第25話 ドワーフの願い ⑤

「こんなにも沢山。す、素晴らしい!」


「やりましたな、若様!」

「これで笑ったヤツラを見返せますな」


 沢山のケガハエール草に感極まり、主従は手をとりあっている。

 あるじは家臣に感謝し、下もまた主の幸せが自分のすべてだと喜んでいる。

 涙と熱い包容で互いにこたえた。


 そしてその熱が下がらないまま、薬の調合に取りかかる。


「ここで聖水を加えるのだったな。それで練る時間は……」


 一部見えにくい古文書と悪戦苦闘。


 俺たちも手をかしたりして、大きな失敗もなく進んでいった。


 そして。


「できたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「おおおおおおおお、さすが若様だ」


「おめでとうございます」


「これもすべて青空殿のおかげです。この恩は必ずやお返しいたします」


「それよりも早く使ってみて下さいよ」


「はい、それでは……」


 この毛生え薬のよいところは、即効性と持続力だ。

 塗った瞬間から生えだして、以後の処置も必要ない。

 現代医学にはない夢のようなアイテムだ。


 しかし思うようにはいかなかった。


「な、なぜだ? なぜ生えてこない」


 即効性の割には遅すぎる。


 10分、30分と待ってもいまだ兆候が見られない。

 古文書によれば、もう効果がでてもおかしくないのにだ。


 エンリケは失敗だとつぶやき、視点が定まらない。


「若様、お気をたしかに。塗りかたが悪かったのかもしれません。た、試しに私のハゲ頭をお使いください」


 うつろなエンリケさんは、言われるがまま家臣のハゲにひと塗りした。

 すると、すぐうぶ毛がピコンと生えてきた。


「おおおお、長年忘れていたこの感触。や、やったーーーーーーー。やりましたぞ、若ーーーー。……あっ、す、すみません」


 エンリケさんは、こんな怖い顔もできるのだと感心するほどの鬼の形相。


 騎士さんは膝をつきながら、場違いな喜びをひた隠す。

 なんとも重い空気が漂っている。


 だけど謎が深まった。ヒゲが生えない理由がわからない。


 色やにおいの変化はないし、みんな頭を抱えている。


「あれ、青空くん。ここのかすれた文字ってさ、頭皮専用て読めないかな?」


「「「「な、なんだって!!!」」」」


「ほ、ほら、ここよ?」


 薄れにじんだ文字だけど、言われればそう見えてくる。

 しかも、他には絶対に効きませんと続いているようだ。


 他の3人もショックを受け、その事実を飲み込むのに必死だ。


 特にいちばん悔しいのはエンリケさんのはずだ。


 かすれた文字が本当なら、ヒゲがはえる可能性はない。

 ぷるぷる震え、毛生え薬をじっと見ている。


「こ、こんな物ために、私は15年の年月を捧げてきたのか」


 聞き取れない程の小さな声だった。


「私はずっと夢を見てすがっていたのに、今日ですべてが終わったわあああああああああああああああああ!」


 魂の絶叫をし、握っていた瓶を振り上げる。

 叩き割るつもりだろう。


 ハゲた騎士たちは毛生え薬を見つづけ、声にならない悲鳴をあげている。


〈ぎゃー、やめろー!〉

〈捨てるなら俺にくれ、たのむ〉

〈エンリケ様ー、はやまるな〉


 世界中の特定の人達も絶叫している。

 こちらも実際には音はない。まさに静かな抵抗だ。


 だけど、瓶が割れる音はしなかった。


 思いとどまったエンリケさん。生気もなくヨタヨタと2人の騎士に近寄っていく。

 そしておもむろに薬を2人の頭に振りかけた。


「な、な、なにを!」


 ──ぴこん──


「こんな物は捨てるにも値しない。残りもすべて作ってやるから、お前たちの好きにするがいい」


「す、すべてとなると国中のハゲに行き渡る量に!」


 ──ぴこん、ぴこん、ぴこん──


「どうした、ふさふさの髪の毛が要らんのか、ならば他にやるぞ?」


「いえいえ、滅相もない。……ただ、若様の御心に感服いたしておるのです」


〈エンリケ、かっけー〉

〈ハゲの気持ちがわかるとは、最高の名君じゃあ〉

〈男だよ。そして俺にも分けてくれ〉

〈ドワーフ族にならないとな。うし、ちょくら行ってくらあ〉


 この間にも一斉に新毛しんめが芽吹き、2人とも人相まで変わってきている。


 効果は抜群。それを見てエンリケさんはすこし満足げだ。


「いいや、彼だ。私は青空殿を見習っただけだ」


「お、俺ですか?」


「ええ、貴方の柔軟な発想力に優しさ。ああも見せられては真似せずにはいられません」


「はは、参ったな」


 ヒナタに助けを求めるが、うれしそうに見つめてくる。


「その通りだよ。エンリケさんだけじゃなく、私やファンの人達も君に勇気をもらっているよ。だから、自信をもって」


 いよいよもって恥ずかしい。


 だけど、今のこの光景をみて、未来は正しかったと確信できた。


 家臣は心から平伏し、次世代の主を敬っている。

 それもこれも、人類の足かせとなるハゲの治療薬を惜しげもなく分け与えた。


 権力を牛耳ろうとする支配者では、絶対にしない行動だ。


 だけど、エンリケさんは当たり前だとやってのける。


 人類(ハゲ)にとって、こんな明るい未来はないだろう。


「さあ、話はここまで。ケガハエール草は旬が短いです。徹夜を覚悟してくださいよ」


 それから総出で作業に取り掛かる。


 ほかの材料は、失敗したときを考えて大量に用意されていた。

 心配したけど何とかなりそうだ。


 みんなテンションは高く、特にドワーフ(ハゲ)にとっては明るい未来。

 良いテンポで作業ははかどっている。


 そして日が昇る頃に、全ての作業が終了した。


 ここで配信も一旦終わりにし、また明日からクエストをやると繋げておく。


〈またーw〉

〈お疲れさまでした〉

〈明日も楽しみですw〉


 そしてこちらも区切りなった。


「みなさん、お疲れ様です」


「わたし楽しかったわー」


「ああ、俺もこんな経験できてよかったよ」


「ははは、そう言って頂けると助かります。それでは帰りましょう。城での報酬は奮発しますからね」


「はい、ありがとうございます」


 それと、毛生え薬だけど、俺も将来不安だし一本わけてもらおうかな。

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