな演出などなかったからだ。


「助かった! 封印をやり直すために来てくださったのか!」

「我らだけでは鬼の相手ができぬゆえ!」

「では、一度封印を解こうぞ! そなたには我らが封印をやり直す間、鬼の相手を頼む!」


 しかも、なんだか勝手に話を進めている……。黒井はまだ何の自己紹介もしてないのに、彼らは勝手に黒井を「神が使わした者」だと断定して勝手に喜んでいた。


 まあ、そんな説明口調の台詞を投げられ「何の話ですか?」などと首を傾げてしまうほど黒井は馬鹿じゃない。予測もしていたため、瞬時に彼らのロールプレイに溶け込める理解をしていた。


 その上で黒井が抱いた感想は、演出にしては安っぽくないか? というもの。


 しかし、そのお陰で彼らが敵ではないことを確認できた。


 おおむねの予想どおり、どうやら、箱の中に封印されている鬼を相手にすればいいらしい。


 さらに言えば、鬼を倒さなくても封印さえできれば良いという。


「……趣旨が変わりすぎてる気もするが」


 疑問というよりはツッコミ。ここまで何の説明もなかったくせに、まるで世界観が変わったかのような変貌ぶりに、黒井は困惑せずにいられなかった。


「……まぁ、いいか」


 それでも、やることが分かりやすいのは助かると切り替える黒井。疑問や違和感に引っかかって、いちいち立ち止まれるほど黒井は若くなかった。そこで反論できる意欲を持つ者はきっと若い。歳を取れば取るほど、川に逆らって泳ぐよりも、流れに身を任せてしまったほうが疲れないと知っている。それを賢いとは思っていないが、疲れない生き方ではあった。世間一般的にみれば、黒井は若者の部類ではあったのだが。


「いつでもいいですよ」


 現状を理解した彼は、呆れながらも月影刀を構えながら五人の烏帽子にそう言う。


「では!」


 それに烏帽子の一人が頷いて答えると、胸の間で結んでいた印を解いた。すると、錆びついていた鎖がガシャン、ガシャンと一本ずつ壊れ消滅しはじめる。どうやら、その鎖自体が術のようなとのだったらしい。


 やがて、全ての鎖がなくなると、箱の蓋がパカリと取れた。


「鬼……だよな……?」


 中から現れたのは、顔に能面のうめんを付けた――人? 鬼かどうか迷ったのは、体の大きさがこれまで戦った鬼ではなく人間に近かったから。しかも、格好が裸体ではなく、ちゃんとした着物を羽織っている。


「ルーペ」


 しかし、女の能面の上からは隠しきれぬない二本の角が見えており、念のため魔眼で確認しても明らかに禍々しい魔力が内に流れている。


「人の姿をしてても意味ないぞ。さっさと正体を表わしたほうがいい」


 そう促して見るのだが、能面は無反応。


 舞台の端に立つ烏帽子五人組は、すでになにかしらの呪文を唱え始めていた。


 それでも、能面は微動だにしない。


 このまま何もしなくても封印できてしまうのではないだろうか? なんて、考えはじめた頃だった。


「ガ……ガガガ……ガガ……」


 まるで、喉から絞り出すような苦悶が能面の奥から聞こえてきたのだ。それだけじゃなく、その肩は微かに震えているようにも見える。

 

「なんなんだ一体……」


 周りでは五人の烏帽子が気にすることなく呪文を唱え、その中央では封印するはずの鬼が、なぜか悲しそうに肩を震わせている異様な光景。


 何かがおかしいと思った。というか、展開がすこし謎で半ば置いてけぼりの状態。


 しかし、その疎外感はすぐになくなる。


 能面の身体がむくむくと膨れ上がり、着物を破って、黒井が見慣れた鬼の姿へと変貌したからだ。


「そうだよな。そうこないとな?」


 ルーペが、能面鬼の魔力回路を測ろうとカチカチと音をたてた。レンズ越しに視える魔力は、やはりこれまでの鬼とは比べ物にならないほど強大。


 正体を現せ、などと吐いた言葉を黒井は少しだけ後悔する。


 あのまま終わってればよかったかな、と。


 変貌した能面鬼の体は、これまでの鬼たちよりもはるかに大きかった。見上げるほどの巨体鬼へ向けられた月影刀の切っ先が、ひどく貧弱であるように感じてしまえる。


 おそらく、これが最後の敵だろうと推察。


 そう思えば、ようやくダンジョンクリアが現実味を帯びてきて力がわいた。

 

 黒井は素早く息を吸い、それからゆっくりと吐きだす。


「――反射」


 そう唱えた黒井の声には、強大な敵を前にした怖れなど微塵もありはしなかった。

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