第15話 雨宿りの洞窟

濡れた体で洞窟の奥に進もうと、足音をたてないように1歩ずつ進む。

曲がり道にさしかかり、身構えつつおそるおそる慎重に。

苔の光に目が慣れてきて、暗い洞窟の隅まで目を配りながら進む。


あれは……なに?


曲がった先の天井に、何かが光っている。

苔の光とはまた違う小さな明かりが天井に密集している。

しかもその光は、よく見ると少し動いているように見える。

いや、うごめいている?

集合体恐怖症ではないけれど、思わず鳥肌がたってしまった。

あの光はどうやら生き物らしい。

暗いので天井までの正確な距離や、その光る生物のサイズ感もわからないけど、とにかく数え切れないほどいる。

耳を澄ますと、キー、キーと小さな鳴き声をあげることもある。


突然その光る生物がバタバタという羽根音と共に洞窟内を飛び回り始めた。


「きゃああ!!?」


洞窟の壁に当たることもなく飛び回るそれは


「コウモリ!?」


光るコウモリだった。


私は膝から血が出ていることを思い出し、膝を覆うように隠して身を低くした。

吸血鬼のモデルにもなったコウモリは、生物の血を飲む。

この数に血を飲まれたら絶対に助からない。

しかし、あの飛ぶ速度から逃げられるとは思えない。

私ができるのは、ただ縮こまって身を固くすることくらいだった。


だけれど、バタバタという羽根音はするものの、一向にこちらに向かって来ることはなかった。

スレスレを飛んでいるような風を感じることはあっても、決してぶつからない。

そればかりか、羽根の音も次第に小さくなっているような……。


「もしかして、吸血しない子達?」


顔を上げると、飛んでいるもの達はまばらで、すでに天井に張り付いて塊になりつつあった。

コウモリは確かに吸血する種類もいるが、その種類は極少数で、実際には主食が花の蜜や樹液、果物、草木やキノコなどを食べる草食の種類が圧倒的に多いという。

ここのコウモリも、どうやら私を襲うために飛んだわけではなかったらしい。

私が住処に踏み入ったから警戒したのかもしれない。


「びっくりしたぁ……」


屈んだまま安堵の息を吐くと、ふと周りが数瞬前よりも明るいことに気がついた。

コウモリ達の光は天井に集まっていて、先程と余り変わらない。

コウモリの光ではないもっと明るい何かがここを明るくしている。

光はちょうど、この洞窟の横壁に開いたちょっとした穴みたいな所から広がっているようだ。

あの穴のところから、まるで外の日が射しているような明るさがある。


「なんだろう?」


気になってその穴を覗いてみる。


……


…………


………………


全身ずぶ濡れなのに、徐々に体が乾いていく。

少し熱いと感じるくらいの熱気が穴から漏れてくる。

服や体が乾くかわりに、じっとりと嫌な汗が全身から吹き出てくる。


でも、『ソレ』から目が離せない。

ヘビに睨まれたカエルの気持ちが今なら分かる。

元の世界ではありえないくらい大きな、生き物の目が穴の奥からこちらを覗いている。

そして思いっきり目が合ってしまった。


「コウモリ達がバタつくものだから何かと思ったら。

なんだ……人間か」


落胆の滲む声。

もちろん私のじゃない。

この目の持ち主の声だろうか。

地面から轟くような重く低い声と共に視線が逸れる。

ようやく体の自由が効くようになったような気がした。


「おい、そこの人間。

ちょっとそっちのかどを曲がってこっちに来い」


「ひ、ひぇぇ」


私は後じさりして引き返そうとする。

あんなのに関わるべきじゃない。

目つきからして肉食系だった。

確実に私を殺せる。

きっと一捻りよ。


「逃げるなら殺して我らの肥やしにでもするが?」


またあの目がギロリと私を見据えた途端、体が動かなくなった。

というか、体は動く。

相手に金縛りをかけられている訳ではなかった。

だけれど、恐怖に支配されてのが正確なところ。


逃げたら殺される。

逃げなくても死ぬかもしれない。


でも、私のとる行動はより生存確率の高い方。

話かけてくるのだから、こちらの話も通じるはず。

行って見逃してくれるように話すしかない。

逃げたら確実にられるなら、逃げずにどうにかするしかない。


「わ、わかりました。

そちらに参りますから、殺さないでくださいね?」


「生きるか死ぬか、そいつはお前次第だ。

とにかくこっちに来い。

話はそれからだ」


視線が逸れた。

私は意を決してその大きな瞳の持ち主の言う方向に足を踏み出した。


角を曲がれと示された方向には10数メートル先に曲がり角があった。

あの瞳の大きさからすると、相当な体躯の持ち主だろう。

私なんかは足元にも及ばないかもしれない。

踏み潰されたら一貫の終わり。

悪い想像しか膨らまない。

やっぱり戻った方がいい?

