第14話 不安的中
雨が降ったとしたら、すぐに止むとも限らない。
傘や屋根もないところではずぶ濡れになってしまうことは防げない。
その上、火まで消えてしまったら、体を温める手段もなくなり、しばらく火起こしもできない。
低体温症になればしばらく動けないし、雨が止まずにそのまま死んでしまうことも有り得る。
あまりにもリスクが高すぎる。
考えただけでまずそうなのはわかる。
自然と池に戻る足は早まり、足元への注意が散漫になってしまう。
ズルッ……
「きゃあっ!!」
雲行きも怪しく、池に引き返す途中、焦りの余り足元の木の根の上にツルが張っていたのに気づかず、ツルを踏んだ。
瑞々しいツルの表面は滑りやすく、足置いたツルも生き生きとしていた。
その結果、足は滑り、私は転んでしまった。
「痛ったぁ……」
見ると膝を擦りむいて、血が少し滲んでいた。
傷をよく見ようと膝に顔を近づけた次の瞬間。
森が一瞬白く明滅した。
「え!?」
……………………ドゥゥゥン………………
「手当してる場合じゃないよね」
かなり遠いが、雷だった。
このままこんな所に座っていたら、雷を伴う雨にうたれてしまう。
手当てを後回しに、立ち上がり、池までの道をまた急ぐ。
今度は足元に集中しながら、できる限り早く!
焚き火に戻ってきた。
すぐにラックにかけておいた穴の空いてしまった木の実を焚き火にくべて、息をふきかけた。
木の実はとても繊維質で、乾燥させた木の実に火をつけてからその火を消すと、煙が数分から数十分持続する天然の持ち運びの火種になる。
穴が空いていて丸1日以上風にさらしていたので、ある程度乾燥しているはず。
成功を祈って息を吹きかけていると、木の実に火がついてくれた。
あとは燃えている木の実を焚き火から取り出して、その辺の葉っぱなどで火を揉み消す。
煙が出ていて、吹けば赤くなる火種の完成だ。
「上手くいってくれたみたい。
あとはこれが消えちゃう前に、薪をできる限りさっきのあの窪みのところに持っていって火をつけるのよ」
声が震える。
危険が迫っていることを意識して血管が収縮し、心臓が早鐘のように血液を送り続ける。
脳へも酸素を平常時以上に供給していて、呼吸も荒い。
それもそのはず。
遠くで鳴り響く雷の音と、微かな雨音が迫っていることはわかっていた。
脳が、心臓が、肺が、危険信号を送ってくる。
アドレナリンが放出されているおかげで膝の怪我の痛みはない。
傷口を洗ったりしている余裕がないことも承知していた。
仕掛けておいたウネウネの魚用罠は今度回収しに来ればいい。
急いでできるだけ多くの枝をロープに括り、小枝と葉で、火種にした木の実を掴み、足早に池のほとりの焚き火から立ち去る。
「はぁ、はぁ、はぁ!
急が、ないと!はぁ!」
地面に突き刺した目印の枝を目で追いつつ、森の中を急ぐ。
徐々に迫る雷や雨音がもうすぐここに降り注ぐことを予感させる。
口に出してしまうくらいものすごく焦っている。
アドレナリンの力で、足元をしっかり見て、意識を集中しながら進む。
手に持った木の実の火種は早く動かすと赤くなる。
時おり飛び出す火の粉が、草木に飛び移らないかも心配だが、今ならもうすぐ来る雨ですぐに消し止められるだろう。
数百メートル、数十メートル。
どのくらいの距離かはハッキリとしないが、確実にこちらに迫ってきている雨音。
一つ一つの雨粒が木の葉に当たり、バツバツという音がなり、それが多重に重なり合って、ザザーッという雨の音が合成される。
音からして雨足は相当強い。
この森全体の植物を支えるだけの水量が迫りつつある。
最後の目印の枝を通り過ぎて岩肌が見えてきた。
あともう少し!
そんなタイミングで頬に雨粒が当たった。
「ちょっと待って!
