第5話 配信者デビュー ③

「3、2……」


 向けられたモニターには、配信準備の文字が流れている。


 数字を見ると、すでに9千人もの人が待っている。


 それだけ世間が、窮地の生徒たちに興味を持っている。

 その期待を想像すると気が遠くなる。


「……1……キュー!」


 バンと画面に俺の顔が映し出された。


 喉の奥が絞められるけど、なんとか声をだす。


「み、みなさん、こんにちは……」



〈おおお、きた〉

〈王子きたあああああああ〉

〈待ってたよ、変わりはないか?〉

〈おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〉

〈おうじーーーー笑〉

〈待ってました〉

〈無事でなりよりです〉

〈カッコいい〉


 すごい勢いでコメントが流れていく。


 読むスピードより遥かに早く、全然目が追いつかない。


「あ、はい、変わりはないです。で、えっと、みんな無事で、それで……」


 ひとつひとつに答えるモノだったかな?


 普段見ていた配信者さんが、どう答えているかを必死なって思い出す。


 だがそんな努力もむなしく、コメントはどんどん新しくなっていく。


〈みんなを守ってくれてありがとう〉

〈カッケー、マジでカッケーよ〉

〈うちの子は無事ですか?2組の長谷川です〉

〈腹は減ってない?〉

〈これから何処にいくつもり?上流には行くなよ〉

〈初々しくて草、緊張してる?〉

〈君の肩に300人の命がかかってるよ、がんばれー〉


「は、はい、ご心配ありがとうございます。え、えっと……お弁当もありますし、はい」


 矢継ぎ早に変わる話の内容に追いつけない。


 対応なんて無理だ。


 同接が1万を超えたのが見えてテンパり目も泳ぐ。


 すると七海さんが口をパクパクと動かしている。動きをなぞると〝自己紹介〞だ。


 何も考えられない俺にとって救いの一言。


 みなさんには悪いけど、それにすがらせてもらった。



「あらためまして、青空呼人って言います。四じゅ……じゃなくて15才です。……クラスメイトの人とこのチャンネルで、こっちの状況をお伝えさせてもらいます、はい」


 我ながらたどたどしいが、なんとか言えた。ちょっと安心できたよ。


〈だからチャンネル名が変わったのか〉

〈うp主と同級生か、がんばれよ〉


 これに七海さんがこたえる。


「はい、私は裏方にまわります。チャンネル名を〝青空チャンネル〞にかえました。メインは青空くんなので、見応えあると思いますよ。みなさん、よろしくね」


〈おお、うp主もカワイイから充分人気は出そうなのにな〉

〈うむ、ズッコケ具合も絶妙だったし、たまには出て欲しい〉

〈青空くんとダブルでハネそうじゃ笑〉


「ヒナタってすごい人気だね」


「ううん、青空くんのおかげだよ」


 この反応は元からの登録者だろう。


 ちなみに、七海さんを下の名前で呼ぶのは気はずかしけど、登録名なので是非にと頼まれた。


 その話は早々にきりあげて、伝えるべき事を先にすます事にする。


「えっと、ご報告です。こちらは全員無事でして、帰るため別の橋を目指して移動中です。あっ、それとあの後モンスターに襲われていませんよ」


 安堵の声があがってくる。


 一部の生徒は家族と連絡をとれていなく、この発信が唯一の情報源でもある。


 後ろについてくる集団を映し、できる限り安心材料を伝えておく。


 長い列、みんな疲れているけど悲壮感はない。


 一部のスキル獲得者なんかは、ハリキッて護衛役をかってくれているし。

 全体的にちょっとした遠足気分だ。


〈おおお、いいよ、気負わないのがいい〉

〈王子に任せておけば安心だね〉

〈トロールを一撃の実力だからな〉

〈チャンネル登録をしたから、頑張れよ〉〈また軽快なバトル見せて〉


 やはり戦いを期待されていて、それが数字にも表れていた。


 同接が1万5千を越えている。


 たった数分だけなのにこの変わりよう。気持ちが追いつかずフワフワしてくる。

 だけど良い流れだし、ここで勇気を振り絞った。


 戦う前準備だと振りをしてから、さき程の刃を研ぐ裏技を披露してみせたんだ。


〈…………?〉

〈へっ?〉

〈はあ、何これ?〉


 だけど、すぐに反応があったのはあまり良くない物だった。


〈あのさあ、そういう系の嘘やめたほうがいいですよ?いくらファンタジーの世界でもそれはない〉

〈嘘乙、幼稚すぎて草〉

〈せっかく人気出始めているのになあ。炎上させて注目を集めなくてめいいのに〉

〈急に冷めた〉

〈決めつけは良くない。が、数字を取りにいくねはもっと良くないぞ〉

〈うーむ、こうなるとトロールを倒したのも怪しくなってくるよね〉


「いえ、嘘なんかじゃなくて。えっと、そうだ。これ見てください」


 一気に荒れだした。


 あわてて実演しても劣勢はかわらず、どう説明しても信じてもらえない。


 よけいに嘘乙の文字がドドッと流れていく。

 これにはヒナタも焦っている。


「ど、どうしよう青空くん?」


