第22話 俺は嫁が欲しい④
「じいやぁぁぁああああああ!!!」
廊下を全速力で駆け抜けて、俺はじいやの部屋に飛び込んだ。
「坊ちゃまー、ノック……」
「眠れたぞ!」
嬉しい気持ちが抑えきれない俺を見て、じいやが目尻を下げる。
「ほう、ほう。ではあのお嬢さんと、何かありましたかな」
「そうだ、昨晩彼女の部屋に行って話をしていたら、急にフワッと眠くなったんだ」
「まさかよば……いやいや、それは呪いが解けるきっかけかもしれませんぞ」
じいやは顎に手を当てて何か考えている。
もう呪いは解けた、と思い込んでいた俺のショックは大きかった。
「……解けたんじゃないのか?」
「どうでしょうな。初代領主様の[竜の目]は、呪いが解けると同時に消えてしまったそうですが……」
急いで応接間へ見に行こうとしたら、じいやが「少し前に確認しておりますぞ」と服をつかんで俺を止めた。毎朝一番に変化がないか確認しに行っているらしい。
そんなにうまくいくはずはないとわかってはいるのだが、ため息がどうしても出てしまう。
「まあそう気を落とさずに。お嬢さんの部屋でなら眠ることができた、これは一筋の光明です。これから毎晩一緒に過ごしてもらえば、呪いなど無いのと同じことでしょう」
「毎晩……」
俺はじいやの提案に膝を打って同意したいのを、唇を噛みしめて我慢した。
「俺もそうしたいけど、彼女はどう思うだろう」
「そこはほら、坊ちゃまが押しまくるんですよ」
「どうやって?」
じいやは「う~ん」と唸って腕組みをする。
「大旦那様に聞いてみましょうかね」
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「うん? リリアーナにプロポーズした時のことか」
朝食後、俺が親父に「女性に対するアプローチの仕方」を聞いたら、親父はよくぞ聞いてくれたと喜色満面で話し出した。
「俺も昔、女性の気を引くには甘い言葉とプレゼントだと聞いてな。でもその頃は女性と喋るのが苦手だったから、リリアーナへはとにかく物を送りまくったものだ。アドバイスとしては、花で部屋を埋め尽くすのはやめておいた方がいいぞ」
「そうなんだ。ありがとう、父さん」
全く参考にならなかったが、俺はとりあえずお礼だけ言っておいた。
親父は得意げな顔をしてうなずいている。
「さっきのルチアナさんにか?」
「いや、彼女の名前はグラーツィアっていうんだ」
俺は反射的に訂正した。
そういえば、先ほどの食事の時にも「彼女の名前はルチアナじゃない」と言おうとしたんだった。でもみんなの前で言うのはやめておいた。彼女が自ら違う名前を名乗っている理由がわからないからだ。
どうも彼女には、誰かに強制されているのかと疑ってしまうような不自然さが見え隠れしている。
「ん? ……そんな名前だったか?」
親父はしばらく首をひねっていた。
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二度目の夜も眠ることができたので、俺は浮かれていたのかもしれない。
自分の中にこんな深いどん底があるなんて……思ってもみなかった。
「聞いてらっしゃいますか、坊ちゃま」
「……聞いています……」
ばあやが珍しく怒っている。当然だ。
なんと彼女……グラーツィアがソファで寝ていたというのだ。
ベッドにいないのは先に起きたからだと思っていたら、そんなことをしていたとは。
彼女を前にするとなぜか睡魔が襲ってきて、気を失うように眠ってしまうので、そのあと彼女がどうしているのか知りようがなかった。だが部屋にベッドは一つしかない。だから俺は一緒に寝ているものと思い込んでいたのだ。
それがソファで寝ていたという……。
「俺は……嫌われているのか。一緒のベッドに入りたくないくらい」
「どうでしょうねぇ……」
ばあやは首を横に振って俺に背を向ける。
「彼女は泣いていましたよ。ソファなんかで眠ったら身体が痛むのでしょう」
「そ、そうなのか」
「それでも、一緒のベッドは嫌なのかも」
嘘だ――――
俺は膝から崩れ落ちた。
信じたくない、でも本当にそうかもしれない。
どん底だと思っていたらまだ底があった。
床の上で膝を抱えながら、俺は必死で考えていた。
こんな状況でどんな顔をして話をしたらいいんだ。
贅沢は言わないから、ただ俺と一緒にいてくれないか。
でも、できれば少しは好きになってほしい。
俺は欲が深いのか?
叫び出しそうになる口を強く引き結んで、俺は彼女の部屋へ向かった。
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