第23話 俺は嫁が欲しい⑤
今日は姉、マルティーナの嫁ぎ先の親戚が訪ねてくる日だ。
執務室で意味もなく書類をめくりながら、俺はグラーツィアの髪の感触を思い出していた。
艶があって、しっとりとした手触りだった。
……触りに行ったんじゃなくて、目が覚めたら俺の手に彼女の髪が当たっていたんだ。偶然だ。
初めて見る彼女の寝顔も可愛かったな……。
今朝のことを思い出してニヤニヤしていたら、執事が来客を知らせに来た。
「やあ、
マルティーナの夫であるディックは悪い人間ではない。それどころか姉に釣り合わないほどできた人間だと思う。
しかしたまにすごく鈍感なところがあって、俺は何度もそれにイライラさせられていた。
「そうですか、フラヴィアが。では応接間へ……」
「あっ、応接間はダメ!」
俺がさりげなく[竜の目]のある応接間に案内しようとすると、ディックの後ろに隠れていたフラヴィアが小さく声を上げて、ディックの服の一部を引っ張っていた。
「我が家では、客人は応接間に通すようになっているんだが」
「客人だなんて、水くさいじゃない。わたくしたちは親戚でしょ?」
口の達者な子供を前にして、俺は眉毛がピクピクするのを感じた。
母さんの実家でありマルティーナの婚家であるテルーニア家は、温泉以外の特色がない領地のため、こちらとはかなりの経済格差がある。
それを解消したいのか、親父が母さんと結婚して以来ずっと「魔鉱石関連の仕事をくれ」という申し入れが来ていた。おそらくディックの父親あたりから。
もちろんかなりのエリートしか魔鉱石を扱う仕事には
今度は俺とテルーニア家の女性を結婚させようとしているらしい。従姉妹のフラヴィアはその影響をもろに受けて、十一歳かそこらで俺と結婚する気でいるのだ。冗談じゃない。そんなことになったら俺は発狂する。
「親戚ねえ……」
俺が嫌味を込めて言うと、フラヴィアの肩がピクリと動いた。
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あれは俺が[竜の目]を掘り出してすぐの頃だ。
我が家にテルーニアの商人の男が来たことがあった。そいつは母さんの親戚だと名乗っていた。
テルーニアでは一夫多妻が認められていて、領主ともなると五人くらい妻がいるのは普通のことだそうだ。母さんの母さん、つまり祖母は商人の娘で、その祖母の異母兄弟の親戚だという話だった。遠いのか近いのかよくわからない。
親戚であれば無下にはできまい、と親父が会う準備をしている時に、それは起きた。
空気を割くような大きな音が鳴り響き、建物が縦にドンと揺れた。何が起きたのかとみんなが騒ぐ中、応接間に詰めていた侍女が真っ青な顔をして飛び出てきたのだ。
「お、お客様が、あの、お止めしたのですが……」
侍女の話では、商人は勝手に[竜の目]に近づいていったという。慌てて止めようと駆け寄った瞬間、いきなり目も開けられないほどの眩しさと大きな音がして、侍女自身が倒れてしまった。起き上がって見た時には、すでに商人は死んでいた――
「この男、本当に商人だったのか?」
男の質素な身なりを見た親父が調べさせたところ、テルーニアの人間ではあったが商人ギルドに名前がなかった。男の借りていた宿から、掘り出されたばかりと思われる処理前の魔鉱石がでてきたこともあって、この男はスパイのような存在ではないかと推測された。
[竜の目]はベスフィーオに悪意のある人間を攻撃する。
このことが明らかになってから、テルーニア家の連中は[竜の目]のある応接間に入るのを巧妙に避けるようになった。自分たちが良からぬことを考えている自覚はあるらしい。
俺があの石を掘り当てたのは、この領地をああいう人間から守れという意味もあったのかもしれない。
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「ところでお
談話室でソファに腰かけながら、俺は指を組んで目の前の大男を見上げた。
これは今日一番大切な仕事になるだろう。
「姉にはどのようなプロポーズをしたのですか」
「おお、
ディックは大きな体をのけぞらせておどけて見せた。がっちりした体格のディックは、実の息子である俺よりも俺の親父に似ているような気がする。
「僕は小さい頃からマルティーナのことが好きだったんだ。今のフラヴィアくらいの歳の時に告白したんだけど、『頼りない男は嫌い』って言われちゃってさ」
十代序盤の男子に頼りがいを求めるのも違うような気が……。
「そのあと、一年くらいたってまた会った時、マルティーナが体当たりしてきたんだ。吹っ飛ばされそうだったけど、僕は全力で受け止めて見せた」
「何の話をしているんだ……」
「マルティーナは、吹っ飛ばない男がカッコいいと思っているんだ。『弟はひょろいから簡単に吹っ飛ぶ』って言っていた。それで僕と結婚してくれることになったんだよ」
「…………」
ひょろいのは関係ないだろ!
魔道具を使って俺を吹っ飛ばしていたくせに、何を言っているんだあの姉は……。
ディックだってあの魔道具を使えばぶっ飛んでいくに決まっている。
「そういえば、君も結婚するらしいね。マルティーナが言っていたよ。王都から来た女性だって……あれ? フラヴィアがいない」
見回してみると、確かに部屋にいたはずのフラヴィアの姿がない。
「あの子はその、君の結婚相手にすごく興味を持っていたから……もしかして」
ディックが慌てて立ち上がろうとするのを手で制しながら、俺は笑顔を作って席を立った。
「ああ、俺が探しに行きましょう」
あいつ、もし俺のグラーツィアに何か余計なことを言っていたら、問答無用で[竜の目]の前に連れて行ってやるからな……。
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