奇跡の街
楽 日影
奇跡の街
人が意見に反対するときはだいたいその伝え方が気に食わないときである。
–––––––––––フリードリヒ・ニーチェ
大きな建物の一階にあるロビーの受付で、二人の人が言い争っていた。
「違う」
「・・・。さっきから言ってるがな・・・、なんなんだその態度は。急に建物に入ってきたと思ったら・・・。・・・・・・なんだその格好は? それが人に会う服装だってのか?」
嫌悪感を剥き出しにしながら、背広を着た男が顔を顰めると目の前の男に言った。
その男は髪と歯がほとんど抜けていて、皮膚と服がボロボロだった。服には『戦争反対』と書かれていた。
「自己紹介をしないのはしてる時間が無いからだ」
「・・・。・・・そうかい。・・・ロビーの受付で騒いでいるやつがいるっていうんでわざわざ来てみりゃとんでもねえやつがいたもんだな・・・。––––––––おい、オレがここに来るまでにいろんなやつがお前を追い返すために頑張ったと思うが––––––」
「そうだな・・・。他の奴も話を聞かなかった」
「おい、まだ人がしゃべってるだろ。」
背広の男はボロボロの格好の男を睨みつけながら続けた。
「いいか、よく聞け。他のやつが言わねえならオレがハッキリと言ってやる。気持ち悪りいんだよお前。汚ねえ格好で人に迷惑かけやがって。早く失せろ。すぐ警備員を呼んでつまみ出してやるからな!」
「構わないが・・・。私の話は聞いてくれないのか」
「おい!」
背広の男は話を聞く様子を見せず、ロビー中央にいる受付係と思われる人に怒号を放つと、それを聞いた受付係は慌てて手元にある内線の電話を取り、どこかに電話を掛け始めた。
ボロボロの格好の人がそれを見て
「・・・」
背広の男は腕時計を一瞥すると呼んだ警備の到着を待ち始めた。
沈黙が訪れるとロビーには人が行き交う音や、遠くから聞こえる会話の声だけがするようになった。
すぐにボロボロの格好をした男が話し始めた。
「・・・・アンタたちは株に投資してお金を稼いでるんだろう? それも大量に。ある程度相場の変動が読めるプログラムを使ってる。そのプログラムの中に間違ったコードが書かれてある部分があるはずなんだ。そのプログラムを変えないとアンタらは株で大損するぞ・・・!」
背広の男は話半分の様子でそれを聞くと
「・・・・・損だ・・・? するわけねえだろ。ウチのシステムは実際に最適の売値を当て続けてる。「実績」ってわかるか? それがお前がこの建物に入ってからずっと否定し続けてるウチのコンピュータにはあるんだよ」
ボロボロの男の話を流すように言った。
しかしそこで背広の男は
「・・・・・・いや待て・・・そういやお前、なんでそのプログラムのことを・・・」
小声で呟くと考えて
「・・・–––––––あの雑誌社か? ・・・お前、さてはあの雑誌を読んだんだな・・・? ・・・まったくアイツら・・・ウチの企業秘密をコソコソと・・・。不審者騒ぎの件についてはどう責任を取るつもりだ・・・。・・・・・・。・・・それとも・・・まさかお前、他の会社から来たんじゃないだろうな・・・? スパイ活動ならもっと上手くやるんだな」
ボロボロの格好の男に向かって激昂し始めた。
「・・・・・・」
「おい! 警備はまだか!! 誰か早くこいつをつまみ出せ!」
背広の男が警備の到着を急がせた。
それを見たボロボロの格好をした男は、少し焦った様子を見せた。
「アンタたちを仲介して多くの個人と企業がこの株に手を出してる! ここまでは当たり続けてたが今度は外れるんだ!! アンタたちは予想を当て続けたんじゃない!! 外し続けたんだ!! アンタらはたまたま欠陥のあるプログラムの欠陥のある修正を受け続けて奇跡的に『当たり』を引いていたに過ぎないんだよ!!! アンタたちを始まりとしてこの街から始まる未曾有の大恐慌でこの国は滅ぶんだ!!!!!!!!!!!」
