第5話 昭和クラブ
次の日も俺は、始業ギリギリに会社に到着した。
この時間であれば、エレベーターでまたアオイさんと一緒になれると思ったからだ。
だが満員のエレベーターに、その姿は無い。
落胆してデスクに座ると、前の席が空っぽだった。
「そうか、花乃理紅は年休だったな。」
最近気になる二人の女性。今日はどちらとも、会えずじまいになりそうだ。
ツキがない日なのか?
気にはなったが、今日は剛田フェローの謎を解かねばならない。
まずは夕方の散歩とやらを調査してみるか。俺は自分を奮い立たせる。
――――――――――――――――――――――
その日の夕方、俺は本館1階の玄関ロビーにいた。
休憩している体を装ってはいたが、本当は剛田フェローを待っていたのだ。
フェローは17時ちょうどに現れた。
そして本館を出ると、どこかに向かって歩き始めた。
俺はそっと後をつける。
「昔のオーラが全く無いな。」
かつてその眼光は鋭かった。当時の俺は一瞬睨まれるだけでも、身がすくむ思いだった。
それが今や皺だらけの顔に表情は乏しく、視線も虚ろだ。
しばらく歩き続けたフェローは、とある建物の前で歩みを止める。
そして迷うことなく、中へ入っていった。
それは老朽化が激しく、立ち入りが禁止されている旧館オフィスだった。
俺は少し距離をあけ、後に続く。
入り口を抜けると、そこは玄関ロビーになっていた。
薄暗くほこりっぱいその空間は、使用されなくなって久しいようだ。
フェローは、ロビー奥のセキュリティーゲートの前にいた。
その先がオフィスなのだが、自動扉が閉じられていて奥には進めない。
立ち入り禁止なんだから、電源も切られているんだろう。
そう思った次の瞬間、自動扉がゆっくりと開き始めた。
フェローは扉を抜けて、その奥へ入っていく。
このオフィスはまだ稼働しているのか?
少し迷った俺だが、閉まり始めた扉を見て慌てて中に駆け込んだ。
バタッ、ドサッ
少々物音を立ててしまいヒヤッとしたが、フェローは気にすることなく進んでいく。
俺は尾行を再開した。
フェローはいくつかの階段を昇り、何度かの角を曲がった後、とある部屋の前で歩みを止めた。
そこは大会議室だった。数十人が一度に集まることができる、旧館で一番大きな部屋。
フェローはその扉を開け、中に入っていった。
この部屋で何をしているんだ?他にも誰かいるのか?
正体の分からない不安もあったが、結局は好奇心に勝てなかった。
ゆっくりと、そしてできるだけ物音を立てないよう、静かに扉を開けて中を覗き込む。
――――――――――――――――――
「最近の若者は、口ばっかりで根性が足りん!」
「仕事が終わらないなら、何日だって徹夜しろ!」
「上司の誘いを断るとは、言語道断!」
部屋の中は怒号と人で溢れかえっていた。
数十人はいるだろうか?その全てが老人だった。
彼らの顔には皺が刻まれ、腰も深い角度に曲がっている。
だがその表情は生き生きとして、頬は赤く紅潮していた。
「この前のスコア、なかなか良かったじゃないか。」
「いえいえ本部長こそ、飛距離がまた一段と伸びましたな。」
ゴルフ談義に花を咲かせている老人もいた。
本部長?よく見るとそれは、三代前の本部長だった。
とうの昔に役職を降りて、確か今は非常勤の相談役のはずだ。
部屋の中を見渡すと、他にも知った顔がちらほらいる。
俺が入社した時の事業所長、先々代の常務取締役、元部長に元課長、、、、
みな前線を退き、今は閑職に追いやられた老人達だ。
なるほど、ここはかつて栄華を誇った老人たちが集うサロンなのだ。
夜な夜な集まり、昔話しに花を咲かせてくだをまく。
老人達にとって、こんなリア充な空間はないのだろう。
「、、、、、、昨今の若手のモチベーションの低さは目を覆うようです。残業も飲み会も平気で断るし、気に入らないとすぐ辞めると言い出し、、、、、」
部屋の中央で突然プレゼンが始まった。剛田フェローだ。
フェローは、巨大なスクリーンに投影された資料を指示棒で指しながら、何かを説明している。
「若い奴らを甘やかすな!」
「部下を怒鳴れない管理職は、首にしろ!」
「飲みニケーションは業務命令だ!」
老人たちが、騒々しく突っ込みを入れる。
「剛田、これは由々しき問題だぞ!」
突然、辺りを制する怒鳴り声が響き渡る。初代工場長だ。
この人は現場の叩き上げから、トップにまで登りつめた苦労人だ。
人にも自分にも厳しく、決して妥協を許さないので有名だった。
工場長は剛田フェローから指示棒を奪うと、スクリーンをバシバシ叩きながら絶叫する。
「放置できない緊急事態だ!一刻も早く対策を立てる必要がある。」
その一言に、場の空気は一変した。
好き勝手を言っていた老人達は皆息をひそめ、緊迫した面持ちで工場長を注視する。
「すぐに建物を封鎖しろ。スパイが入り込んでいるかもしれん。今日は徹夜で議論するぞ!」
えらいことになってしまった。
老人たちが何日徹夜しようがそれは勝手だが、俺まで閉じ込められるのはゴメンだ。
今のうちに抜け出そう。身を屈めそっと扉に近づく。
プルルル、プルルル、プルルル、、、
俺のスマホに着信が入る。その音は静まり返った会議室に響き渡った。
しまった、マナーモードにしてなかった!
そう思った時には手遅れだった。顔を上げると、部屋中の老人たちが俺を凝視していたのだ。
「貴様、なぜここにいる。お前がスパイなのか!」
剛田フェローにも見つかってしまった。
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