3日目
第13話 天候への不安
サバイバル生活2日目の夜にしては良い晩ご飯だった。
お腹いっぱい、エネルギーも栄養もいっぱい補給して、このまま寝てしまうのはなんだかもったいない。
それに、昼間に数時間寝てしまったのもあってまだ眠気に耐えられる。
温存するのもいいが、やることはたくさんある。
昨日も今日も、すごく晴れていた。
しかしいつ雨が降ってもおかしくない。
この森にキノコが多く、苔もいたるところに生えているのは、地下水源があるからだけではないと考えている。
キノコも苔も、ジメジメしたところに好んで自生する種類が多い上に、どちらも地下から水を吸い上げるような根の機能はもっていない。
それなら、どうしてこの森にはたくさんのキノコや苔が生えているのか。
おそらく、雨が多い、または、雨が降った時に蓄える水分量が多いという可能性がある。
今の私の生命線であるこの焚き火は、頭上に木の幹があり、運が良ければ傘代わりになるかもしれない。
けれど、雨と風の勢いや向きによっては、たちまち消えてしまう。
それに池の近くなので、池の水が強風などに煽られてうち上がってきた場合にも、すぐに鎮火してしまう所にある。
拾い集めた小枝や長めの枝も、結局は野ざらしとほとんど変わらないので、雨や池の水で濡れてしまっては薪にならない。
まずはこの場所以外で、雨風をしのげて、池の水が押し寄せないところに移動しなければならない。
そして池の水や魚をとりにくるのが苦にならないような近場にそういった場所がほしい。
今日はもう夜なので、場所を探し始めるのは朝日が昇ってからになる。
けれど、準備だけは今からでもできる。
森の探索がメインになるから、探索範囲を広げるために、以前作った目印の枝が大量に必要になる。
今朝たくさん木の枝を集めてきていたので、それらを活用する。
薪集めは火の安全を確保してからでもできるから、探索が最優先だ。
夜の間にできる限り長めの枝に印をつけておきたい。
数往復分の枝に印をつけた。
この作業は単純だけど、指先に力がいる。
あまり力が入らなくなってきたので、今日はこれ以上無理はしないでおく。
それから、印を付けている時に思ったのだが、この印入りの枝を持ち歩いたり、薪の材料などを拾う時に片手が塞がってしまう。
集めた材料で、何か手を塞がないように持ち運ぶ対策ができるかな?
罠作りに使った細長い茎の余りを、半分に割いて曲がりやすくした。
半分の茎を何本も組みあわせて、簡易的なロープを作ってみた。
枝を1本1本抱えるには、もう片方の手で既に持っている枝にのせたり、差し込んだりする必要がある。
集めている時、何度かバランスを崩して拾い直すこともあった。
ロープを巻き付けて、肩などからぶら下げられた方が両手の自由度が増す。
探索中も薪などの材料を拾い集めながら進められるし、印付きの枝がなくなっても補充できる。
一人で出来ることには限界があるけれど、工夫を凝らすことで、できることを少しでも増やしていくことが仲間の手を借りられない時のジリ貧を防ぐ唯一の方法になる。
これまで見聞きしてきた知識をフルに使って、活路を少しづつ見いだしていきたい。
焚き火の近くで暖をとりながら草の上に寝転ぶ。
木々の葉が風で揺れたり、池の水面の水音が聞こえてくる。
東京にいた時はこういう大自然に行くのはキャンプやBBQの時くらいで、普段は人の生活音や車の行き交う音、信号の音、電車の音などの都会の音に囲まれていた。
キャンプに行くと、キャンプ場には人々があふれていて、そこかしこで話し声や音楽などの喧騒に囲まれてもいた。
今のように、風や葉や水の音を静かに聞けることはないだろう。
リラクゼーションサウンドなどの上質な音のよう。
都会では経験することのなかった過酷さと併せて、都会では贅沢だと感じていたものがここにはある。
どちらが幸せかと問われれば、私は死ぬのは嫌なので、都会の暮らしの方なのかもしれない。
だけど、どちらかを好きに選ばせてくれることはないのだろう。
結果として今私はここにいる。
全身の疲労感は明日も続くだろう。
こんなにヘトヘトになり、それでもまだ動き回ることなんて、元の世界ではなかった。
疲労のおかげで、少し痛いけど草の上でも眠ることができる。
「早くもっといい引越し先、見つけなきゃ……」
どんな所が良いかを想像しながら、いつの間にか眠っていた。
━━3日目
夜明け。
日が登ってくると徐々にあたりも明るくなる。
今日は森をもっと探索して、ここより安全で、安定した生活が送れそうな場所を探そうと思う。
朝一で池の近くに穴を掘り、水が染み出てきたら掻き出して、水が澄んで来るのを待つ。
済んだ水がでてきたら、大きめの葉を刈り取って水を掬って、苔の上に水を垂らす。
苔から垂れてくる水を飲む。
葉から直接飲むと、ミネラルウォーターとかと違って少し土っぽい独特の味がする。
正直、これを飲み続けるのはつらい。
けれど、苔を通したら、ほんの気持ち程度に清涼感のある水が飲めることを昨日知った。
