第3話 燃える男

『”聖なる勇者”さんのリア充ポイントは累計141。前回より34ポイント増加し、ランキングが17上昇しました。』


目覚まし時計が鳴る少し前に目を覚ました俺は、メッセージを見て安堵の表情を浮かべる。

これでCXプロに配属される前のランキングまで、完全復活だ。


『”聖なる勇者”さんには特別ボーナスとして、スペシャルクーポンが発行されます。』


スペシャルクーポンって何だろう?

よくわからないが、何か役に立つものに違いない。


ともかく花乃理紅の出現は、俺にとって大きな転機だった。

仕事をゲーム化して、超効率的にタスク遂行!


そんなお手本が身近にいるおかげで俺の退社時間はみるみる早くなり、プライベートも十分に確保できるようになった。


おまけに彼女の笑顔は素晴らしい。

俺は入社以来初めて、会社に行くのが楽しみになった。


出勤するだけでリア充ポイントが溜まるとは、ある意味最強だな。

俺はいそいそと身支度を始める。


――――――――――――――――


会社に着いてエレベーターを待っていると、後ろから肩を叩かれた。

本部長だった。


「お早うございます!」


慌てて俺が挨拶すると、本部長はご機嫌な様子で答える。


「最近すごく調子良いみたいだな。仕事も早くて正確だし、表情も生き生きしてるよ。」


「花乃さんのお陰です。彼女が加入してくれて、本当に助かっています。」


「いやいや君の実力も中々のものだよ。さすがは伝説の幹事長だ。君を選んで正解だった。」


伝説の幹事長?何のことだろう?俺には思い当たることが無かった。

だが本部長にそれを質問すると、笑って返される。


「謙遜しなくてもいいよ。大学時代に仲間と立ち上げたサークルを、たった一年で数百人規模まで大きくしたらしいじゃないか。君の大学では、いまだに伝説の幹事長って言われてるんだろう?」


その話しか。

聖川勇人は、確かに伝説の幹事長だ。ただその男と俺は、同姓同名の別人だ。

そう言えば新人研修の時にも同じ勘違いをされて、同期全員からしばらくネタにされていたことがあった。


「プロジェクトのリーダーを誰にするか迷っていた時、君のことを強く推薦されたんだ。伝説の幹事長に仕切らせれば間違いないって。」


冗談じゃない。俺にはそんな素質も実力もなく、お陰でメンタルが崩壊する寸前まで追い詰められた。


別人と分かっていながら俺を推薦するなんて、そいつには悪意しか感じられない。いったい誰なんだ?


「あいつだよ、君らよく一緒につるんでるじゃないか。同期なんだろ?」


本部長からその名前を聞いた時、俺は自分の耳を疑った。あいつが俺をはめていたなんて、信じたくはなかったのだ。


――――――――――――――――――


その日は特に仕事が忙しく、なかなか時間を取ることができなかった。

ようやく手が空いた時、日は暮れてあたりは真っ暗になっていた。


そろそろ決着をつけるか。俺は重い腰を上げる。

この時間であれば、やつは屋上でタバコを吸っているはずだ。


「よう珍しいじゃないか、お前が喫煙所に来るなんて。」


その男は、いつものおどけた口調で話しかけてきた。


「単刀直入に聞く。なぜ俺をプロジェクトに推薦した?俺が伝説の幹事長だなんて、嘘までついて。」


男はうまそうにタバコの煙を吸い込む。そしてゆっくりと話し始めた。


「とうとうバレたか。確かに俺がお前を推薦した。伝説の幹事長じゃないってのも、当然分かってた。」


「俺が苦しんでいるのを見て、どう思ってたんだ?」


男は再び煙を吸い込み、そして答える。


「いい気味だと思ってたよ。」


―――――――――――――――――


「俺はもともとお前が嫌いだった。何事もそつなくこなして、いつも涼しい顔をしてる。いつかお前にも、死にそうになるくらいの苦しみを与えてやりたいと思ってた。」


「だからプロジェクトの話しを聞いた時、お前を推薦することにしたんだ。そしたらお前、日に日に消耗していって爽快だった!おかげで会社に来るのが、楽しみだったよ。」


狂ってる。こいつにこんな本性が隠されていたなんて。

もうこいつとは付き合えない。


「お前とは絶交だ。金輪際、俺とは関わるな。」


タバコはずいぶんと短くなっていた。だが男は満足げだった。


「バレてしまったんじゃ仕方ないな。十分楽しませてもらったんで、俺は満足だよ。」


そしてタバコの火を消そうと、水入れにそれを押し付ける。

その時、俺は違和感を感じた。なんだこの刺激臭は?あれは本当に水なんだろうか?


次の瞬間、爆発音とともに水入れから火柱が立ち上る。

やはりあれはガソリンだったのだ!


激しい炎で前が見えない。

それでも何とか目を凝らすと、目の前に燃え上がる人影が見えた。


人影は悲鳴を上げながらそこら中をのたうち回るが、火は消えない。

そして最後には床に倒れ、動かなくなってしまった。


ピコッ。呆然と立ち尽くす俺のスマホにメッセージが届く。


『最下位だった太田プロは、熱い思いとともに完全燃焼しました。』


まさか太田が最下位だったとは、、、お前も追い詰められていたんだな。

ピコッ。またメッセージが届く。


『只今をもって棚卸しが完了しました。ゲーム参加者の皆様は、引き続きリア充活動の推進にご尽力下さい。』


その無機質なメッセージを見た時、俺は初めてこのゲームに敵意を抱いた。

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