第9話 超巨大モンスター ③
「この下が今日の狩り場だよ」
眼下には切り立った崖が、ひょうたん形に連なっている。
入り口はひとつだけで、奥は袋小路になっている。
作戦は単純で、あの狭くなった場所に陸クジラを誘い込み、つまらせて身動きを封じるんだ。
「他に人はいなさそうだけど、みんなはここを使わないの?」
「ああ、陸クジラは範囲魔法を使うからね。大勢でいたら逆に奥は死地になるんだよ」
「うーわ、ヘタしたら皆殺しかぁ、それは怖いわね」
その点ソロは自由がきく。
動けない相手ならヒットアンドアウェイで翻弄し、隙を見せなければいい。
まあ、逆に言えばボッチなりの工夫で、これしか思い浮かばなかったのが本当だ。
「だから撮影はここでしてくれ。少し遠いけど見下ろすし、攻撃が届くことはないからな」
「うーん、微妙な距離ね。もっと近くにはない?」
「ごめんな、ここがベストポジションだよ」
ヒナタは目を凝らしながら見ている。
望遠レンズを使っても、良い絵は撮れそうにない距離だ。
ヒナタとしては不満そうだが、安全を考えればこれが一番。
品質の件があるし、速攻で仕止めないといけない。
だからヒナタを
「うん、分かったわ。……それよりもさ、この人だれ?」
横にいる少し腑抜けた感じの人を、コソッと指差して聞いてくる。
「今日の運び屋さんだよ?」
ギルドで紹介してもらい、街からついてきている。
事前に説明したはずだけど、あまり伝わらなかったかな。
「でもさ、一人って無理があるんじゃない? 何mもある荷物を運ぶのでしょ、人手はもっといるわよ」
素朴な疑問だが、それが運び屋さんの気にさわったみたい。
明らかにカチンときた顔をした。
「舐めんじゃねえぞ、お嬢ちゃん。いいか、俺の収納スキルは大容量だぞ。それに時間経過の遅延機能だってあるんだ。そこらの運び屋と一緒にするんじゃねえ!」
「す、すみません。スキルだったんですね」
「はん、本来ならこんな基本料金の仕事は受けないんだ。仕方なく来てやったんだから、有りがたく思いやがれ!」
矢継ぎ早に責められて、ヒナタは少し面喰らっている。
少し言いすぎだし、一人で言われるのは可哀想。
矛先が俺に向くよう割ってはいる。
「すみませんね、運び屋さん。規定内ですが特別報酬もありますし、頑張ってくださいよ」
この人のスキルは自慢するだけあって相当なもの。
特に時間経過は1/8と、他人に誇れる性能の持ち主だ。
「っていうかよー、お前らに仕留められるのか? 見たところ地球人みたいだし、俺らでも10人がかりのハントだぜ。いくら作戦があるからって、ズタボロじゃあ売り物になんねえぞ。それ以前に死ぬかもよ、ひゃっはっはっはー」
「まあ、10万Gは先払いをしてますし。もし成功すれば、クエスト以外の獲得品の10%をお支払いしますので」
「うっ、そうか、10%だったな」
運び屋さんは高ぶった感情を、特別報酬の単語とともにしぶしぶ飲み込んだ。
「ふ、ふん、期待はしてないがな。終わったら起こせよ」
ゴロンと寝ころぶと、瞬く間にイビキをかき始めた。
ヒナタはびっくりしているがこれでいい。彼の出番はハントが成功してからだ。
ここからは配信を開始をし、視聴者さんと共有する。
ヒナタの合図で配信がはじまった。
「み、みなさん、こんにちは。……えっと始めます、ね」
2回目とまだ慣れていなく緊張しまくり、カミたおしてのスタートだ。
だがそれをヒナタは見逃してくれなかった。
「ちょっと青空くん、何よそれ。ちゃんと打ち合わせ通りにやってよー!」
「ええっ、打ち合わせって、アレを本当にやるのか?」
「当たり前じゃない。練習したんだから頑張ろうよ」
〈ん、なんだ、なんだ?もめている?〉
〈こんちはー、
〈その打ち合わせに興味あります〉
怒るヒナタと野次馬の視聴者さん。
2つのプレッシャーがのし掛かってくる。
ヒナタの目は鋭く、視聴者はしつこく追及してくるよ。
どうも逃がしてくれそうにない。
「もうやり直しね。それじゃあ、今からタイトルコールを言いますので、みなさん聞いてくださーい」
〈え?〉
〈えっ!〉
〈ハァ(;゚д゚)?〉
