第29話 もう1人の ③

 8月のはじめ、ジュノーン王国にて。


「しんどかったー。あの宿題の量はないだろ。高校生ってこんなのだっけ?」


「えー、大した事なかったじゃない」


「成績優秀のヒナタは余裕だな」


「だって上位キープが条件で探索者をやらせてもらっているし、私だって必死だよ」


「うちとは大違いだな。勉強の方は期待されてないからな」


「それでも青空くんは魅力いっぱいだよ」


 うはっ、赤面だよ、真顔で言われるのは超はずい。


 たまにこの子にはヤられてしまう。

 キラキラとした瞳で、ドキッとするセリフを投げてくる。


 本人はその気はないのだろうけど、こっちとしては惑わされるよ。


 そのたびに〝相手は15歳、相手は15歳〞と呪文のように繰り返し心の中で唱えている。


 邪念だらけの俺だけど、とにかく街に行き情報収集をすることにした。



 そして町に着くなり、慌ただしい雰囲気を感じる。

 兵士や探索者が殺気だっている。


 探索者ギルドで話を聞いてみた。


「実は今朝はやく、カルバス平原でオークキングとその軍団が目撃されました」


 ドンピシャのタイミングだ。


 ここでジュノーン王国は事態を重くみて、探索者ギルドに援助を要請している。


「ですが、召集をかけるのは中堅以上の探索者です。あなたにはまたの機会にお願いします」


 オーク単体でもE級のモンスターだから、駆け出し探索者の出番はない。


 次々と出発する人たちを見送りながら、俺らは次の事態に備えていく。


 そして地図など準備がととのい、俺たちはの地を目指して出発をした。



「ねえ、青空くん。本当にこっちのソードン大森林にきて良かったの?」


「ああ、カルバス平原には人が集まっているよ。それよりも後発のこっちの方が手薄だからな」


 この8月にジュノーン王国で、2つのスタンピードが同時におきている。


 ひとつはギルドで聞いた、カルバス平原でのオークキングを筆頭にした5千匹の軍団だ。


 そしてもうひとつは、カルバス平原に遅れて3日後に発生したソードン大森林でのゴブリンキングの大氾濫だ。


 ゴブリンに対しては後手にまわったせいか、軍が1万5千へと膨れ上がり、3つの町を滅ぼされた。


 悪夢のような出来事だった。


 だけど平原の方も無傷ってわけじゃなかった。

 騎士団は敗走し、集まった探索者も散り散り。


 近くにあった城塞都市も、あわや陥落の危機にさらされた。


 誰もが終わりだと諦めたとき、もう1人の青空呼人がそのピンチを救ったんだ。


 颯爽さっそうとあらわれ覇王剣術でオークをなぎ倒し、オークキングも自らの手で討ち取った。

 人々は歓喜し彼を称えた。


 しかし、彼は後日こういっている。


『俺がもう1人いたならば、ソードンの悲劇は回避できたのに。残念だ、自分の限界がうらめしい』と。


 だから、今回は俺がその役を担うつもりだ。


 といっても、1万5千匹を相手にするのは無理だ。

 馬鹿げているし、そこにヒナタを巻きこめない。


 それに聞いた話だと、最終的にはゴブリンジェネラルやゴブリンヒーローまで誕生していた。


 だから、ゴブリンキングが兵を集める前に、討ってしまおうと考えている。


 そのタイミングがちょうど今だ。


 ギルドへキング発生の報せが入っている頃で、まだまだ初期段階。


 むこうは兵がいないに等しい。


 ヒナタには噂をきいたと伝え、先回りをする形で現地にきている。


 実に単純で、それでいて彼の助けになる作戦だよ。


 そして情報とおりに、森の奥にあるゴブリンの集落を確認した。


「青空くん、影を伸ばして撮ってきたわ。言っていた通りね、ゴブリンキングはここにいるわ」


 未来で馴染みだった情報屋は、過去でも誠実で良かった。


 まっ、あれだけ彼の恥ずかしい秘密を思い出して話したんだ。


 俺の誠意が伝わったようで、実に正確な情報を渡してくれた。


 帰ったらちゃんとお礼しておくか。


「助かるよ。じゃあ、配信はじめようか?」


 ゴブリンキングの討伐は、絶対に目玉になるだろう。

