第11話 探索者の心得 大事だよ ①

「言っている意味が分かんないのですが?」


「頭わりーヤツだな。分け前を増やせって事だよ!」


 これにはため息でかえしてしまう。

 このタイミングとは恐れ入った。


 だけど慣れていないヒナタはあたふたするばかり。


 運び屋の要求に驚いて、どうしたら良いのかと聞いてくる。


「これって異世界あるあるなの?」


「いいや、それだと契約の意味がないよ。話をつけるから安心して」


「う、うん」


 値切りや交渉が当たり前の異世界だ。

 だけどさすがにこれはありえない。


 なのに運び屋は、素知らぬ顔で話を続けていく。


 新参者の地球人だから、知識がないとナメているのだろう。


「でも多くをよこせとは言わん。う~ん、そうだなぁ、ここは仲良く三等分ってのはどうだ? 公平ってのが一番だろ、グヒヒヒヒヒッ」


「さ、三等分って! 青空くん、こんなの聞かなくていいよ」


 興奮したヒナタをなだめるのに一苦労。

 いや、全然おさまっていないか。


 フーフーと息の荒いヒナタを横にして、運び屋とむきあった。


「運び屋さん、契約では慣例の10%にしてありましたよね?」


「おいおい、考えてもみろよ。目減りするとはいえ20億だぞ。一生遊んで暮らせる金額だ。お前はツイているぜ」


 また肩を組んできた。


「でも逆に提案を蹴るなら、俺は絶対に運ばない。つまり陸クジラはここで腐って、20億は泡と消えていくんだよ。あーーー、そりゃないよなあーーー?」


「呆れたー、この人サイテーね」


「何か言ったか、お嬢ちゃん?」


 ヒナタは睨んでくる運び屋に、譲らないわよと怒っている。


 だけど、運び屋は優位を確信し引き下がる気配がない。


「10%ではダメですか?」


「それだと借金がチャラになるだけだ。俺にも夢を見させてくれよ。なっ、地球人の親友さん」


 グヒヒと笑い声が耳元にくる。うるさすぎて払いのけた。


 こうならないために特別報酬をつけたのだ。


 だがそれが裏目になってしまい、彼に欲を出させてしまった。


 陸クジラのタイムリミットは一時間。


 それ以内に解体をし始めなければ、素材としてダメになる。


 町との距離を考えると、今から他の運び屋は間に合わない。


 それが分かっているから、この運び屋は強気を崩さないんだ。


 残念だけどこうなったら選択の余地はない。決断をくださないといけないか。


「ふぅ、分かりましたよ、運び屋さん」


「えっ、まさか青空くん?」


 運び屋は勝ち誇って顔をゆがめている。

 薄ら笑いを抑えもせずに、新しい契約書を差し出してきた。


 横にいるヒナタはくやしそうに、口をギュッと結んでいる。


「端数はまけて33.3%にしてやるよ、グヒッ」


「いや、違うよ。俺はこの陸クジラを諦めると言ったんだよ?」


「な、な、なにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 運び屋が変な事を言い出すので驚いたが、いつまでもこの人に構っていられない。