両腕を目一杯に広げてそう熱弁する男の様子に対して、背広の男は興の失せた目で目の前にいる人を見た。
「・・・・・・。おい。あまり怒らせるな。俺たちも暇じゃない。警備が来る前に自分の足でここから出て行け」
「・・・・・・」
それを聞いたボロボロの格好をした男は、一度落ち着くと
「・・・・出ていくだけならいつでも出来る。しかしただ・・・・・・、その場合はそれは私の話を理解してくれたということなんだよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そこまで聞くと背広の男はなにかを諦めたようにして両手を腰に置いた。
「・・・・・・・・・。わかった。わかったよ。聞いてやろう。俺達も本来なら不審者に割く時間なんぞありゃしないんだが聞いてやろう」
背広の男はそう言うと
「まずは・・・・・・こいつはもう何度も聞いてるが・・・・・・理由だ。さっきから言っているお前のその主張の理由を教えろ」
ボロボロの格好をした男に訊いた。ボロボロの格好をした男が話し始めた。
「この街の数学は間違ってたんだ・・・。ずっとな・・・! この街は奇跡の街なんだよ! 初歩的な部分を間違え続けてたって今の今までうまくやれてこれてたんだからな! だがいいか。この街の運もじきに尽きる。この街を始まりとしてこの国はこの後すぐに起こる大恐慌で滅ぶんだよ!」
ボロボロの格好をした男の言葉を聞き
「・・・・・・・・・」
背広の男は腰に手を置いたまま呆れ果てたように下を向いた。
そして
「分かった。十分だ。早くここから出ていけ」
そう言うとボロボロの格好をした男に近付き、強制的に腕を使ってその不審者の身体を出口に向かって押そうとした。
「!!!!!! おい!! 何をする!! 触るな!!!!!!!!!!!」
ボロボロの格好をした男の抵抗に遭うと、背広の男は止むなく強行をやめ、また腰に手を置き、ため息を吐いた。
「なあ・・・・・・アンタ・・・・・・・アンタはまず鏡を見た方がいい。それから––––––––––––」
さらに呆れた様子で背広を着た男が話し始めると
「不審者はどこですか」
警備員がやって来た。
「ああ・・・やっと来たか・・・・・・。おい! こっちだ! ・・・・・・見ればわかると思うが・・・・・・こいつを建物の外につまみ出してくれ!」
背広の男が目の前にいる人を指差し、そう警備員に伝えると、警備員はボロボロの格好をした男に近付くと
「おい!! 何をする!! まだ話は終わってない!!!!!!!!!!!」
警備員はボロボロの格好をした男の服を掴み、建物の玄関まで強引に引っ張っていった。そして開いた自動扉から放り出すように投げると、その男を建物から追い出した。
舗装もされていない道の、砂利が剥き出しになっている、風が吹けば砂埃が舞うような街の中で
服装は廃れ、髪も抜けていて歯も抜けているボロボロの格好をした男が、街の大通りに面した背の高い建物の、その入り口の前で倒れていた。
「・・・・・・」
少しして
「・・・」
ボロボロの格好をした男は、むくり、と起き上がると、服やズボンに付いた砂埃を手ではたき始めた。
はたき終わると、建物を後にするようにして歩き出した。
すると、後ろから、ドン、と片手に持ったデバイスを見ながら歩いていたスーツ姿の男が軽くぶつかってきた。
「おっと、失礼」
「・・・・・・。・・・ああ」
お喋りそうなスーツ姿のその男は軽く謝罪をすると、再度手元のデバイスを見て、それと見比べるようにして目の前にある大きな建物を見た。
ボロボロの格好をした男はそれに構わずまたすぐに歩き始めると
「あの・・・すいません」
何度か目の前の建物と手元のデバイスを見比べていたスーツ姿の男が、ボロボロの格好をした男を呼び止めた。