 これが配信の怖いところだ。


 一度イメージがつくと、それを払拭するがむずかしい。

 足掻あがけば足掻くほど、人の目には怪しくうつる。それを楽しむ人もいる。


 ヤバい流れになりかけているよ。


〈まてまて、いま試してきたら本当だったぞ〉

〈うそ?〉

〈マジっすか?〉

〈私もやりましたが格段に違う。ボロいほど分かりやすいよ〉

〈うむ、これは画期的ぞ〉

〈青空くん、やるなあ。スゲー所に目をつけたな〉

〈俺もちょっくら行ってくるわ〉

〈これなら高い研ぎ代を出さなくていいじゃんか笑〉


 一人の一言で息を吹き返した。生の声ほど大きいものはないよ。

 ヒナタと2人で胸をなでおろし、最後の説明をつけ加える。


「実践でのお助け、ありがとうございます。ただこれはあくまでも応急措置なので、普段からの手入れを主体にしてください。過信は禁物です」


〈ういー、気をつけます〉

〈耳が痛いですな〉

〈永久的ではないのですね〉


 役にたたないとか、興味がないのは仕方ない。


 だけど、嘘と思われるのは嫌だし、チャンネル自体の存続にかかわる。


 誤解がとけてよかったよ。


 それとこちら側でも見ている人が多く、あちらこちらでどよめきが起きている。


「紙やトマトがスパスパと切れちゃう。なんだか通販番組みたい!」

「見た目は変わらないのにな」

「これなら敵がきてもイケルぜええ!」


 案外さっきのお助けコメントは、同級生が書いてくれたかも知れない。

 ここは黙って頭をさげておく。


 すると、前方を警戒していた生徒が敵の襲来を知らせてきた。


「ゴブリンだーーー、多いぞ!」


 50匹ほどがゾロゾロとやってきた。


 ニヤニヤとイヤらしく笑い、完全にこちらをカモだと見下みくだしているようだ。


 それに気圧けおされ、生徒たちの戦意が途端に低くなる。


「こ、こっちには切れ味バツグンの剣があるんだ。お、恐れることはないよ」

「で、でもさ、あの数は……」

「うん、怖いわ」


 この襲撃は想定内だが、みんなには刺激が強かったようだ。


〈あんな大勢とは。一人で守るの無理だろ〉

〈くっ、グロ映像に注意だな。絶対にけが人がでる〉

〈逃げてー〉


 視聴者からも不安のコメントが多い。


 そんな不安を払拭するため、俺は大きな足音をわざとたて、一歩まえへ踏み出した。


「最初の一撃は俺がやるよ。各クラスの守り役はしっかりね!」


 混戦になれば危険なので、まずは殺気をのせた睨みを飛ばす。


 ヘタな動きをさせないよう、重圧をかけておく。


『グッ、ギャギャーーーー!』

『ギ、ギャブブブブブブブブ!』


 ただ睨んだだけで吹き飛ぶゴブリンが出た。


 ……やり過ぎたか。


 失神しているゴブリンまでいるし、ほぼ全員が戦闘不能になっている。


 だがこの好機を逃さない。

 その動けない一団に範囲攻撃をおみまいする。


「覇王剣・グランドクロス」


『グギャーーーーーーーー!』


 特大の十文字に斬りつけ分断させる。

 残るゴブリンは6匹となった。


 危険がない位の数をちょうど残す事が出来た。


〈すげー超人かよ。あっという間だな〉

〈うおおお、青空くんにつづけー!〉


 ネットの声が聞こえたのか、生徒たちが奮起する。


 残党を集団でかこんでフルボッコ。今度はゴブリンの方が怯える番だ。


 そうして、一人のゲガ人も出さずに戦いは終わった。


〈青空くん、マジ強すぎ!〉

〈おっしゃー、俺たちの勝利だ!〉

〈みんなよくやった、これで先が見えたな〉

〈一撃でって、剣術を超えてるじゃんw〉

〈2組のうちの子は無事ですか?〉

〈くそー、俺も一緒に戦いてぇ〉


 みんなも初めての勝利に興奮気味だ。

 戦えた事、守れた事を喜んでいる。


 あんなに嫌がっていた解体も、血を気にせずに始めていた。


 俺もみんなに習い、自分が倒したゴブリンから緑色の魔石を取り出していく。


 数があるから面倒だけど、おれ独自のやり方があるし、そう時間はかからないはずだ。


 すると、撮影をしていたヒナタが声をかけてきた。


「あ、青空くん……何をしているの?」


「あ? ああ、面倒だけど倒した分は自分でさばかないとね」


「いえ、そうじゃなくて。何故そんなにもテンポ良くやってるの? しかも全然汚れていないじゃないの。なに……何をしたのよ!」


 ヒナタは撮影そっちのけで、何やら真剣な面もち。

 ヒナタの話をキチンと聞くため、今やり掛けている魔石をプルンと取り出し向き直る。


「それよ、それ! 中に手も突っ込んでいないしキレイなままじゃないの!」


「へっ?」


「みんなー、青空くんがまたとんでもない事をしでかしているわよーーーーーーーー!」


「「なんだってーーーーーーー!」」


 生徒も先生もどやどやと集まってくる。


 みんなは魔石と俺を交互に見比べ、呆れた様子になっている。


 マズイ事はしていないのに、何故こんな風になっているんだよ?

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