第14話 夜の特訓 ①

 あわただしい休みだった。


 大物を狩って契約の大切さを配信し、異世界で最高峰のマジックバッグを手に入れた。


 そのバッグは目立たないので、普段から気軽に使える。


 それと荷物を持ったままなので、学校帰りでもすぐに異世界へと行けて、めちゃくちゃ便利になるよ。


 うれし過ぎてニヤケてしまうが、自慢できないのがツラい。


 なにせ国宝級のアイテムだ。トラブルになりかねない。


 そんな事もあり3日ぶりの学校なのだけど、出来るだけ静かに教室に入った。

 

「いたい、痛いってば。お願いだから坊や放してよ」


「ダメだ、入るって言うまではなさないぞ」


「えええぇ、勘弁してよ~」


 ある一画がやけに騒がしくなっている。


 騒ぎの元を見ると、何故かランドセルを背負っている子がいた。


 高校に小学生というのも変だが、見た目が特徴的な子。


 顔や声は小学生らしく可愛いのだけど、体はガッシリとしていて、まるで蟹のような体格だ。


 幼さと野蛮が混同するアンバランスな感じの子だな。


 そんな少年が高校生の耳を引っ張っていて、何かをねだっている様子だ。


 彼の弟だろうか。


 じゃれているのを邪魔しては悪いので、俺は静かに席へとむかった。


 するとそれに気づいた小学生は、駆けてきて行く手をふさいできた。


「おい、おまえは青空だろ。おまえも子分にしてやるから、俺のクランに入れ!」


「クランって、探索者パーティとかで作るあのクランの事かい?」


「他になにがあるんだよ」


「と言うことはきみも能力者なのかい?」


「おう、クラン・レッドゼブラでサブマスターをしている力丸りきまるって言うんだ。どうだ、すごいだろ」


 胸元のクランバッヂを見せびらかしてくる。

 政府公認の印があるし本物のようだ。


 場違いな小学生ってだけでも驚いていたのに、この子が能力者とは考えてもみなかった。


 しかもクランとなると助け合いや協力するのが目的だ。

 所属する人数もそれなりに多く、子供の遊びでは作れない。


 すごく違和感を感じてしまう。


 なにせこの子は若すぎる。


 危険な探索者になるのだから、ある程度年齢はいってからの方がいい。


 でも無鉄砲な子供が、後先を考えずに異世界に行ってしまう事がある。

 そしてスキルを得てしまうと、それが余計な自信になってしまう。


 この子もそのクチだろう。


「それでだ、青空。最初の命令はおまえのチャンネルで、俺らのレッド・ゼブラを宣伝しろ」


「はあ?」


 お願いじゃなく命令ときた。


 小学生男子ならではの利己的な考え方だ。

 世界の中心は自分だと錯覚し、当たり前のように良い放つ。


 俺のときもそういう子がいたよな。


 それとレッド・ゼブラだっけ、何処かで聞いた気もするが。

 レッド・ゼブラ……赤い、しまうま……プッ。紅白のめでたい絵柄が目に浮かぶ。


 意味を知らず、言葉の響きだけで決めた感じだ。

 いかにも小学生らしいネーミングだよ。


 他のクラスメイトたちも気づいたみたいだが、目を伏せ笑いをこらえている。


 この子に悟らせまいとしているよ。


 俺も笑ってしまいそうになり、顔をそむける。

 だが見た方向でも我慢している人がいてヤバい。


「どうだ、いい考えだろ。何十万人もクランに入れば、一気に最大勢力になれるんだ。そこから会費を集めれば、ちょーお金持ちだぜ。ひゃー、俺って頭いいーーー!」


 聞き捨てならない事を言い出した。

 周囲のさっきのゆるんだ雰囲気がガラリと変わった。

 だけどこの力丸って子はお構い無し。得意気になって話し続ける。


「そうなると連鎖反応がおこるんだ。おまえ、それが何か分かるか?」


 彼の思考についていけない。俺が想像したよりも上をいきそうで怖い。


「いひひ、ハーレムだよ、ハーレム。その全員をハーレムに入れるじゃん。そうなるとなぁ、楽しいけど忙しくなるのが悩みのタネなんだよな、いひひひひひっ!」


「た、ただのエロガキじゃないか!」


 クラスメイトを見ると、無言で首をふってくる。


 そのアイコンタクトでわかった。


 俺が来るまでにも、同じようなやり取りがあったみたいだな。


 言っている事はむちゃくちゃだけど、相手は小学生。

 理屈が通じなくても、追い返すにも力ずくとはいかない。

 みんなもこの子供怪獣の扱いに、困り果てていたようだ。


「いひひひひひひひっ」


 まだ笑っている。


「いひひひっ……なんだよ、その目は。俺だってバカじゃねえぞ。すぐそうなるなんて思っちゃいない。だからその間は仕方ねえ。ここのJKで間に合わせておくぜ、ニヒッ」


「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」


 女子生徒に手を出した。


 体を触るのでもアウトなのに、事もあろうに太ももに手をわせ、そのままスカートをめくろうとした。


 女の子はこわばり逃げれない。俺はとっさに力丸の手をおさえる。


「コラ、やり過ぎだぞ。女の子のトラウマになったらどうするんだ?」


 これ以上の被害を出さないため、みんなとの間に立つ。

 それでも後ろから怯えているのが伝わってくる。


「こ、こ、こ、子分のクセにたてつくのか?」