「ヒナタ、戻って人の雇いなおしだ。忙しくなるが勘弁な」


「えっ、青空くん、本当に本気で言っている?」


「ああ、これが最後の一匹じゃないし、また狩ればいいだけさ」


「もー青空くんってサイコーだよーーー!」


 時間もないし、さっきの戦闘じゃないけどヒナタを背負って走っていくか。


 あと手数料の10万Gもないからなあ。

 帰りの道で狩りをして稼ぐしかない。


 やる事が増えて大変だが、なんとか休み中には終わるはずだ。


「待て待てまてーーー、マジで20億を捨てる気か?」


 運び屋がいく手をふさいで仁王立ちをしてくる。

 血走った目が飛び出しそうだ。


「何を言っているんだ。運ぶ気がないのだろ?」


「い、いや、そうじゃない。3割さえもらえたら……」


「いいや、あなたに払うくらいなら、ゴミとして捨てる方がマシだよ」


「な、な、なんだと。そ、それじゃあ俺が。いや、マズイ……」


 運び屋はアテが外れたことで錯乱している。


 陸クジラに手を伸ばしたり引っ込めたりと、気持ちの整理がついていないようだ。


 あとで面倒になるのは嫌なので、いちおう釘を刺しておくか。


「ところであんた、あの町で暮らすのも難しくなるのにえらくノンキだな」


「な、なんの事だ?」


「んん、皮革ギルドが出したクエストを潰したんだぞ。恨まれるに決まっているだろ」


「へっ?」


「皮革ギルドだけじゃない。探索者ギルドに商工会、関連するのは無数だ。マジックバッグの需要はひっ迫しているのに、思いきったよな」


「え、え、え、え、えええ?」


「あっ、借金があるから、あの町から逃げることも出来ないか。それと言っておくが、俺は助けたりしないからな」


「ええええええええええええええええ!」


 あの老ノームの職人さんが、飛びつくほど求めている素材だ。


 しかも50年もたつ成体は、ただ大きいというだけじゃない。

 よわいを重ねるほど魔力は濃くなり、マジックバッグの性能が上がる。


 容量や時間経過の遅滞や停止の他に、付与される機能は段違いになる。


 それがダメになったと知ったなら、どんな反応をするやら。


 運び屋の末路は厳しいものになるだろうが、俺には関係ないことだ。


 それよりも急がないとな。


 ヒナタに背中へとお願いすると、勢いよく飛びついてきた。


「おっふ、ヒナタ加減をしろよ」


「えへへへ、さあ出発しよ」


「よーし、しっかりと……んんんん?」


 走りだそうとしたのだけど、足にからみつくものがある。

 見ると、運び屋がしがみついていた。


「ま、待て、待ってくれ。俺が悪かった、見捨てるなんて言うなよ」


 足をふっても離れない。見た目よりも力がある。


「おい、急いでいるんだから邪魔するな」


「た、頼む。このままじゃあヤバいんだ。下手したら食料だって手に入れなくなる。ゴミ漁りなんてまっぴらだ」


 あの町のコミュニティーの強さを思いだしたようだ。

 尋常でない汗をかいている。


 この異世界は封建的な社会だ。

 金の力は大きいけれど、法は強者に味方している。


 良い悪いは別にして、ギルドなどの集団の権力は絶大。

 彼らの権力やプライドをそこねてはいけない。


 この運び屋が心配する末路になるだろう。


「頼む。やつら死ぬよりひどい事をしやがるんだ。俺には絶対に耐えられねえ」


「だから、それは……」


「お願いします、お願いします。助けて下さい、お願いします!」


 何を言おうにも、運び屋は懇願してくるばかり。


 鼻水をたらしている姿は、さっきまでより一回り小さくなっている。

 完全に怯えているのだな。……ふぅ。


「0.1%だ」


「えっ?」


「特別報酬の割合だよ。それでいいなら手をうつ」


「あ、う、うーーーー、わかった。いや、分かりました。あ、ありがとう……ございます」


 一瞬ことばにつまったが、俺の目をみてひるんでいた。


 俺への二度目はないと悟ったのだろう。かしこい選択をしたものだ。


 あとは素直なもので、こちらの言うがまま丁寧に収納をはじめた。


〈運び屋のヘタレ加減に草はえるわ〉

〈あの顔w〉

〈ざまぁ最高!!!!〉

〈スッキリしたーーー!〉

〈いやいや、村八分になるところ見たかったよ〉

〈0.1%でも200万?!やりすぎなのでは?〉

〈怖っ、俺だったらやられていたよ。あんな駆け引きムリムリ〉


 忘れていたが配信途中だった。

 コメントがこれでもかと流れていて、どれも良い内容だ。


 そしてヒナタも、コメント以上に晴々はればれとしている。

 このふたつの反応で余計に嬉しく感じるよ。


「みなさん、コメントありがとう。後で今回のおさらいと重要事項を伝えますので、最後まで見てください」


〈はーい〉

〈復習と復讐、どちらも大事でしょう(うまい)〉

〈同接20万超えてるよ、おめでとう。まだまだ伸びそうね〉


「えっ、マジ? そんなにいってるの?」


「うん、すごいよ。運び屋がゴネた所から徐々にきてね。泣きの所で一気に伸びたよ」


 みなさんの嗅覚は恐るべし。


 でも今回のことを多くの人に知ってもらえて良かったな。


 あとは町での仕上げのみだ。

 それを考えると自然と足取りが軽くなった。

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