第6話

6話

◉落ち目の仕掛け


 その日は近所の雀荘『三元』に遊びに行ってた。いつもいる常連客との麻雀。見飽きた顔だが、麻雀はいつやっても新鮮だ。同じ場面など二度と来ないのだから。

 今日は上家の小宮山さんがずっと不調らしい。彼はいつも強いから今日は遠慮なく勝たせてもらおう。回収回収。


 小宮山さんはもう肩で息をしていた。汗をかきながら今にも死にそうな目で牌を見つめる。



 小宮山さんにアガリがないまま、もう何時間が経っただろうか。ほんの千点すらアガれない。そんな時。


「チー」


②③④のリャンメンチーを小宮山さんがしてきた。久しぶりに小宮山さんの声を聞いた気がした。そのことに気付いて

(ここには絶対にオリないとだめだ!)と警戒。落ち目の仕掛けには絶対放銃してはいけないのだ。それは別に、流れがどうこう、勢いがどうこうといった類の昭和雀士の理論ではなくて、人間の心理から読み取ったものだ。

 今回も失点を重ねていて追い詰められてる小宮山さん。そんな人がそれでもリャンメンチーしたんだ。その事に注目しないといけない。

 つまりその手は満貫ある。必死こいて門前でテンパイさせなくても十分な勝負手で待ちも普通にリャンメンと読んでいい。しかも3面待ちよりもリャンメンの可能性の方が高いとも読める。

 少しでも、(いや、スルーでもいいかもな)と思える言い訳がある手であれば追い詰められた人はチーしない。というより、出来ないのだ。負けが込んでいる人は(リーチしてツモで仕上げて裏も乗せたい。一気に取り戻すにはそれしかない)という心理が働いて滅多な手では鳴けなくなっている。

 例えリャンメンチーして3面待ちが残る満貫であれ。

(この待ちならまだ鳴かなくてもいいんじゃない?)という言い訳を発動させるため鳴けなくなっている。なので小宮山さんの鳴きはリャンメン待ち満貫以上と読むのが正解。待ちは端に掛かっている1-4か6-9だろう。早くテンパイに取らないと切られてしまうという(今鳴くべき理由)があるのだ。


……………

 

流局


「…テンパイ」


 小宮山さんは6-9待ちの中ドラ3だった。予想通りだ。桐谷は9を掴んでベタオリを決めていた。運の悪いことにオリると決めた桐谷の所にばかり6-9はやってきた。


「……………………ラスハン……」


 ついに小宮山さんの心は折れた。ラスハンとは、このゲームを最後に帰ります。という宣言であり、この場合はギブアップという意味だった。


(なんか、悪いことしちゃったな)という気持ちに少しなった桐谷だが、そんな甘いこと言っていたら職業ギャンブラー失格だ。

 でも、あの小宮山さんの顔を見たら。少しそんな気持ちになるのも仕方がなかった。


ーーーーー


 ゲームが終わり小宮山さんは負け分をパサッと支払い席を立つ。

「おれ、明日引っ越すんだ。職場が茨城に変わるからさ。そんな遠くって程じゃないけど、もうここには簡単には来れない。だから今日は時間が許す限り遊んでこうと思ってたけど、これじゃあ無理だ。みんな、ありがとうな。楽しかった、ほんとに」


 そう言って小宮山さんは『三元』のみんなと別れた。


 そんなこと知らなかったから。だからあんなにしがみつくように必死だったのかとこの時気付いた。

 桐谷はその日小宮山さんに勝って稼いだお金を貯金箱に入れた。いつか、再会できた時。このお金で飲みに行こうと誘ってやるんだと決めてーーー

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あなた好みに切って下さい 光野彼方 @morikozue

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