あんなフリ方をしたらスベりそう。
でも覚悟をきめるしかない。
「そ、それでは改めていきます。こほんっ……。みなさんこんにちは、青空ー」
「ヒナタの~♫」
「「青空チャンネルはじまりまーす」」
〈ブハッ、顔真っ赤w〉
〈恥ずかしがっていてカワイイ〉
〈とてもトロールを倒したとは思えない笑〉
〈ふっきるんだ、若者よw〉
〈練習したんだね、よしよし〉
ちゃんとやったのにイジられる。
同接は1万人スタートとすごく良い出だしだが、その全員に見られていたと考えると汗がでる。
恥ずかしい。
返事もそこそこにして、今日のお題を伝える。
「み、みなさん突然ですが、今日は大物を狙いにいきます」
〈あ、にげたw〉
〈ヘタレな青空くんも良いものですな笑〉
〈大物?トロール級かな〉
〈ドキドキ〉
〈早く教えて〉
「そうですね、溜めてもアレなので言いますね。ハントする対象はズバリ、陸クジラ。砂漠の掃除屋です」
〈……はい?〉
〈ブハッ、想像を超えてきた。さすが青空王子だぜ〉
〈あれってCクラスの化け物では?〉
〈やめとけー食われるぞ笑笑〉
〈初心者が昨日の今日で、クジラを狩るなんて草〉
〈こりゃ、今日も荒れるぞー〉
「ははは、ご心配ありがとうございます。参考になるかは分かりませんが、狩りのテクニックをご覧ください。それでは早速いってみましょう」
みんなの興味の視点変更に成功だ。
ぶり返さないためにはテンポよく先へと進めた。
ここからは単身で行くので、マイクを取りつけ音声だけは送る事にする。
崖を降りたさきに砂漠がある。
そこが陸クジラの寝床になり、狩り場はそこの一画だ。
「エサは
モニターがないので視聴者の反応は見れないが、きちんと罠の概要をつたえておく。
上手く伝わったと信じて、いよいよ狩りをスタートさせた。
撒き餌の果実をばらまくと、すぐに反応があった。
──ボゴゥ、ボゴゥ、ボボゥ──
「来ました、この音が合図です」
弱い地響きが聞こえてくる。地中を陸クジラが泳いできている証拠だ。
音はだんだん大きくなり、次第に地面が揺れだした。
エサごとまる飲みされないように、撒き餌をおとし走り出す。
ギリギリ罠だと気づかれない良いタイミングだ。
「ブオオオオオロロロロロンンン!」
「よし、成こ、う……で、でかい!」
地表に出てきたのは60m越えの超大物。
想定していないあまりの大きさに度肝をぬかれてしまった。
20年物の成体ですら30mに届かない。
この大きさだと、ヘタをしたら
──ドッシシシィィィィイインンンン──
「うおおお、これはすごいぞ!」
全力でダッシュするが、巨体のひとアクションで帳消しになる。
これなら遠目の映像でも迫力はあるはずだ。
何度かエサを投げたあと、ようやく崖地帯にやってきた。
「最後の仕上げです。できる限り勢いをつけて突進させますね」
狭くなった付近では、本当にギリギリの追いかけっこで誘いこむ。そして。
──ドドドッ、ドッシーーーーン!──
砂ぼこりの奥には、ピクリともしなくなった陸クジラ。
衝撃でノビてしまったようだ。
ひと息つきたいが仕留めるなら今の内だ。
モタモタしていては要らぬ被害がでてしまう。
いったん心を落ち着かせ、剣をかまえた。
「うわー、すごいねー。こんな大きなのを殺るのね?」
「へ?」
後ろからヒナタの声がする。
安全な崖の上にいるはずなのに、まるですぐ近くにいるようだ。
まさかと思いふりむくと、5mも離れていない所に彼女はいた。
「な、なにしてんの?」
「すごいよ、視聴者の反応もハンパないしさ。ドンドン人が増えてるよ、ほら!」
見せてくるモニターには同じコメントしかのっていない。
〈ヒナタちゃん、逃げろ〉
〈そこは死地だろ〉
〈逃げろーーーーーーー!〉
〈配信魂すごすぎて草〉
ノンキなヒナタより、視聴者の方がよほど状況を把握している。
「ブロッ、ブロロロロン?」
しかも陸クジラが目を覚ました。
最悪なタイミングに血の気がひく。ピンチとピンチが同時にやってきた。
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