第17話 夜の特訓 ④

「そ、そんな急にいわれても困っちゃうよ。何も準備してきていないし。……あわわ、汚ないってことじゃないよ!」


「んんん?」


 訓練に誘っただけなのに慌てふためいている。

 顔も真っ赤になっているし、もじもじとして下をむいている。


「いやって訳じゃないんだよ。でも知り合ったばかりだしさ……大人の関係はちょっと早いかなぁって」


 お、大人の関係?

 もじもじ、真っ赤な顔、準備?


 ヒナタは何を……。


 あああああああ、気づいてしまった。これはアレで間違いない。


 ヒナタは俺がエッチな事に誘っていると思っているんだ。

 ナゼそんな誤解をしているんだ。一切そんな事は言っていないのに。


 …………あっ、言っているかも。


 誤解されるようなワードを言っていた気がしてきた。二人っきりとか、熱い夜とか。


 こ、これはヤバい。


 それと忘れていたが、陸クジラのときのキス事件。

 あれがもし意図的なら、俺がそれにのっかったと思われているかも。


 ヤバい、100%思春期男子の行動じゃん。


「ち、違うんだ。そうじゃなくてだな。俺が誘ったのは……」


 ヒナタは身じろぎせずに、上目遣いで見つめてくる。


 頬をそめプルンとした唇が生々しい。

 そしてかすかに動くと良い香りが。


 高まる心臓の音が、ヒナタにも届きそうな位に鳴っている。


「お、俺が誘ったのは魔法の訓練だよ。変な誤解をさせてゴメン」


「ううん、いいの。わたしも青空くんの事を。……えっ、ちょっと待って。魔法の訓練ですってえええええ!」


「ゴメン、本当に悪かった」


 誠心誠意の平謝り。


 自分がここまで話すのがヘタとは思わなかった。


 ヒナタのためと熱意を伝えたかったが、まさかエロに変換してしまうとは。

 俺は15才の少女に何をやっているんだよ。


「とにかくスマナイ。言葉足らずだったな」


「いいえーーー、誤解なんかしてません。知っていましたし、からかっただけですー!」


「し、知っていた?」


 ツンと鼻をしゃくりあげ、どうだと言わんばかりに見下ろしてくる。


 やられたよ。


 あれが演技だとしたら、ヒナタはとんでもない大女優だ。騙されるのも納得だ。


「そうだったのかあ~、ヒナタには敵わないな」


「ふ、ふん」


 怒っているのでなく、からかっただけか。


 でも、あの潤んだ瞳に柔らかな仕草。思い出してみても生々しい。

 クラッときて、思わず道を踏み外しそうになっていた。


 いかん、いかん。15才の少女におっさんが手を出せないぞ。


 まだまだ俺も未熟だよ。


 ……でも、本当に演技だったのかな?


 過剰な反応だったし、今も何か赤ら顔だ。


 それを確かめたいけど嫌われるのもイヤだしなあ、やめておくか。


 あれ、俺ってヒナタに嫌われる事を恐れている?


 うん、恐れている。


 でもそれは一緒に配信をするパートナーだからだろ。

 仲が良いのに越したことはない。ギスギスした仲では視聴者に伝わってしまう。


 そうさ、それだけの事さ。


「ねえ、これからどうするの?」


 大きく見開いた瞳で見つめてくる。

 まばたきをしない真っ直ぐな視線に少したじろいだ。


 こういう時は経験上、何事もなかったかのように進めるのが一番。


 やさしいヒナタもそこはツッコまず、さっそく訓練をはじめてくれた。


 影魔法は影が濃いほど扱いやすい。闇夜になれば尚更だ。


 そしてその時間帯の訓練は効果的。

 不器用なヒナタでも、コツを掴むにはもってこいだ。


 と、これも動画の受け売りだけどね。


「それっ」

 ──スカッ──


「えいっ」

 ──スカッ──


「うりゃーー!」

 ──スカッ──


 それでも不器用なのか当たらない。最初に当たったのはマグレだな。


「ヒナタ、強くなった影の魔力を感じとるんだ。まずはそこからやってみて」


「う、うん。えっとー、こうやってー。うわっ、おろろろろ?」


 何度やっても結果は同じ。影の伸ばし具合に手こずっている。

 何とか助けてあげたいが、参考になる動画は未来のものだし。


 こうなると座学だけの俺には打つ手なしだ。励ますくらいしかできないよ。


「ふええええ、当たらな~い」


「焦らなくていいよ。みんな何ヵ月もかかるらしいよ?」


「それでも当たらなすぎだよ」


 根を詰めるのも良くないし、気分転換のため上級スキルを試したらと誘ってみる。


 動画でも上級にトライすることで、キッカケが掴めることもあると言っていた。


 遊びだしヒナタが選んだのは影潜り。


 成功する見込みのない最上級の技のひとつだ。

 これは影の本質を掴んだ者のみが扱える技らしい。


 二次元の影の中に潜り込み、影から影へわたる技。


 そのあいだ一切の攻撃を受け付けない。


 逆に攻撃もできないが、それでも最強の部類の技である。


「と難しいけど頑張ろうな。って、あれれれ、何処にいった?」


 そこで話を聞いていたはずなのに、急に姿が見えなくなった。


 何処を探しても見つからない。


「ヒナターーーー、どこだーーーーー!」


 返事が返ってこず、風の音だけがかすかにする。


 不穏な空気が流れ、緊張がはしる。まさか誰かに拐われた?


 だとしたら闇夜が裏目になる。


「ぷっはーーーー、おもしろーーい!」


 地面からニョキっと、ヒナタの顔だけ生えてきた。

 生首と目があう、笑ってくる。


「青空くん、この技すごく便利だよ」


「しゃべっている。もしかして最上級を成功させたのか?」


「あー、そうみたいだね」


「よ、良かったあ。拐われたのかと心配したよ」


「何よそれーー」


 基本となる影操作にあれほど手こずったのに。

 最上級はサラッとできる非常識さ。ヒナタならではの離れ業だよ。


 一度っきりの成功でもなく、影から出たり入ったりを繰り返す。

 まるでイルカのように影の中をを泳いでいるよ。


「気持ちいいーーー」


 トコトン調子にのっている。


 でも影操作については一切の進歩は見られなかった。

 これもまたヒナタらしいよ。



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