第4話

母君子に適当な理由を言い、美津江は彼らの所に行く日を続けた。初めのころ、五六日は

毎日食べ物を持って行った。その内に、特に二人の子供たちは、言葉は理解できなかったけれども彼女に懐いて来るようになった。子供たちの親たちも、その眼には信頼の眼というか・・・そんな眼で接してくれるようになった。ただ、若い二人の男は相変わらず彼女に対して警戒感を持っているようだった。

そんなある日。

美津江がその白い服の家族の所へ通い始めて、二か月ばかり経っていた。いつの間にか八

月になっていた。母君子と同居する鬱陶しさは耐えがたいものであったが、その反面二人の子供たちとの関係はまだ意思疎通はうまく出来なかったけれど、兄弟姉妹のいない彼女には本当に楽しい日々が続いていた。

 その日。

洞窟に入って行くと、両親がそわそわと動き回っていた。美津江は、

「どうしたのかな・・・」

と、思った。というより、彼らの落ち着きのなさから何かが起こってしまったに違いなかった。彼女は二人の様子からそう感じた。その慌てようから、何かしら・・・想像がついたのである。相変わらず言葉は分からなかった。まして早口でしゃべられると余計に分からない。けれど、言いたいことがあるらしい・・・言おうとしていることは何とか想像がついた。

 どうやら、なかなか親密になれない二人の男の内ひとりがいなくなったらしかった。そのために、もう男の人の一人がどうやら探しに行こうとしている。それを止めている両親。ここが・・・この世界といった方がいいのかもしれないが、彼らにとって知らない未知の所なのだから、一人で行くのはとても危険である。二人の幼い子供たちも不安がっていた。

両親が必死にもう一人の若い男を止めている。このまま何の手立てもないまま、もう一人の若者は洞窟から出て行くようだ。

「待って!」

美津江は若い男の前に出た。今は若い男が洞窟の外に出て行くのを止めるしかなかった。

出て行ったもう一人の男が心配なのだから、探しに行くのは仕方がない。しかし、その白い服では目立っていけない。美津江は身振りで服を持って来るから待っていて・・・と言うと、洞窟から飛び出して行った。

二十分ばかりして、美津江は二年前に亡くなって父の服とズボンを持って戻って来た。そ

して、この服に着替えて、と彼らの前に持って来た服を差し出した。

みんなも美津江の言うことを理解したようだった。若い男が服を着替えると、もともと日

本人のような顔立ちなのか似合い、それにしても父の服が似合った・・・のはいいのだが、何処へ探しに行けばいいのか全く見当がつかなかった。

とにかく、大津市を探し回るしかなかった。身振りで、探しに行って来るから、ここから出ないで・・・といった。

「行きましょう」

と、美津江はもう一人の若い男に手で合図をした。彼女は、自分は美津江といい、あなたは・・・と訊いた。こちらの訊いたことを理解したようで、

「ヤン」

という名だと分かった。これで、少しは意志が通じ合うようになった。

さて、これから何処へ行くか・・・だった。出て行った若者はよれよれの白い木綿の服を着ていて、目立った。新羅神社の周りから順に聞き込んでいくしかなかった。

「白い木綿のよれよれの服を着た若い男の人を見なかった・・・」

と、訊くしかなかった。

誰もが首を振るか、怪訝な眼で美津江たちを睨み付ける人ばかりだった。なるほど、ちょっとしんどい人探しになりそうだった。だが、あの若い男をこのまま放っておけないのも事実だった。

まだ真っ昼間だった。こんな時に動き回っているとは思わない。でも、じっとしていられない気持ちが先に立ったに違いない。彼女はざわざわ騒がしい現在の街中にいるとは思わなかった。そこで、琵琶湖方面に向かった。あそこには大きな公園が二つあり、ヨットハーバーもある。それに何よりも琵琶湖が目の前に広がっていた。この人たちがどういう人種なのか分からなかったが、大きな湖は心が安らぐに違いない、と彼女は想像した。

「柳が埼に行こう」

 と、彼女はヤンの手を引っ張った。そこで、夜を待つしかなかった。彼女はそう決断をした。柳が埼湖畔公園に来ると、そこには目の前に琵琶湖が見え、潮のいい香りが鼻を突いた。多くの人がいたが、ヤンに父の服を着せて、正解だった。誰も不審な眼を向ける人はいなかった。とにかく、陽が落ちるまで待つしかなかった。

やがて、日は暮れたのだが、やはり何処を探せばいいのか途方に暮れ、美津江には全く手の打ちようがなかった。

 結論からいうと、もう一人の若い男は見つからなかったのだが、せめて、何処かに行った若い男の目的とかが分かればいいのだが・・・分からないのだ。それから四五日美津江だけでなく彼らもそわそわした日が続いた。

そして、数日後、白い服を着た異様な若い男の死体が見つかった。そんな報道がされた。深夜の国道だった。彼にとって、自動車は異様な動く物体だったの違いない。残っているみんなに自動車というものを説明しても理解されないだろう。

「車にはねられた」

のだ。美津江はこの事実をみんなに伝えられなかった。よれよれの白い木綿の服を着ている若い男なんて、彼女の知っているあの若い男しかいない。警察に行って、確認したわけではない。でも、間違いがないだろう。

あの家族はその内いなくなった。九月の初め、洞窟に行って見ると、いなくなっていた。

美津江には、あの人たちが何処から来て、何処へ行ったのか、知らない。ついに何処の誰なのも知らないで終わってしまった。

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