第2話 仕事クエスト
『”聖なる勇者”さんのリア充ポイントは累計107。前回より31ポイント減少し、ランキングが16低下しました。』
目覚まし時計のアラームを止めてもまだ夢見心地だった俺は、メッセージを見て飛び起きる。
ある程度覚悟はしていたものの、ここまで下がるのは想定外だった。ここ数回で荒稼ぎした上昇分が、ほぼ帳消しだ。
原因は、はっきりしている。
カルチャートランスフォーメション。略してCXプロのせいだ。
本部長直属のプロジェクトで、企業風土を大胆に変革!
その栄えあるメンバーに抜擢され喜んだのも束の間、実態は単なる使い走りだった。
”イノベーティブなアイディアを次々に実行化させる”どころか、お偉いさん達の陳腐で退屈な会議運営のため、スケジュール調整や事前根回しに追われる日々だ。
しかもこれが結構大変で、平日の帰宅は連日終電。休日もほぼ返上という状況だ。
当然のことながら、仲間と飲みに行ったり合コンに参加したりといった余裕は皆無になった。
何だって俺がプロジェクトに選ばれたんだろう?
本部長とは、何も面識が無かったはずなのに、、、
会社のことを考えるだけで、眩暈と立ち眩みに襲われた。
しかも今日は朝から、本部長室に呼ばれている。
憂鬱な気分に浸りながら、ノロノロと出勤準備を始めた。
――――――――――――――――
アパートを出たら、目の前を猛スピードで黒猫が横切る。
慌ててよけようとしたら、落ちていたコンビニ袋に足を滑らせ左肩を強打。
横断歩道を渡ろうとしたら信号が赤になり、駅に着くと目の前で電車の扉が閉まる。
会社では、一番嫌いな先輩とエレベーターで隣り合わせ。
どうやら俺のリアルは、急降下しているようだ。
ようやく自分のデスクに辿り着いた俺は、深い溜息をつく。
「お前、朝から疲れた顔してるな。大丈夫か?」
同期の太田が心配そうな顔で声を掛けてきた。
「昨日も終電だったからな。帰ったらソファで寝落ちしちゃって、体中が痛いよ。」
その時、遠くの方に本部長の姿が見えた。俺に向かって手招きしている。
俺は会話を切り上げ、慌ててそちらに向かった。
――――――――――――――――――
「カノウリクです。よろしくお願いします。」
それは20代前半くらいの小柄な女子社員だった。
丸顔で髪はショート。ぱっちりした目が印象的だ。
「君も忙しそうだから、人手を増やすことにしたんだ。今日から君の下につけるから、フォローよろしく頼むよ。」
ちょっと元気になった俺だが、本部長はすかさず釘を刺す。
「戦力アップした分、業務の方は加速して欲しい。この前頼んだ全員アンケートの件も、今日中には企画書を提出してくれ。」
やはりそういうことか。それならこんな若い子よりも、ベテラン社員に来てもらっ方が良かったな。また気持ちが落ち込んでいく。
――――――――――――――――――
「あのう、今日は何をすれば良いでしょうか?」
向かいのデスクに座った彼女が、早速俺に指示を求める。
やる気はありそうだ。でもさすがに即戦力を期待するのはちょっと無理だろう。
何か軽めの仕事はないだろうか?
そう思って自分のメールボックスをチェックする。
すると昨日の帰り際に確認したはずなのに、メールボックスは新着メールでいっぱいになっていた。
しかもどのメールにも、”至急”とか”重要”といった文字が書かれている。
溜息をついた俺は、彼女に言う。
「それじゃあ、全員アンケートを担当してもらおうかな。まずは各部長にヒアリングして希望を取り纏め、それをベースに企画書を作ってみて。今日中に本部長に提出する必要があるから、夕方までには完成させてね。」
それは、ちょっと厄介な仕事だった。
部長達は好き勝手言うだろうし、本部長は細かい所にまで口を出す人だ。
今日配属したばかりの子には荷が重いとは思ったが、俺は山のようなメールと戦わなければならない。
―――――――――――――――――――――
メールの山が一段落した時、日はすっかり暮れていた。
時計を見るともう6時すぎ。今日もまた昼食を食べる時間がなかった。
空腹を覚えた俺がコンビニでも行こうかとデスクを立ち上がった時、カノウリクがどこからか戻ってきた。
しまった。アンケートの件、朝に丸投げしてから全くフォローしてなかった。
そう思った俺に、彼女は意外な回答をする。
「全員アンケートの件ですが、ちょうど今、本部長に企画書のオッケーを頂きました。聖川さん、お忙しそうだったので勝手に進めちゃいましたけど、宜しかったですか?」
俺は驚いた。あの手厳しい本部長から、すでに了承をもらったというのか!
「あっ、ありがとう。この件は君に任せていたので、進め方は問題ないよ。でも部長さん達、ずいぶんと好き勝手言ってこなかった?本部長からも細かい指摘がきて大変だったんじゃない?」
すると彼女は涼しい顔で答える。
「本部長には真っ先にヒアリングして、細かい点までご指導頂きました。部長さん達にその話をすると、皆さん不満も言わず協力してくれましたよ。」
彼女を見くびっていたようだ。お偉いさん達を上手に手玉に取る、なかなかのやり手のようだ。
彼女はにっこり微笑むと、先を続ける。
「仕事って結局、ロールプレイングゲームだと思うんです。アイテムでも仲間でも使えるものは何でも使って、ともかくクエストを達成する!私は仕事ゲームって呼んでます。」
仕事ゲーム。その言葉を聞いた時、俺は両肩にのしかかっていた重荷が、急速に解消していくのを感じた。
―――――――――――――――――――――――――――
アパートを出ると、目の前を猛スピードで白猫が横切った。
慌てずそれをよけたら、猫が通ったあとに一万円札が落ちているのを見つけた。
横断歩道を渡ろうとしたら信号が青になり、駅に着いたら電車の扉が開く。
会社では、憧れの先輩とエレベーターで隣り合わせ。
どうやら俺のリアルは、急上昇しつつあるようだ。
自分のデスクに落ち着いた俺は、自然と顔の表情が緩んでいく。
「お早うございます!」
カノウリクが出勤してきた。胸元には、うちの部署名が入った真新しい名札が付けられている。
昨日は配属直後で間に合わなかったが、ようやく新しいものが完成したらしい。
花乃理紅。想像していたのとは、ちょっと違う字面だった。
思わず名札を凝視する俺に、彼女はにっこり微笑んで答える。
「紅い色の花の理性って、覚えて下さいね。」
どこかで聞き覚えのあるフレーズだった。
紅い色の花の理性、紅色の花の理性、紅花の理性。
しばらく考え込んでいた俺だが、ようやくと思い当たる。
彼女もリア充ゲームの参加者だったのだ。
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