 ここ最近、夏休みの宿題に追われ毎日配信とはいかなかった。


 その穴埋めになるはずだ。


 いい考えだとヒナタにも認められ、俺も今回は張り切っている。


 いつものオープニングとあいさつをする。

 事前告知の効果で、同接2万8千人からのスタートとなった。


 うれしくて拳をにぎるが、映らない配慮は忘れない。


「みなさん、今日は森で見つけたレアモンスターを狩ってみようかと思います」


〈こんにちは、オープニングから飛ばしてますね〉

〈レアって見るの初めてかも。ワクワク〉

〈こんにちは、今日も楽しそうw〉

〈すげぇ強運だね、うらやまし〉


「見つけたのはゴブリンキングです。楽しんでもらえたらうれしいです。では集落の確認をしていきましょう」


 映す映像にはたった26匹のゴブリンと、ひときわ大きなキングがいるだけ。

 しかもゴブリンキングになりたてか、能力があるのにキョドっている。


〈たったこれだけか〉

〈でもキングだし強いよ?〉

〈いま話題のやつね〉

〈無謀な挑戦のようでまた楽勝ですよね〉

〈瞬殺だな〉

〈鼻唄うたいそうw〉


 でも油断はできない。腐っても王者なのだ。

 放っておけばすぐに増え、万の軍勢で人を呑み込む。


 それを視聴者につたえ、すぐ狩ることにした。


「覇王剣・グランドクロス(弱)」


『ギャブブブーーッ』


 威力を弱めたのは武器の性能を試したかったから。

 それと討伐証明の魔石を潰したくなかったからだ。


 案の定、魔力伝導率のたかいミスリルだ。

 威力は格段に上がっている。


 ザコはミンチになりキングも虫の息。

 トドメをさして終わらせた。


「はい、これで討伐成功です」


〈はえーよ、早すぎだよw〉

〈技の威力が増してるような〉

〈ザコが潰れてらあ~〉

〈よーし、次は魔王だなw〉

〈え、もう終わり?〉

〈5分も経ってないですよ?〉


「はははっ、安全第一ですからね。では帰ります」


〈えっ?〉

〈えっ?〉

〈えっ?〉

〈えっ?〉

〈えっ?〉


「えっ、なんですか。みんな揃って」


 何十という同じコメントが並ぶ。モニターが壊れたのかと心配した。


 そして少し間をあけて、遠慮がちにポツリポツリとコメントが上がってきた、


〈まじめに終わりなんですね〉

〈ちょっと物足りない〉

〈すこし短くないですか?〉


 待て待て待て、待って、待ってよ。なんでそうなるの?

 最近の視聴者は、テンポと速さを好むって教えられてのに。


 それにキングの影響力はえげつない。


 ザコの能力を上げるだけじゃなく、上位種の発生もある。

 それを待つなんて危険だからできないぞ。


 何処を変えるべきだったんだ?


 軽くパニックになり、助けを求めてヒナタを見ると、俺の代わりに話し出してくれた。


「み、みなさん安心して下さい。こ、これだけで終わるはずがありません。ねっ、そうだよね、青空くん?」


 ヒナタもそっち側の人だった。


 ここで否定したらシラケるし、ヒナタの目がそれだけは絶対やめてと訴えかけてくる。


「そ、そうですよ~。こ、これで終わりな訳ないですよ~、あはは、あはは、あははは」


〈本当に?〉

〈じゃあ何をするの?〉

〈ひきつってない?〉


「ほ、本当ですよ。えっと、あ、そうだ。このまま森を抜けますし、途中で狩りをお見せしますです、はい」


〈ププッ、相変わらず良い反応じゃw〉

〈キョドってて草〉

〈何を狩るかが問題ですぞ?〉

〈またゴブリンは勘弁なw〉


「ここはソードン大森林ですよ。モンスターなんてワンサカいます。ど、どうかお楽しみに」


 なんとかつないで再出発できたので、ふたり胸をなでおろす。

 こういうのはバトル以上に緊張するよ。


 でもこの時おれは忘れていた。


 後になって笑ってしまうが、森林地帯には俺では手におえないアレがいるって事に。


 それを忘れるほど、みんなからのプレッシャーを感じていたようだ。


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