試しに苔自体を小さくちぎって、舌先にのせて少しだけ噛み潰してみた。
ミントとはまた違う清涼感があって、胡椒のような舌に少し刺激のある不思議な感じがした。
あれを沢山食べるのは無理そうだけど、ハーブのように乾燥させたりしてお茶にしたり、塩と混ぜて料理に使ったらどんな味がするのだろう。
苔には金属を凝縮させる働きがある種類もあるので、ミネラルが含まれているかもしれない。
元の世界で見た動画で、赤い苔を大量に集めて燃やすのを繰り返して、燃えた苔の灰の中から砂鉄を集めて、小さなナイフを鍛造するものがあった。
この世界の金属ももしかしたら苔からとれるかもしれない。
今は設備がないので作るのは無理だけど、金属のナイフや小槌などがあれば、生活に必要なものをつくれる幅が一気に広がる。
木の実をいくつか食べて、ウネウネを集めて罠に結び付け、池の湧き場に沈めてきた。
体を乾かし、服を着て、昨夜用意した印付きの枝を簡易ロープでまとめて肩にかける。
ここまでの一連のことを済ませるのに1時間半以上はかかってしまう。
拠点を遠くに作ってしまうと、更に往復の時間が嵩む。
近くに良いところがあることを願っている。
「まずは北に行こう」
目指す方向は、池に罠を仕掛けに行く時に見回して目星を付けた。
北の方向だ。
いや、この世界に北という方角があるのかすらわからない。
けれど、とにかく朝日が出て沈むまでのちょうど真ん中の時間帯に日が射す方向を南と見立てて、その逆側に進もうとしている。
一般的に、南側に窓や開口部のある家の中は明るい。
なので、もし屋根を作ったりそれと同じ機能を持つ場所が見つかった場合、南側に窓や戸口を付けておけば、日中のだいたいの時間を明るく快適に過ごせる。
南向きの家を建てられる敷地は競争率が高く、基本的にその他の敷地よりも高値になる。
南向きの住戸が好まれるのはこういう立地条件として、普遍的に良い効果を発揮してくれるからだ。
北に進めば、池を背に進むことになる。
つまり、池の方角は南。
池の方向が長時間明るい方が、水汲みや罠を仕掛けに行ける時間も確保しやすい。
池の東や西に拠点を作ってしまえば、朝か夕方のどちらかは道が暗くなるので、水汲みや罠を仕掛けに行ける機会を減らす要因になりかねない。
生存に必須の条件として水と食糧の確保できる場所に優位な地形を見つけることが、生存確率を上げる助けになる。
周りにあるものや地形を見てより良い方を選択しなくては生きることも難しい。
ロープで括って持ってきた印付きの枝を使い果たしそうなところで、目の前に岩肌が見えてきた。
北を目指した2つ目の理由として、池から周りを見渡した時、北の方角に高地が見えたからだ。
高地の上にも森は広がっているようだけど、その上に行こうというわけではない。
確かに高地なら日当たりがよく、池の水で火が消える心配はないが、雨や風は防げない。
目的はその高地の下に、洞窟や洞穴がないか探すためだった。
人類の祖先は元々は森の中で生活していたが、ある時草原に出て火を起こし、狩りをするようになった。
原初の人間は、まだ使える道具や家を建てる技術が未発達だったことから、初めの頃は洞窟や洞穴を住処としていたらしい。
洞窟や洞穴などに壁画が残されていたりするのは、当時の人々にとって生活圏内に洞窟や洞穴が存在していたからと考えられている。
住居を建てることを覚えてからはあまり大規模な集落が洞窟に暮らすことはなくなったが、今の私のように道具もなく十分な暮らしの基盤が整っていないのに、いきなり住居を建てるのは無理がある。
洞窟や洞穴などの自然の地形を利用する他ない。
歴々のブッシュクラフターやサバイバリストたちも、素手でテントやブッシュハウスを作れるわけではない。
マチェットや手斧などの木材を切りだすのに適した頑丈な道具を持っていて、テントやブッシュハウスを作るコツや効率良く作れるノウハウを持っているからできているのだ。
今の私が持っている手持ちの道具(骨や枝)では、細い木でも切り倒したりすることすらできない。
せめて石器などが必要になる。
石器さえあれば数日掛けて何とかテントが建てられるかどうか。
その石器を作るのにも数日かかるかもしれない。
「そんなに雨は待ってくれないよね」
空を見上げると、雲行きがよろしくない。
数日どころかあと数十分もしたら降り始めてしまうかもしれないし、降らないかもしれない、微妙なところだ。
「一旦戻って、火種だけでも確保しないと」
いつ雨が降ってくるかわからない状況なので、一時、来た道を戻ることにした。
岩肌をざっと見たところ、少し先の方に窪みらしき場所はあった。
あのくらいの窪みがあれば雨は防げるはず。
まずはそこに火を移して、もっといい場所を探す足がかりにしたい。
木の根などの足元に注意しなくはならないが、池までの帰り道を急ぐ。
ズルッ……
「きゃあっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます