第3話

榊原美津江は背を屈め、鳥居に背後にある茂みに隠れた。新羅神社の奥の方からあの男の

子がやって来た。やはり、家はそっちの方にあるようだ。男の子はぶらぶらと遊びながら、こっちにやって来る。石を拾ったり、その石を遠くの方に投げたりしている。どうやらまだあの店に行くのは早いのだろう。まん丸い顔で頬が真っ赤。いかにも子供らしい顔をしていて、可愛かった。美津江は一人っ子で弟がいなかったから、余計にその思いが強かった。

 そんな様子を眺めていて、彼女は少しも飽きが来なかった。やがて男の子は遊び疲れたからなのか、神社からいなくなった。多分、あの駄菓子屋に行ったのだろう。

 そのうちきっと来るだろうと思い、男の子を待っていると、手に駄菓子を持ちやって来た。彼女は茂み深くに隠れ、彼の後を付け始めた。今日も星はきれいに輝いていた。

 男の子は後ろを振り向かずに、お菓子をもらったのが嬉しいのか、小さな体がはずんでいるように見えた。彼女は新羅神社の奥の方まで入ったことはなかったのだが、鳥居の近くはともかく奥は雑草も生えていて、この時間になるとかなり暗く不気味に感じた。

 美津江はどうしようかと迷ったが、ここまで来たのだから行って見ることにした。行く先は雑草ばかりでなく、樹木も大きく茂り、見上げても夜空が見えづらかった。

 しばらく行くと、男の子は雑草の中に消えてしまった。彼女は驚いて足を止めたが、怖がらずに男の子を追った。雑草を掻き分けて行くと、中は洞窟になっていて、奥の方に明かりが見えた。数人の声が聞こえた。美津江は身をかがめて、近づいて行った。

 この時、男の子は何かをしゃべった。

 「・・・」

 美津江には何て言ったか分からなかった。日本語でないようだった。しばらくすると、さらに奥の方からいくつかの白いものが動いているのが見え、男の子に近付いて来た。彼女は身を隠し、その様子を見守った。焚火なのか、火の周りにはいろいろなごみのようなものが散らかっていて、そのどれもが食べ物のようだった。太い木で三脚が作ってあり、鍋が掛かっていた。

 どうやら彼らは家族の様に見えた。男の子とさらに小さい女の子がいた。そして、多分二人の父と母なのだろう、男の子を囲んで、彼が持って来た駄菓子を見て、微笑んでいた。互いにニコニコと笑いながら食べ始めた。もう二人、若い男が少し離れていて、ぼそぼそと何やら話していた。

 (誰なんだろう・・・?)

 日本人のようにも見えたが、どことなく違っていた。気になった。少し怖い気分は合ったのだが、思い切った行動に出ることにした。彼女は度胸を決めて、立ち上がった。

 美津江は何と言ったらいいのか戸惑ったが、

 「こんにちは・・・」

 と、日本語で声を掛け、ゆっくりと近づいて行った。

 すると、二人の子供を守るように男が、美津江の前に立ちはだかった。みんなが突然現れた女に浴びえていた。いけない・・・と思った彼女は、微笑んだ。まだ、彼らが誰なのか分からない。だが、敵ではない、と思った。少なくとも、彼女にもそれは判断出来た。自分もあなたたちの敵ではない、と思わせなければならない。そこで、彼女は話しかけることにした。

 「大丈夫です。怖がらないで下さい。怪しいものではありません。言葉が分からないから、ここで何をやっているんですか?あなた方は何者ですか?」

 と、訊いて、その反応を待った。

 大人はともかく子供たちを観察していると、彼らはどうやらお腹を減らしているように思えたか。がむしゃらに駄菓子を食べている。彼女は自分が言ったことを、この人たちがどれだけ理解したのか分からなかったが、言葉は分からない。しかし、この人たちと近付きになるのは・・・と思い、

「ちょっと待っていて下さい」

 と、言って、洞窟から飛び出して行った。

 美津江は近くのスーパーマーケットに行き、パンとかおにぎりを買って、戻った。そして、彼らの前に買って来たものを置き、このようにして食べるんだと示し、自分から食べ始めた。最初は戸惑っていた彼らだが、まず子供たちから食べだした。もちろん、ペットボトルも二三本買って来ていた。不思議そうにそんな美津江を見つめ、親たちも食べはじめた。奥にいる若い二人も、その表情は崩さないが食べた。

食べた後、特に子供たちは、美津江に微笑んでくれた。美津江も満足だった。家に帰った後、彼女はすぐにベッドの飛び込んだ。何処へ行っていたの、とか母君子はうるさかったが、彼女は無視をした。

 朝飯を食べている時、母がこんな話をした、

 「新羅神社の辺りで夜白いお化けの集団を見かけるんだって・・・」

「えっ!」

美津江は食べるのを止めた。

「それは・・・」

と、言い掛けて、美津江は口をつぐんだ。

(ひょっとして、あの人たちのことでは・・・)

ないのか?考えられないことではなかった。

君子はつづけて、

「何でも、あの辺ではちょっとしたものが亡くなっているらしいのよ。だから、あっちの

方にはいかないでよ。警察でも夜回りをしているらしいよ」

といい、十九歳の娘を睨んだ。

もし、白いお化けがあの人たちなら、動き回るのは夜しかない。ひょっとして今ごろ・・・

と、美津江は想像すると、駆け付けて行きたかった。その気持ちを今は懸命に抑えた。

(とにかく、明日も行って見よう・・・)

母には適当な理由を言って、毎日でもあの人たちの所に行ってやりたい。そして、なぜだか分から

ないが、力になりたいと思った。

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