第16話 親子
シュルシュルと舌を覗かせて私を見つめながらお話ししているところ申し訳ないのですが、トカゲさん達同士の会話がわからなくて、私はとてもとても不安なので、こちらから話しかけてみる。
「ええと、この子達はご家族でしょうか?」
「ああ、そうだ。
3匹とも愛する妻が残していった我の大切な子供たちだ」
3匹?
今3匹って言った?
あれ?
私、数が数えられなくなっちゃったのかな?
1番大きなのは口ぶりから父親らしいし、子の1匹はあのキリン象サイズの子で、もう1匹は馬ラクダサイズの子。
もう1匹いる??
どこにいるんだろう?
全く見当たらない。
私が急にキョロキョロしだしたのを見かねてか、親トカゲさんが口を開いた。
「まだお前には見えていないのだ。
すまぬが、もう少し待ってやってくれ」
「あ。はい」
まだ私には見えていないのか。
なんだ、それなら待つしかないわね。
━━
待つこと数分が過ぎた。
熱さによる汗をかきながら待っている。
この沈黙というか、シュルシュル音だけを聞いて待っているのは肝が冷えた。
あまり体に良くなさそうだし、そして精神にも良くないと思います。
「もう少しだ。
今お前の元に向かっている」
重く低い声がそう告げる。
私の元に向かっている?
私は1番大きな父親トカゲさんの顔を見ながら待っていたので全く気づかなかった。
どこかに子供のトカゲさんが居るらしい。
視界の端、足元で何かが動いた気がした。
それはこちらに一直線に向かってくる。
時おり舌がチロチロと見え隠れするその姿はまさに他の3匹と同じフォルム。
しかし、小さい……。
とてもとても小さい……。
普通のトカゲと同じか、それよりも小さい。
しゃがみこんで手を差し出してみると、その子は躊躇することなく私の手に乗った。
一瞬熱いかも、と思ったけれど、それほど熱くはない。
むしろ適温。
赤ちゃんとか小動物とかは温かいけど、そのくらいの温度なのかもしれない。
手のひらに収まるくらいの小さなトカゲさんが、私の手のひらの上におさまっている。
チロチロと舌を出してこちらを見ている。
ちょっと可愛いんですけど。
皆さんこのサイズ感だったなら歓喜してました。
「実はお前に頼みがある」
父親トカゲさんはその重く低い声で話し始めた。
━━
なんでも、彼らは火を食べる種類(?)のトカゲさんらしく。
末っ子のこの小さな子は、ここではあまりうまく火を食べることができていないらしい。
というのも、火は父親トカゲさんが森の自然火災などを見つけては口に溜め込んで持ち帰って来るのだけれど、他の2匹が食べ盛りで、残り火(?)が少ないそうだ。
しかも、大きさ的にも父親トカゲさんが用意した火では大きすぎてそのままでは食べられない。
そのせいでどんどん体の中の炎が減っていって、体もどんどんしぼんでいるらしい。
それでも他の2匹の分を用意するために、今の方法を変えることはできず、どうしたものかと手を焼いていたというわけだ。
今ではこの通り、小さくなりすぎてしまって、どこにいるのかも追えないことがあるという始末。
私なら小さいし、人間は他の動物と違って、火の扱いに長けているから、この小さなトカゲ(末っ子)さんに火を食べる手伝いをしてほしい。
と、そういう相談だった。
━━
「お話はわかりました。
でも、どうやって火を食べさせるんですか?
私はあなた達の生態をあまり知らないので、お役に立てるかどうか……」
「うむ。
適当な大きさの火があれば我らは食べることができる。
それに雨に当たるのは良くない。
水につけるのもダメだ。
体の中の炎が費やされ、体を維持できなくなる。
食べないことが続けばその子のように体が小さくなっていき、じきに体温を失い死んでしまう。
その子もこのままでは長くは持つまい。
だから、できる限り火をたくさん食べさせてやってほしい。
我からの頼みはそんなところだ」
「私以外の人間。
雄の人間は見たことがあるんですよね?
どうしてその人にはお願いしなかったんですか?」
「雄は好戦的だ。
我らを殺そうとする。
前にここが水攻めにあったこともある。
幸い雨がなかったから外に逃げ出したが、そ奴らは燃やして子供たちの肥やしにさせてもらった。
1人は丸々と太っていて脂肪がたくさんあったからそれなりによく燃えてくれた。
しかし、見たとこお前は小さく、脂肪もそれほど蓄えていないようだ」
どこを見て言ってらっしゃるのかしら。
失礼なことをおっしゃいます。
私だってそれなりに…………。
いえ、それは元の世界でのことで、この世界に来た時に色々と縮んでしまったんでした……。
「これまでのところは、あまり好戦的のようにも見えんしな。
脂肪がついていないものはあまり燃える火も期待できないから、お前が協力してくれるならありがたいのだが……。
もしもお前が断るというのなら、いたしかたがない。
燃やしてしまって、この子らの肥やしにさせてもらう」
どうやら初めから断るという選択肢は残されていなかったらしい。
その大きな目でギロリと睨むのはもうやめてほしい。
別に断れないならしょうがないかと、すでに受け入れられそうな心境ではあるのだから。
でも、一つだけ気になることがあった。
「あなたはどうして人の言葉を?」
「我は…………」
そう言い淀む父親トカゲさん。
トカゲの表情がわかるわけではないのだけれど、どうしてかわからないけれど、少しの間だけ、父親トカゲさんの表情がなんだか悲しそうに見えた。
「我は遠い昔……。
人間に飼われていた。
しかし、人の手には余るほど大きく育った我を、人は持て余したのだろう。
そして我は捨てられたのだ。
人の言葉はその時に覚えたもの。
我が捨てないでくれと話しかけたところで、人の道理とやらには我の言葉が通ずることはなかったがな……。
その後に出会って襲ってきた雄の人間どもにも、やめるようにと話しかけたが無駄であった……」
「そうでしたか……それは失礼なことを聞いてしまいました」
「いやいいのだ。
我が人間に飼われていたのは、もう数百年も前のこと。
とうに恨みなど潰えてしまったわ。
我を飼っていた人間も、もう生きては居まい。
襲ってきた輩もすでに腹の中におさめて消化した。
これ以上恨む必要はあろうはずもなかろう。
それよりも。
見た限り、お前は随分とボロボロだな。
相当に苦労をしているように見えるが……。
お前にはやはり無理な相談であったか?
あきらめて我らの肥やしになる道を選ぶか?」
父親トカゲさんの瞳には、私と、それから私の手のひらにのる子トカゲの姿が映っていた。
その瞳の奥には、父親として子を慈しむ優しい光が見えた気がした。
私の心はとうに決まっていた。
「やらせてください」
「ふむ。
なるほど……やはりお前は度胸がある。
そして、
「?」
「いや、年寄りの戯言だ。
気にするな。
我はフレイムリザードのジュガテインだ。
我が愛する息子、シュガルインを、どうか頼んだぞ」
「はい」
親が我が子を誰かに預ける。
並大抵の決断ではない。
それでも、この子が死んでしまうよりはと、子を想う親心は、私の心にも響いていた。
頼まれたからには、絶対に死なせない。
このシュガルインというトカゲの子を、私の手でお兄さん達のような立派なフレイムリザードに育ててあげたい。
そう思った。
「それじゃ、よろしくね?
シュガルイン」
私の言うことを理解しているのか、手のひらの上でシュガルインがチロチロと舌を出して私の顔を見つめている。
この子とはうまくやっていけそうな気がする。
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