第2話 ここは任せろ

「この俺に覇王剣術だって? からかわないでくれよ」


 そんな冗談に構っていられないよと手で払う。

 だけど七海さんは上目遣いで、確かめてよと促してきた。


 その眼差まなざしにおされる。


 カードに目をやると、そこにはさんぜんと輝く覇王の文字があった。


 ───────────────────


 ステータス

 名 前:青空あおぞら呼人よひと

 スキル:覇王剣術 (New!)

 耐 性:物理攻撃耐性

     毒耐性

     麻痺耐性


 ───────────────────



「ほ、本当だ」


 また頭がさぶられる。


 視界がゆがむ、だけど覇王剣術の文字だけはゆるがない。


「あの、あの、あのおおおお、これはアレだ。夢にまで見た覇王剣術だよ!」


「うん、それに耐性も盛り沢山だし、随分と準備をしてきたのね」


 憧れたもう一人の青空呼人のみが所有する、絶対無敵の剣術。

 それがこの俺に授かっている。


 これ絶対におかしいよ。


 ユニークスキルではないけど、俺だけじゃなく他の誰も取得しなかった剣技だ。

 同じ名前ってだけで授かったのか?


 だとしたら、青空呼人が2人とも同じスキルを授かった事になる。


 自然と脳裏に、あの青空呼人の勇姿が甦ってきた。


 覇王剣術で悪魔族やドラゴンをねじ伏せ、魔王討伐に一番近いと言われていた。

 彼こそが正真正銘のヒーローだ。


 その可能性が俺にもある?


 内側からフツフツとわく魔力を感じる。


 それは尋常じんじょうでない量で、体の中で濃く練り込まれているのが分かるよ。


 学校から貸し出されたなまくらソードですら、名刀に変えそうな力強さだ。


 回帰して色んなことが起こりすぎる。うまく整理できないぞ。


「あれ、青空くん。向こうが何か騒がしいね?」


 つい考え込んでしまっていたが、七海さんの声で引きもどされた。


 そしてすぐに、渡ってきた橋の方から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃー、トロールが出たわーーーー!」