もう少しだけだから!」
雨雲にそんなことを言っても通用しない。
雨はすぐに私の体を濡らしていく。
咄嗟に木の実で作った火種をお腹に抱えるようにして
岩肌沿いに走りながら先程遠目から見つけた岩の窪みを目指す。
火種をお腹に庇っているので、火種が生きているか確認できない。
もう少し、あの岩の角を曲がれば天然の屋根がある!
地面は岩が露出していて、雨が多いところなので、岩が水に侵食されて表面がなめらかになっている。
その上に苔がビッシリと生えていて、当然ながら滑りやすい。
そんなところに疾走してきて突然曲がろうとすれば、慣性が働いてカーブの円は膨らみ、コースアウトする。
岩に激突したくなければ、先に勢いを殺しておく必要がある。
私は徐々に走る勢いを落としながら、岩の角を何とか曲がって岩の窪みに滑り込んだ。
「火種!火種は無事なの!?」
全身がずぶ濡れだった。
このままでは風邪をひく。
火がないとやばい。
「うそ……はぁはぁ……そんなっ……」
消えていた。
煙の一筋も登らない……。
抱えていた場所を見ると、しっかりと濡れている。
全身隈なく濡れている。
持ってきた薪すらも濡れている。
たとえ火種が生きていたとしても、薪がこれだけ濡れていてはつくものもつかないだろう。
火はつけられない。
「……はぁはぁ……ゴホゴホッ……ん、はぁ……」
ずるずる……とすん
力無くその場に座り込んでしまった。
火が消えたことによるショックが大きく、アドレナリンが切れたせいか、走ったことによる息苦しさが降って湧いてきた。
少し咳がでる。
「(小声)……ルブラン……ねぇ……私、どうしたらいい?(小声)」
こんなに時、もしルブランが声をかけてくれたら、少しは不安が紛れるんだけど、あいにく小声で呼びかけても返事はない。
あとはこの雨が早めに過ぎ去ってくれることを祈るしかない。
日が出ている時間帯に雨が過ぎてくれれば、まだ少しは希望がある。
体を温めて低体温症だけでも防ぐことができれば、持っている枝をここで風雨をしのいで乾かしておけば、また弦式の火起こしを試してみることくらいはできるだろう。
着火する可能性は低いが夜を越すには火がなければ難しい。
最悪寝ずに体を動かし続けて低体温症を防ぐことができないかを試すしかなくなる。
その場合、明日動ける体力は保証できない。
どちらにしても雨がやまなければどうにもならない。
幸い風向きだけは良く、天然の屋根で今のところは雨風をしのげてはいる。
風向きが変われば吹き込んでくることが予想されるから、窪み程度では雨にあたってしまうかもしれない。
「……この窪み、けっこう広い……」
岩の壁面や地面にも苔がチラホラとくっついていて、ぼんやりとした光がある。
遠目から見た時には、ちょっとした窪みがあるだけかと思っていたのだけれど、実際にきてみたらもっと幅があって奥に続いている。
入口から見えるだけでも、奥行30、40メートルはあるだろうか。
そこから奥は道が曲がっているので、どのくらい先があるのかわからない。
ここは窪みというよりは、洞窟といった方がしっくりくるかもしれない。
どの道、雨はまだ止みそうにないから、雨宿りはまだまだ続く。
濡れた体の体温が冷えきらないうちに、中の様子を見ておいた方が良いのかもしれない。
へたりこんだその場から、岩肌の壁に手をついて立ち上がる。
何があるのか分からないのは不安要素だ。
もしかしたら、狼などの群れや熊なんかの肉食動物の巣があると絶体絶命になる。
そうなれば雨宿りどころではない。
ぼんやりと光る苔の明かりを頼りに、奥へとおそるおそる歩を進めていく。
幸い道は1本道。
迷う心配がないことだけが今の私の唯一の救いだった。
不思議と洞窟の奥に行くほど空気が温かい。
岩が外気を遮断して保温してくれているのかもしれない。
奥にいけば体を乾かしたり、温かいまま夜を明かすことができるかもしれない。
少しの希望も胸に、曲がりくねった洞窟の奥へと足音を
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