第4話 孤高の天才
「やばい、遅刻だ!」
その日の朝、俺は少々寝過ごしてしまった。
慌ててベットから飛び起きアパートを出るが、乗った電車はいつもより20分も遅い。
電車を降り、会社のゲートを抜け、オフィスがある本館まで全力で走り続ける。
だが1階ロビーに着いたのは始業数分前。
オフィスに上がるエレベーターは、扉が閉まりかけている。
これに乗れないと遅刻だ!
そう思った次の瞬間、奇跡的に扉が開く。
「すみません、乗ります!」
周囲からの痛い視線を浴びながら、満員のエレベーターに強引に割り込む。
助かった。ほっとして、操作盤の方を振り返って気付く。
扉を開けてくれたのは、アオイさんだった。
アオイさんは息を切らした俺の姿を見て、可笑しそうに笑っていた。
俺はちょっと恥ずかしくなる。
アオイさんは、俺が最初に配属された部署の先輩で、年は俺の4つ上。
外見は清楚で物静かに見えるが、性格はいたって強気で大胆。
当時上司の理不尽な要求に悩まされていた俺は、何度も助けてもらった。
異動後は疎遠になってしまったが、体調を崩して休職中と聞いていた。
でも復帰したようだな。元気そうで良かった。
朝からアオイさんに会えるなんて、今日はツキがありそうだ。
――――――――――
「先輩何か良いことあったみたいですね。表情が緩んでいますよ。」
向かいのデスクから花乃理紅が、突っ込みを入れてくる。
「さっき久しぶりの知り合いにあってね。昔お世話になった人なんだ。」
花乃理紅は、ちょっと興味をそそられたようだ。
「それは女性ですね。」
「きっと優しくて魅力的な人なんでしょうね。先輩って、女性から見るとほっとけないタイプですから。」
そう言って、いたずらっ子のような表情を浮かべる。
やっぱ花乃理紅も可愛いな。
最近の俺は魅力的な女性に囲まれて、リアルが充実しまくっている。
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『聖なる勇者さんの特別クーポンを確認しました。情報開示請求を承認します。』
昼休みに届いたメッセージを見て、俺は正直驚いてしまった。
ダメ元とは思いつつ、前回獲得したクーポンでゲーム上位者の名前をリクエストしてみたのだ。
それがあっさり認められるとは、やはり今日はツキがあるらしい。
早速スマホにリストが送られてくる。
ハンドルネームとランキングだけが記載された、極めてシンプルなリスト。
数人分しかなく、本当の名前も分からない。
だがゲームの真相に近づくための、何か手掛かりにはなるはずだった。
そして俺は、とあるハンドルネームに目を止める。
この名前は、きっとあの人のものだ。
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「開発部のテレワーク率って、今や50%越えなんですね。ちょっと驚きました。」
その日の午後、俺は開発部のオフィスにいた。
CXプロの一環でテレワーク普及率を調査していると偽り、知り合いの課長に面談させてもらったのだ。
「開発業務の大半は、データ整理と資料作りだからね。ノートPCさえあれば、自宅でも問題なくできてしまうんだよ。」
課長が答える。
良い時代になったもんだ。俺は心からそう思った。
ここは俺が入社して、最初に配属された部署。アオイさんともここで出会った。
当時は朝早く出社して、夜遅くまで残業するのが当たり前。
仕事の出来栄えよりも、どれだけ会社に長くいるかが評価される風潮があったのだ。
「今はアウトプットがちゃんと出せてれば、働く場所も時間も自由に選ぶことができるんだ。」
課長は胸を張る。確かに周囲を見渡しても、広大なオフィスは人がまばらだった。
だが窓際のデスクでぼんやり新聞を眺めている老人を、俺がチラ見したのに気付くと声を潜めた。
「あの人には、ちょっと困ってるんだ。全社的にもテレワークを推奨しているのに、毎日朝8時から夜10時まで会社にいるんだよ。」
それは、最高技術顧問の剛田フェローだった。
優秀な技術者で、長年経営層からも信頼されてきた人物だ。
だが傲慢で気性が荒く、部下に対してはパワハラ、セクハラとやりたい放題だった。
「剛田フェローって、今もそんなにお忙しいですか?」
俺の質問に、課長は首を振る。
「仕事なんて無いさ。会社に来ても午前中はあんな感じで新聞を読んでて、午後になると昼寝。夕方は散歩に行ってるよ。」
かつては四六時中、部下を怒鳴りつけ、寝る間を惜しんで働いていた開発のエースも今は見る影がないようだ。
課長は辛辣な口調で、追い打ちをかける。
「きっと家にいても居場所がないから、時間つぶしに会社に来てるんだろうよ。あんな風には、なりたくないね。」
俺は苦笑しながら頷いた。
だがこの人物こそが、リア充ゲーム獲得ランキング4位という栄冠の持ち主なのだ!
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