「は、早く避難をするんだ!」


 この地域には出現しないモンスターに、みんな驚き混乱している。

 押し合いへし合いでこちらに駆けて来る。


 だけどトロールは、逃げ惑う人には目もくれていない。


 引率の先生たちは生徒を逃がすのに必死で、トロールの目的に気づいていないようだ。


 そしてトロールは橋につくなり、こん棒を高くかかげ振りおろした。


 ──ドゴンッ、バキバキッ!──


「は、橋が!」

「ヤバい、橋を壊されたら帰れなくなるぞ!」


 誰かの絶叫に皆あおざめる。

 トロールの目的は橋を壊し、獲物の逃げ場をなくすことだった。


 先生たちは必死で止めようとしているが、トロールのひと振りで蹴散らされている。


「す、凄いわ。スキルの発現に格上のトロールだなんて! これは数字がとれるわよー。よーし、突撃ーーーーー!」


「ちょっと七海さん、待って!」


 興奮した七海さんは、カメラを構えて駆け出した。


 俺は手を伸ばしだけど、止める事が出来なかった。


 スルスルと人混みの中をよどみなく進んでいる。きっとスキルの広域視野を使っているんだ。


 しまった、完全な失策だ。


 このトロールの出現は、前回の人生でも経験をしていた。


 なのに俺は覇王剣術の取得に酔って、その事をすっかりと忘れていた。


 彼女を追うが、人の流れで思うように進めない。


「グオオオオオオオオ!」


 トロールは何度も橋に攻撃が加えている。

 その度に派手な音がなり、地響きと共に橋が形をかえている。


「す、凄いわ。これがD級モンスターの力なのね。い、異世界サイコー!」


 七海さんは間近でみる非日常に歓喜している。

 異世界とつながって間もないこの時代。

 まだまだ情報が少なくて、誰もが異世界に憧れていた。


 それを自分の手で紹介しているのだと、七海さんは使命感に捕らわれているのかもしれない。


 そして最後の一撃だと言わんばかりに、トロールの大振りがおろされ、橋はあえなく陥落した。


 その瞬間を撮りきり、七海さんは満足そうだ。


 だけど彼女はあそこにいてはいけない。


「ブオッ?」


「えっ!」


 七海さんとトロールの目が合っている。


「きゃーーーーーー!」


 ここで七海さんはようやく我にかえったようだ。


 目の前にいる岩のような巨体のモンスター。それは空想のものでなく、まぎれもない現実。


 画面越しでない恐怖に直面し、足がすくんで動けない様子だ。


 実は彼女がこの後すぐに退学した理由はこのトロールだ。


 幸いにも命は助かったけど、精神的にもダメージは大きく、社会復帰が出来なかったのだ。


 あの時は俺も逃げていて、後でそのことを知った。

 関わりが少なかったけど、その事件が俺に大きな影響を及ぼしたんだ。


 でも。


「今の俺なら助けられる!」


 だがこの位置から覇王剣術を放てば、七海さんまで巻きこんでしまいそうだ。

 一旦、両者を離さないと。


 俺は全身のバネをつかいダッシュをかけ、一気に距離をつめた。


「ぶおっ?」


「お前の相手はおれだ!」


 トロールの懐に入った瞬間に、もうひとダッシュ。

 腰をかちあげるように体当たりをかましてやった。


「グエエエエエエエェェェーーーーーー!」


 加減をせずのブチかましだから、30mほど吹き飛んだ。


 これで少しは時間がかせげた。


「大丈夫か?」


「あ、青空くん。ど、どうしてここに?」


 放心状態の七海さんに、できる限り優しく語りかけてみる。


「もう心配はないよ。あとは俺がやるから後ろにさがっていて、ねっ」


「や、やるって、相手はトロールだよ。青空くん一人じゃ無理だよ。青空くんが死んじゃうよ!」


 気のやさしい七海さんは、悲痛な叫びをあげてくる。

 それに対してひと呼吸をおいてから答えた。


 別に狙った訳じゃない。緊張しているし元々口ベタだから詰まったんだ。


 でもそうやってタイミングをずれた事により、すこし俺の言葉に耳を傾けてくれた。


「本当に大丈夫だよ。さっきのを見ただろ、安心してよ。俺は絶対に負けやしない。……えっとー……うまく言えないけど、と、とにかく俺を信じてほしい!」


「う、うん、分かった。信じるよ」


 なんとか出た声に戸惑いがあるが、素直に大きな木のかげへ隠れてくれた。


「ブオオオオオオオオオオ!」


 愚鈍だけどさすがはトロールだ。


 その脅威の再生能力で、砕けた骨や内臓を元通りにし、もう起き上がってきた。


 この厄介な再生能力を封じる方法は2つだ。


 1つは魔法で細胞すべてを焼き尽くす。


 もう1つはまずは魔力の分断を図るため首を切断し、そのあと頭部を破壊する。


 この2通りしかない。


 そうしないと、いつまで経っても終わらない泥試合になってしまうんだ。

 だから前回の人生では避けていた相手だ。


 トロールは自分の特性を把握しているのだろう。負けるなど露と考えていない。


 むしろ、これから行う殺戮を思い浮かべ、舌をなめずりまわしている。

 そして、その標的は完全に俺だ。


「でも残念だったな、今の俺には力がある。誰も傷つけさせないぜ!」


「ぶっほほほほほほほほっ」


 大笑いをし舐めた態度で近づいてくるトロールに、剣を構えて迎え撃つ。


 距離にして、まだ20mはある。だが覇王剣術の前には距離など問題でない。


「初めてやるんだ。派手にいかせて貰うぜ。喰らえ、覇王剣・次元粉砕撃!」


 ──ザシュッ──


 まずは壱の太刀はただ首をはねるだけでなく、魔力を亜空間で分断して完全にふさぐ。


 グニャリと切り口部分が歪んでいく。


「ぐぴっ?」


 そして。


 ──バゴオオオオオオオオオン!──


 返す弐の太刀で剣圧を高めた超振動をくり出して、細胞のひとつも残さずにうち砕いた。


 首が失くなった胴体は、そのまま仰向けに倒れる。

 圧倒的な破壊力で、勝負は一瞬にしてついた。


 へたり込む七海さんに近づき手を差し伸べる。


「ねっ、言った通りだろ。それに他に敵はいないから安心してよ」


 さっきの次元粉砕撃をうった時に、周囲へと殺気を同時に放っておいた。


 これで弱いモンスターは逃げていったはずだ。


 ゴブリンなどは数だけは多いから、いちいち構っていたらキリがない。


 だがやり過ぎると、強敵を招く恐れがある。


 だから一度きりにし、つかの間の安全を確保した。


「あ、ありがとう」


 俺の手をとり立ち上がるけど、まだ震えている。


 水を渡してひと息ついてもらうと、肩の力が抜けたみたいだ。


「青空くんって、本当に凄いんだね。トロールを一人で倒しちゃうなんて……。青空くんがいなかったら、わたし……死んでたわ。本当にありがとう」


 動かなくなったトロールと俺をみつめ、涙ぐみながらため息をついている。


「いや、必死だったからさ」


「ううん、事もげにするんだもん。わたし鳥肌たっちゃった。正真正銘のヒーローだよ」


 まっすぐな瞳で七海さんに見つめられ、照れくさくなってしまう。

 

「や、やめてくれ。ほ、ほら、みんなの所へ行くよ」


「うん」


 七海さんはコクンとうなずきついてくる。


 こんな話をしている間もカメラをはなさないでいる。

 それが彼女の心の平穏を保つ手段だと感じたので、そのままにしておいた。

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