第10話 超巨大モンスター ④

「ヒナタ、なぜ降りてきたんだ?」


「だって間近のほうが臨場感を伝えられるでしょ?」


 明るく屈託くったくのない返事だ。


 臨場感を求めるなら、その試みは十分成功している。

 視聴者は面食らい、コメントがほぼ悲鳴しかない。


 反響は数字の上にも表れていて、同接が10万人をこえている。


 これを見てテンションが上がり、無謀な突撃に出たのだろう。


「でも心配しないで。別の所にもカメラは設置してあるから、編集はちゃんとできるよ」


 このズレたセリフを褒めてとばかりに言ってくる。

 俺は絶叫してしまいそうなのに。


「ブロロロロロロロロロ!」


「あっ、クジラが何かしそうだわ」


「ヤバッ」


 動けない陸クジラが魔法の準備をしている。

 待ったナシの展開で、隠れる所など何処にもない。


 唯一の救いは陸クジラが巨体すぎて、首すら動かせないことだ。


「ヒナタ来い!」


「きゃっ!」


「ブロロ、ファイヤーウォール」


 腕をひっぱり背中にのせてジャンプする。

 放たれた魔法を間一髪かわせれた。

 急なことでヒナタが萎縮しなかいか心配だが、これしか思い浮かばなかった。


「青空くんってサイコー。これってバーチャル目線で撮れているよ」


 取り越し苦労だった。ヒナタにはピンチなんか関係ない。

 日頃では味わえない光景に喜び、回した腕に力をいれてくる。


 これで落ちる心配はないが、新たに別の問題が発生した。


 それは俺の首にぴったりとカメラをわせて、興奮しながら撮っているんだよ。


「す、すごいわ。青空くんはこんな風に見てるのね、はあっ、はあっ、はあっ」


 吐く息が耳にかかってくすぐったい。

 それと密着具合が……うん、困ってしまう。


 だけどクジラからの連射が早く、身をよじるのも出来ない。


 それにこれも全て配信されている。


 もしここで反応したら、何を言われるか分からない。

 辛抱するしかないけど、ゾワリ、ゾワリと拷問だ。


「はぁっ、はぁっ、みなさん見えますか。これが超巨大モンスターとの戦いです」


〈うお、怖っ!〉

〈なんという迫力、マジで本物?〉

〈クジラがデカすぎて草だわ〉


 視聴者もハラハラして、コメントが一気に流れた。


「ヒナタ、また飛ぶぞ!」


「うん、青空くんサイコーだよー! チュッ」


 えっ!


 キスされた?


 いや、偶然に当たっただけ?


 それとも気のせい?


 なななな、何が起こったのやら。でもヒナタは普通だし、もーーー訳がわからない。


 この忙しい状況でやめてくれーーー!


 待て待て、俺。もし仮にキスだとしても、カメラを持つ手とは反対側。


 誰にも見られていないはずだ。


 そんな色んな考えが、頭の中でごちゃごちゃと駆けめぐる。

 でもこのままではマズイ。動揺しすぎて大きな失敗をする前に決めないとヤバいぞ。


「ヒナタ、決めるからしっかりと掴まっていて!」


「はい!」


 いつまでも避けてばかりはいられない。


 長引けば素材に傷がつくし、俺の身がもたない。


 俺は正面に立ちタイミングを読む。

 そして陸クジラが溜めた瞬間、間合いをつめた。


「覇王剣・千喰せんぐばり


 陸クジラの上唇に狙いを定め、覇王の闘気をまとった剣で突き刺す。


 当たった瞬間に剣は伸びていき、陸クジラを串刺しにする。

 熱と魔力をもった闘気の剣は、尾ひれを出ても尚も伸びつづけた。


 ──グリバリボリバリーーー!──


 響く轟音にまばゆい光。

 これでも威力は抑えているが、どうも派手になってしまう。


「ブロッ!」


 脳髄から背骨をとおり、全神経を破壊していく。

 いわゆる活け締めの形だ。


 短い断末魔とかすかな痙攣けいれん

 そして体から力が抜け、陸クジラは完全に沈黙をした。


〈な、何が起こったんたわ?〉

〈画面が焼けたー〉

〈えっ、クジラ死んでる?〉

〈一撃かよ、レベチで笑えるわ〉


 近すぎたせいで、みんな状況が把握できていない。解説が必要のようだ。


「えっと……といった感じで仕留めます。これなら傷はつかないですし、鮮度も保たれて買い取りにも支障はでません」


〈説明になってねえーーーー〉

〈といった感じ、それが分からないですよ?〉

〈本当に初心者?すぐに魔王を倒しそう〉

〈参考って言ったのに嘘つきだ、笑笑〉

〈なぜか画面焼けたまま、音声で状況教えてーー〉


 一斉に返ってくるコメントに焦る。

 上手く伝わらなかったようだ。


「え、え、神経の活け締めですよ。ほら、釣り動画でよくあるアレですよ」


〈あー、アレね。ってなるかー!〉

〈規格外で草草〉

〈そんな巨大な道具どこですか?〉

〈真顔で言っているのが笑えるね。ヒナタちゃんといい勝負〉


 これでもダメだった。トコトン俺にはトーク力がない。

 コメント欄は絶望的に収拾がつかないけど、笑われているだけで非難されている風ではない。


 ひとつひとつに謝りながら、できる限りの説明をした。


〈やはり参考になりません(笑)〉

〈青空くんは、どこまでも青空くんだな〉

〈俺も覇王剣術を習得してくるわ、ノシ〉


「どうもみなさん、すみません」


 少々時間はかかったが、満足気な返しができた。

 ヒナタからも合格のサインがでているよ。


 この後は陸クジラを町に運ぶ所を見てもらうだけだ。


 その運び屋さんもちょうど降りてきた。


「ふっはー、地球人やるなー。マジで無傷の陸クジラじゃんか」


 うわずった声の運び屋さん。まだ呆気あっけにとられているようだ。


 ゆっくりと陸クジラを触り、その存在を確かめている。


「おかげさまで上手くいきました。予定以上の収穫ですよ」


「だよな、50年物って滅多にない代物だ。ははは、こりゃ10億、いや20億ギャラは堅いぞ。おい、やったなあ、ははははははは!」


 あれほど無愛想ぶあいそうだった運び屋さんも、これには満面の笑顔だ。

 肩まで組んできて、喜びを分かち合おうとしてくれている。


 そして右手をだして握手まで求めてきた。

 素直にうれしくて、おれも手を握ろうとした。


 ──バシッ!──


 だけど、その差し出した手を叩かれた。


「違うだろ。出すものを出せって事だろが、ボケッ!」


 笑顔のままでこのセリフ。バランスがとれていなく戸惑ってしまう。


「なぁ、地球人。交渉しようじゃないか。お互いの未来のためによ」


「……はい?」


「これって傷の他に、鮮度が命だったよな。うんうん、片道1時間の道のりだ、外気にふれていたら使い物にならねえ。だったらよぅ、時間遅延を持つ運び屋の価値は上がるはずだよな、グヒッ」


 運び屋さんは何とも言えない表情で、ツラツラと喋りだした。

 それはまるで自分が主役だと言わんばかりの顔だった。




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