第0.2話 ヘンテコな3人
噴水広場での1件で、ニックに体をいつものところに運んでもらうように頼んでから、意識を別の体に移した。
ここはいつ来ても沢山の人がいる。
誰かと話したくなったり、音楽のセッションをしたり、同じ趣味のやつを探したり、失せ物や探し物の情報集めなんかに最適だ。
僕は普段ここにはあまり来ないのだが、さっきの女の子、もとい、あまり知らないことの多い境界侵犯者が捕まったらどうなるのかとか の情報を集めにきた。
だいたい検討は付いていたか、ロビーのコンシェルジュAIに尋ねても、これといった収穫はなかった。
境界侵犯者については、ここのコンシェルジュAIやこのスペース自体で規制ワードに指定されているらしく、それを話すグループや人物を調べることはできないらしい。
探すなら地道に聞き込みが必要だ。
だけど、僕ならもう1つ方法はある。
ナノマシンのプログラミングは得意だ。
ナノマシンに情報集めを手助けしてもらうことにしよう。
ここに置いている体には、だいたい3m㎥程のナノマシンを5万個ほど常時展開できるようにしてある。
ここは4次元空間なので、絶対的にナノマシンの数は足りていないが、中をさまよいながら人がいるところ、会話しているところに、そのナノマシンを展開するようにしていけば、かなりの広範囲の音声会話を集積できる。
その集積データを文字にして、単語検索をすれば、気になる会話をしている人物の場所がナノマシンの位置で特定できる。
その人物がどれほど知っているのかはわからないが、人の口に戸はたてられない。
探し続ければいずれは何かしらの手がかりは掴めるだろう。
しばらくナノマシンを展開しながら会話データの文字を流し見していた。
現在約5000人ほどの音声会話データが集まった。
気になる単語は、
試しに検索をかけてみた。
意外なことに、
人気の
数が多すぎるので後回しだ。
次に、境界侵犯者だが、0件。
間違いなく規制ワードのせいだ。
規制ワードを出してしまった会話者には、ここの出入りランクを下げる仕組みがある。
みんなそれを回避するために別の単語を使っているのかもしれない。
エリア531635について話しているものは、ほとんど日常会話。
広場の噴水の場所は待ち合わせや目印としてよく使われているようだ。
さっきの境界侵犯者の会話などの目ぼしい情報は見つけられなかった。
『あのアリスちゃんは、あれは絶対眠れる森の美女だ。間違いない。』
『いや、違うわ。頭が赤かったんだから赤ずきんよきっと』
『誰がなんと言おうとシンデレラじゃ!
みたじゃろう、あのガラスに納まるお姿を!』
「これって、もしかして……。
場所は……CSFX3H7D4T。
行ってみるか」
この空間は、部屋の場所され分かれば4次元の繋がりですぐに目的の場所に移動することができる。
ナノマシンに帰投パルスを送り、回収を忘れずに、気になる会話の部屋を指定して飛ぶ。
「シンデレラはガラスの中で寝らないだろう」
「いやいや、シンデレラなら寝るわい。
そこがガラスでピッタリならそうするじゃろう」
「髪が赤いのを忘れてるわよ?
シンデレラは金髪だもの。
赤ずきん意外いないわ」
目の前には3人がそれぞれの意見を主張し合っていた。
「あ、あの、その話ってさっきの噴水広場のですよね?」
「「「そうだ」よ」とも」
3人とも一気にこっちを見て口々に肯定した。
やっぱりそうなのか。
次に口を開いたのは、口ひげをたくわえた小柄な中年男性だった。
「坊主、お前は誰だ?」
この中では1番年上なのか、威厳がありそうな低い声。
しかし、その威厳は頭に乗せてる緑の三角帽子と体のサイズに見合っていない緑のブカブカシャツとピチッとした白タイツという出で立ちで、台無しになりかけている。
続いて声を発したのは背が高く、声も高い、見た目三十路くらいで、ヒゲは生えていないかツルツルキレイに剃られている男性だ。
「ここになんの用?」
こちらも三角帽子にブカブカシャツと白タイツ。
帽子とシャツの色は青。
最後に口を開いたのは、顎ヒゲを生やしていて、小太りだけど3人の中では若そうな見た目で、僕より少し歳上そうな男性だ。
「お主、なんか怪しいヤツじゃな」
ほかの2人と同様に、黄色い三角帽子とブカブカシャツに白タイツという出で立ちだ。
もう、清々しいくらいに怪しさ満点の3人組だった。
なんで話しかけてしまったのかを軽く後悔しかけている自分がいた。
「怪しい?僕が?」
しかもこちらの方が怪しいとまで言う始末だ。
頷く3人を交互に見つめていると、緑帽子の男性が先を促す。
「それより要件は何だ?