「勝手に加入させるな。もしそうだとしてもエロが許されるはずがないだろ!」


「な、な、なんだって。それじゃあ動画配信はどう……」


「するはずがない。お願いされるならまだしも、命令って。君とは友達でさえないんだよ?」


「だって、俺はチャンネルなんか……」


「それ以前に能力者の犯罪は厳重に処罰されるんだぞ。政府の対探索者機関は知っているだろ」


「あ、え、それはさ……」


「エロは立派な犯罪だ!」


「ガーーーン!」


 力丸は膝から崩れ落ちた。


 いま初めて気づいたかのような、見事な落ちっぷりである。


 少しキツかったかもしれないが、この子のためだ。

 暴力や蛮行、これ以上は笑って許される範囲を超えてしまう。


 前の人生でも力に溺れる者はいた。


 ある日から片手で車を持ち上げたり、呪文ひとつで山をも焼けるようになる。


 そんな超人的な自分に、価値観がマヒしてしまうんだ。


 だから取り締まる法は交流当初から厳しかった。


 それは徹底していて、どんな理由であろうと暴れた能力者に未来はない。


 地球と異世界の両方から、容赦のない厳罰がくだされるのだ。


 でも、この子は一歩手前で踏みとどまれる。

 そして、その瞬間に俺たちは立ち会えているんだ。


 今も後悔の念でうち震え、潤んだ瞳で見つめてきた。


 ……あ、あれ、ちょっと睨んでいないか?


「あーおーぞーらーー。よくも俺の話を遮ったなあ。そういうのはダメだって習わなかったのかよぅ?」


「そ、そこ? 反省して、ここから立派な大人になるんだよね?」


「くそー、くそー許せない。しつけのなっていない犬には、トコトン調教あるのみだ! 嫌がってもやめないからな」


 ダメだこれ。


 こちらの話を一切聞かないタイプで、国なんかも恐れていない。


 欲望のまま動き続ける能力者など、モンスターと変わらないぞ。


 かといって討伐なんてした日には、こちらも罰せられるからタチの悪い存在だよ。


 とそのタイミングで教室のドアがひらき、ヒナタが元気に入ってきた。


「みんなーおはよう、んん?」


 明るいあいさつだったけど、力丸を見た途端に尻すぼみ。


 ただならぬ雰囲気を感じたようで、〝ナニコレ〞と表情だけで聞いてくる。


 エロ小学生に可愛いヒナタだなんて、悪い予感しかしない。

 隠れろと身ぶりで伝えようとしたが遅かった。


 力丸の目がガンギマリだ。


 ヨタヨタと吸い寄せられるようヒナタに近づいている。


「イヒッ、めっちゃ好みのJKじゃん。いひひひっ、決ーめた。おまえ、俺のハーレム要員第一号に決定な。グヒッ」


「キモッ!」


 イッちゃてる視線に、うねうねした指の動き。何をしようかまる分かりだ。


 身の危険を感じたヒナタだが、あまりの迫力で足がすくんでいる。


 陸クジラ相手でも動じなかったヒナタをここまで追い詰めるとは、この力丸は侮れない。


 被害が及ぶまえに盾になる。


「青空ぁぁぁあ、邪魔するなあああ!」


 と割って入ったはいいがどうしたものかな。


 こんな小さな子を力ずくなんかはダメだし、ゴブリンみたいに気絶ってのも倫理的にアウトだ。


 そう考えている間も力丸は、容赦なく殴りかかってくる。


「こら卑怯者、よけるなあああああああ!」


 かるく避けれるが、風をきる拳圧に少々おどろかされた。

 身体強化系のスキルかもしれない。


 これは余計に厄介だな。


 下手にうけて耐えたりしたら、余計にムキになりそうだ。


 こうなったら疲れるまで待つしかないな。


「はあっ、はあっ、はあっ。当たりさえすれば」


「ねえ、やめにしない?」


「するかーー! 俺の必殺技でぶっ殺してやるーーー!」


 くやしがる力丸が体をおとして構えた。


 洗練されていないが、スキルを使う予備動作のようだ。


「これはマズイな……どうしよう」


 スキルを発動させたら、マジでこの子は罰せられる。


 今は頭に血がのぼっているだけと信じ止めるしかないか。


 見放すのは後味が悪いしな。


 そう決意をし止めに入ろうとした時、教室のドアがひらき見知らぬ女性が入ってきた。


「あーーーー、ここにいたのね。力丸くん、人に迷惑かけちゃダメでしょ!」


「さ、さくらい先生?」


 力丸はうわずった声になり、後ろから聞こえる声に首をすくめている。


 顔もこわばっているし、かなり苦手している相手のようだ。


「いつも、いつも君って子はーーー!」


「やっべー、逃げろーーーー!」


 自分一人しかいないのに、号令をかけてスタコラサッサ。

 小学生らしい逃げっぷりなのに、捕まるまいと窓から逃げる。


 それを先生も慣れた様子で追いかけていった。


 嵐が通りすぎていったかのようだ。少しの間、教室は静まり返っていた。


 そしてチャイムを合図に、みんな我に返りざわざわと話しだす。


 ヒナタはそろりと寄ってきた。


「また助けてもらったね、ありがとね」


「無事で良かったよ。色んな人がいるけどアレは別格だな」


「うん、それと二度と会いたくないわ」


 苦笑いで返しあう中、俺はある問題に気づいてしまった。

 そのまま放置はできないし、ヒナタに相談してみるか。


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