でも、追ってきたら逃げ場がないし、今の私には逃げ切れるほどの気力も体力もないと思う。


「遅いぞ。

まだ来ぬのか」


急かされてしまった。

逃げようと一瞬迷ったことを見抜かれた?


「い、今向かっております。

もうしばしお待ちください」


先程からどうにも敬語を使ってしまう。

相手が強大なのが分かっているので、どうしても言葉にも畏怖が混ざってしまう。

恐ろしくて怖いものには、何故か敬語を使ってしまう。


ようやく曲がり角に着き、曲がった先には下り坂があった。

下り坂の先に明るい光が見える。

あそこまで行けばいいのね?

ここまで来たらもうあとには引けない。

すぐ近くにあの目の持ち主がいるのがわかる。

下り坂を降りていても、壁越しに熱が伝わってくる。

私が坂を降りていることを知ってか知らずか、あの目の持ち主は何も言わない。

私が引くことができないところまで来たことを察しているのかもしれない。


もしかしたら、さっき逃げておけばまだ逃げられたのかもしれないし、どうなのかはわからない。

けど、ルブラン以外で話ができる。

それだけが何故か私の気持ちをあの目の持ち主の方へ行くように駆り立てた。


首からぶら下げてきた穴あきの木の実が乾燥したお陰でまたカラカラと鳴るようになってきた。

坂を降りきって、少し広い場所に出た。


「この目を見ておきながら来たか。

お前はなかなか度胸があるようだな」


褒められた?

それにしても、大きい……。


それは、明るく輝く赤い鱗に覆われた皮膚を持っていて、胴が長く尻尾もとても長い。

全長は20メートルはあるだろうか。

いや、もっとあるのかもしれない。

大きすぎて遠近感がわからなくなる。

もしかしたら、恐竜の再現展示で見るくらいの大きさかもしれない。


胴の長さに比べると短い手足がついている。

顔は肉食のそれで、知っている爬虫類の中ではトカゲによく似ている姿をしている。

あの大きな口で私を丸呑み、とか普通にできてしまいそうだ。


「ただいま参りました」


一応、震える声を発しながら頭をさげておく。

この作法が通じるとは思えないが、とりあえず私にできる失礼のない所作を心がけ、まずは向こうの出方を伺った方がいい。


「お前は……。

もしかして人間の雌か?

初めて見たぞ」


私は大きな目がこちらをしっかと捉えているので、体が言うことを聞かない。

首をガクガクとぎこちなく縦に振って、必死で肯定を示す。


「おい、お前たちも見てみないか。

これが人間の雌だぞ」


長い舌をシュルシュルと言わせて誰かに私を見るように言っている。

こんなのが何匹もいたら私が逃げることなんて到底不可能だ。


まず1匹。

目の前の大きな赤いトカゲさんよりも二周ふたまわりほど小さなトカゲさんが大きなのの首の後ろから現れた。

巨大な体躯に完全に隠れていたのは、サイズが小さかったからか、それでも十分に大きい。

キリンとか象くらいのサイズ感である。

舌をシュルシュルして、大きいのと話しているのかもしれない。


続いてもう1匹が遅れて奥から這い出てきた。

今度は更に小さい。

それでも人よりは少し大きくて、大人の馬とかラクダくらいの大きさはあるだろうか。


全部で3匹かな。

お前たちと言っていたから、複数いることは確かだけど、2匹なら複数よね?

シュルシュルと3匹で舌をだしたりチロチロさせている。

きっと私にはわからないトカゲ語か何かで会話しているのかもしれない。


大きなトカゲさん達に囲まれて、これから私はどうなってしまうのだろう。

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