「あなたはここの会社の方ですか?」
「・・・。・・・いや」
「ああ! 失礼! わたくしこういうものなんですが–––––––」
スーツ姿の男は、スーツの胸ポケットから名刺を取り出すとボロボロの格好をした男に差し出した。
「・・・」
ボロボロの格好をした男は、名刺を見ただけで受け取ろうとはせず、それを見たスーツ姿の男は名刺を胸ポケットに戻した。
「あそこがウチの会社なんですけどね。結構近所でしょう?」
スーツ姿の男が自分の後ろの方を指差した。差されたその先、遠くの方に、目の前にあるものとは違う、これもまた背の高い建物があった。
「いやはやすいません。用があってここに来たはいいんですが少し遅かったみたいで・・・、どうやらこの時間この会社はお昼休みのようで閉まってるみたいです。いやはや参りました。」
スーツ姿の男が汗をかきながら暑そうに言うと
「・・・・・あなたもあの雑誌を読んでここへ・・・?」
ボロボロの格好をした男に質問した。
「・・・」
ボロボロの格好をした男が無視するように、構わず立ち去ろうとすると
「ああ・・・! その雑誌に書いてあったんですけどね・・・!」
と、話が返ってこなかったことに対して、自分の話を聞いて欲しそうにお喋りそうなスーツ姿の男が早口で話し始めた。
「その雑誌の内容っていうのはこの会社についてのものでして・・・! この会社で書かれたプログラム・・・実は欠陥があって、数字が間違えて書かれてあったらしいんです・・・。・・・たしか2であるはずのところを3としてしまっていたとかで・・・。まあそんな浮説の相手に人を向かわせるくらいウチの会社は暇というか・・・・・・・・・余裕があるとって言った方がいいんでしょうかね? とにかくわたくしはそんな噂話の相手をしに来たんですよ」
スーツ姿の男は笑って話すと
「・・・それで・・・あなたは何をしに?」
ボロボロの格好をした男に訊いた。
「・・・・・・。・・・ふう」
短く息を吐くと、ボロボロの格好をした男がスーツ姿の男に向き直って少し早口で言った。
「離れた方がいい。ここはもうすぐ潰れる。」
「・・・・・・・・・・・・もうすぐ・・・・・・ですか?」
スーツ姿の男が疑問符を浮かべた。
「・・・・・いや・・・・・・・・・たしか雑誌には「今週中」としか・・・」
お喋りそうなスーツ姿の男は目を丸くすると、何かを考え始めた。
「・・・」
スーツ姿の男はしばらくすると、ハッ、と何かに思い当たった。
次にうれしそうに、「なるほど!」と言うと、今度は楽しそうに
「あなたがそのプログラムを作った方ですか!」
と、ボロボロの格好をした男に言った。
「・・・」
ボロボロの格好をした男は応えなかったが
「なるほどなるほど! そうでしたか!」
スーツ姿の男は一人大きなリアクションを見せると、興奮気味に持っていた鞄を持ち直した。
「・・・」
「厄介なやつに話し掛けた」と言わんばかりにボロボロの格好をした男がその場から立ち去ろうとすると
「あ! ちょっと待ってください!」
スーツ姿の男がそれを制止した。
「・・・・・」
ボロボロの格好をした男が半身だけ振り返ると
「そのプログラムを作ったあなたがどうしてここに? まさかわざわざ会社が株で失敗することを伝えにここまで? ・・・・・・それにそのボロボロの格好は?」
スーツ姿の男が矢継ぎ早に質問した。
「・・・」
街に風が吹いて砂埃が舞った。
ハッと、スーツ姿の男がまた何かに気付くと、今度はさっきよりも喜んで
「なるほど、なるほど! わかりましたよ!」
一人納得すると言った。
「・・・」
未だにボロボロの格好をした男は無言で、興奮気味のスーツ姿の男を一瞥しているだけだったが、それには構うことなく、一人スーツ姿の男は饒舌な話し方でつらつらと話し始めた。