つまらない話なら他所へ行ってくんねぇか」
「あの、さっき噴水のとこにいたんです、僕」
青帽子の人がため息混じりにこう言った。
「あそう、それで?」
「あの、その、アリスって、もしかして、きょうかいしん」
「お主はミュートじゃ!!」
黄色帽子の男性が鋭く叫び、僕は声を発せなくなってしまった。
部屋内ではミュートやキックなど部屋のルールに従って各自にそれぞれ権限が与えられている。
「ひゃあー。危ねぇ危ねぇ。
黄ぃ坊、よくやった」
緑帽子の男性が黄色帽子の男性を褒める。
「わしゃあ、最初っから怪しいと思ってたんじゃあ。
なんたってこんな所に来やがったんじゃか」
「しかも、規制ワードを言おうとするなんてね。
本当にふざけてる!
すぐに追い出しましょうよ」
青帽子の男性がその長い足で何かを蹴る仕草をする。
キックは19人以下の部屋なら過半数を超えると部屋から強制的に追い出すことができる。
つまりあと一人キックすれば僕は追い出される。
追い出された人はその後一定時間を置かないと再入室できないし、入室するまでにブロックを掛けられればもう入ることが出来なくなる。
緑帽子の男が黄色帽子と青帽子の間を割って、こちらに1歩あゆみ出てきた。
「まあまあ、待て待て。
もしかしたらこいつは見たとこ若いし、今来たばかりだから、ここの作法を知らんのやもしれん。
おい、坊主。
ミュートしたままよーく聞くんだ。
わかったら頷く、分からなければ首を振れ。
良いな?」
僕は声を出せないので、とりあえず何度も頷く。
「まずは、そうだな。
ここでは規制ワードを話すとペナルティがある。
これは部屋の中の全員にペナルティが付いちまう。
だからお前さんはミュートしとる。
規制ワードを言いかけたからな。
ここまでは良いか?」
頷く。
そして、両手のひらを胸の前で合わせながら謝罪のポーズをとる。
すると今度は黄色帽子の男が尋ねてきた。
「お前さん、あのエリア531635の噴水にいたとな?」
頷く。
「して、その噴水のところにいて、あのアリスちゃんをみたんじゃな?」
首を傾げる。
アリスちゃんが何かを指しているのかをさっき問いかけたが、自分の思っている境界侵犯者とは違うものかもしれない。
そこで空かさず緑帽子の男が僕にわかるように補足をしてくれた。
「おお、そうか。
なら、よく聞いておれ。
アリスちゃんとは、この世界に来た招かれざる客の中で、若い娘にたいして俺たちがそう呼ぶことにしとるんだ。
それで、お前さんはアリスちゃんをみたのか?」
なるほど、この世界、つまりほかの世界からすればここは異世界で、不思議の国に迷い込んだようなものか。
だからあの少女のことをアリスちゃんと言っていたのか。
今度ははっきりと頷いた。
黄色帽子の男性も僕に教えてくれた。
「他にも、青年であればガリバーとか、少年ならピノキオとか、色々と呼び名をつけているんじゃよ。
してからに、君はガリバーか?」
首を横に振る。
この3人は突然現れた僕のことを境界侵犯者だと思ったらしい。
「じゃあ、君はこの世界の住人じゃな?」
頷く。
緑帽子と黄色帽子の男たちは互いに顔を見合せ、自分たちのヒゲをいじり始めた。
次の質問を考えあぐねているといったところだろうか。
待っていることに耐えかねたのか、それとも会話に参加できずにイライラしているのか、突然青帽子の男性が苛立たしそうに手足をバタバタと動かしながら叫んだ。
「ああ、もう!
ミュート解除!
あんたはなんでここに来たのさ!?」
3人の視線が僕の顔に集まる。
「僕は、その
正直に言った。
変な疑いをかけられ続けるのも良くない、聞きたいことを聞いて去るつもりだった。
緑帽子の男性が何か納得したといった風に尋ねてきた。
「おお、そうかそうか。
なるほどなぁ。
お前さんはあのアリスちゃんをどう思う?」
どう思うってなんだろう?
「どうって……う〜ん……。
なんというか、その、きれい、でした。
見たことのない宝石のようで、その、とにかくすごく、美しかったです」
「おお!?
おお、そ、そうか。美しかった、か。
なんか思ってた答えと違ぇんだが、まあいいか。
よし黄ぃ坊、青っち。
こいつはどうもアリスちゃんやガリバーやピノキオ達のことを何も知らないようだ。
だが、運良くここを嗅ぎ付けた。
そしてどうやら、あのアリスちゃんのために『イートミー』と『ドリンクミー』を知りたいらしい。
俺ぁ教えてやっても構わないと思ってるんだが、お前らはどう思う?」
「わしゃあ、まだこいつを信用しきれんのう。
じゃが、みどさんが教えるんじゃったら、止めはせん」
「おう、黄ぃ坊の意見はわかった。
青っちはどうだ?」
……
少しの間があって、青帽子の男性が近づいてきて、何故か僕の手を握りしめていた。
「あたしは大ッ賛成よっ!!
この子、なかなか見所があるじゃない!
あたし気に入ったわ。
今すぐ行きましょ!!」
「……。
んじゃまあ、決まりだな。
行くぞ」
「え、ちょ!?
行くって?ど、どこに行くんですか!?
あのっ、手、手を離してください。
ちょっと、あのー!?」
僕は青帽子の男性、青っち、に手を掴まれたまま、どこともしれないところに向かって力強く引っ張られて行くことになった。
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