「あなたは株を当てるプログラムを作った。しかしそのプログラムには欠陥があった。会社を去ったその後にそれが判明すると、予想の的中はただの偶然の産物であることを知ったあなたは、直したプログラムで次に予想が大きく外れる時点を知った。だが残された猶予があまりにも短く、訪れる大損害までにプログラムを直す時間がないことを知ると、会社が大損害を出した後に原因がプログラムであったことを知られては責任を追及されると思い、先に正しい説明をしに来た。そして––––––––––––––––そこで相手があなたの説明を聞かなければいいと・・・。なるほどそれでその格好ですか!」
「・・・・・・」
「歯は・・・? その髪は・・・? それは本当に抜いてるんですか・・・? とてもではないですが私はそんなことする気にはなれませんね」
おどけながら引いたような言い方でスーツ姿の男が言うと
ボロボロの格好をした男は
「違う」
口を開いた。
「プログラムは作ったが、会社はそれで金が手に入るとわかると強制的に俺を追い出した。少しでも多く金が欲しかったらしいが・・・。よくわからんな・・・・。プログラムのミスに気付いたのはその後だ」
「それはひどい話です」
話半分のテキトーな様子で相槌を打つスーツ姿の男の言葉を聞くと
「・・・」
ボロボロの格好の男が再び背を向けて歩き出した。
すると
「この会社、本当に潰れますか? これからプログラムに修正が入ったりしませんか?」
と、スーツ姿の男が声を張った。
腹に据えかねてボロボロの格好をした男は振り返ると
「誰なんだお前は」
と、苛立ちをあらわにして、スーツ姿の男に訊いた。
「私ですか? 私はこの会社のライバル会社の者です。私もあなたと同じですよ。この会社を潰しに来たんです」
「・・・・・・・・。そうか。・・・潰してどうするんだ」
「どうするってそりゃあ・・・。潰せばウチの会社が市場でトップに躍り出るんですよ。今日でこの街一番の企業はウチになるんです!」
「・・・」
ボロボロの格好をした男は無反応だった。
「ああ・・・! ではこれはどうです!?」
そんな様子を見て、スーツ姿の男が話を慌てて言葉を繋ぐと話し始めた。
「あの雑誌を読んでいない、ということは同じ雑誌社から出た別の雑誌の方も読んでいないのでしょうが・・・・」
スーツ姿の男はそこで言葉を一度区切ると
「でもあなたは気付いたんでしょう?」
そう嘲笑するような笑みを浮かべ、また噂話をするように
「1+1は3ではなく2だという事実ですよ。・・・いやはや! 私も最初聞いたときは信じられませんでしたが。どうやらそうらしいですね」
スーツ姿の男が言った。
「・・・」
恐慌の事態までの見識がスーツ姿の男には無さそうであるところを見て
ボロボロの格好をした男は再び歩き出すと
建物を後にした。
「・・・」
スーツ姿の男は、ボロボロの格好をした、不思議な男が遠くの景色へと消えていくのを見ていた。
少しして、スーツ姿の男は建物へと視線を戻し、目の前にある建物へと入ろうとした。
「・・・!」
そこでふと、自分がボロボロの格好をした男にした「なにをしにここまで来たのか」という質問に対し、自分の方もはっきりと答えていないことを思い出すと
すでに聞こえてはいないであろうボロボロの格好をした男の去っていった方向を見て
「ああでもあなたと違って––––––––––––!!」
声を張り上げた。
そしてスーツの開けた部分を自慢げに両手で持つと
「私は2ではなく3のままでいいと言いに来たんです!! この一着300万円のスーツを着てね!」
そう誇らしげに言うと
そのまま建物の中へと入っていった。
奇跡の街 楽 日影 @nwkndzws
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