第18話 俺は嫁が欲しい(序)
「いずれ領主になるお前に教えておこう……」
俺が十三歳の時、爺ちゃんは重々しい感じで話し出した。
「ここの領の女性は気が強い人が多いんだ」
「うん知ってる」
俺はがっかりした。そんなの、母さんや姉さんを見ていればわかることだ。
「そうか、だったら話は早い。いいかいエドアルド、これぞ淑女だという女性に出会えた時は、真っ先に声を掛けろ」
「どうやって?」
「それは時と場合によるが、お付き合いしてください、とか……?」
爺ちゃんの話はよくわからなかった。
「隣国から出稼ぎに来るのは主に男性なのです」
家庭教師が言うには、隣国の中でもこの領と接している地方はあまり豊かではないらしく、「稼ぐならベスフィーオへ」というのがもはや常識になっているという。
経済的に豊かなベスフィーオの女性は、家事労働はすべて魔道具で終わらせて、美容や着飾ることに余念がない。貧しい地域から来た男にとって、そういう女性たちは女神のように美しく見えるそうだ。
「それでいつまでも帰らない、というわけか。迷惑だから出稼ぎの男を締め出そう」
俺が言うと、家庭教師は困ったように眉を下げた。
「そうもいかないんですよ。領民は生活に余裕があるから、安い仕事をしたがりません。低賃金で肉体労働をしてくれる労働者が必要な場合もあるのです」
俺はイライラして、賢そうな顔の家庭教師を睨みつけた。
「男が多くて女が少ないと、どんな不細工でもそれなりにモテるから、気の強い女になるんだろ。――姉さんみたいに」
次の瞬間、俺の身体は吹っ飛ばされていた。
「エルドおおおおお!」
何かの技名のように聞こえるだろうが、俺の名前だ。正確には「エドアルド」だが、せっかちな姉は面倒くさがって縮めて呼んでいる。姉は愛称だと言っているがそんなことは絶対にない。
俺は壁にぶつかる寸前で受け身を取って着地する。こんな攻撃には慣れていた。
「本当のことを言っただけだろ!」
「わたしのどこが不細工なのよ! 婚約だって決まっているわ!」
姉のマルティーナは、正直に言えば不細工ではない。父親譲りの艶のある赤茶色の巻き毛も、人によっては華やかだと思うかもしれない。
ただ性格を反映して非常にキツイ顔をしている。上がり眉毛は太くてくっきりはっきり、大きな目はまつ毛を周囲にみっしり生やして余計に大きく見えた。あの目でメンチを切られれば狼でも逃げていくだろう。
俺も逃げたい。
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五歳年上のマルティーナは子供の頃から暴君だった。遊んでもらおうと寄って行った、幼き日の無邪気な俺が、強烈なビンタを受けた瞬間を今でも覚えている。
あの目つき、あの大きく振った手の動き。……忌まわしい記憶だ。
一般的に幼少期の体格は男子より女子の方が良い。しかもそこへ五歳の年齢差があるのだから、あれはまるで巨人から暴力を振るわれたようなものだった。
驚いて大泣きする俺を爺ちゃんがあやしてくれたのだが、それもマルティーナは気に入らなかったらしい。
「今まで、わたしが、お爺様の一番だったのに!」
この一件以来、俺とマルティーナは離れた棟で育てられることになった。
まともに顔を合わせたのは今年に入ってから――あれから十年後くらいだろうか。
十三歳の俺は親父に迫るほど背が伸びていた。
今ならマルティーナにかつてのような攻撃をされても、負けることはないだろう。
ところがマルティーナは俺が成長したことを知っていて、お抱え魔道具師に特注で風の魔道具を作らせていたのだ。
気に入らないことがあったり、俺が何か文句を言うと、魔道具で出した突風で俺を吹き飛ばすようになった。
風の魔道具は威力が強かったので、たまに机やイスを一緒に吹き飛ばしていた。これにはさすがに「家が壊れるわ!」と母さんが怒った。人を一人吹き飛ばすのだからそうなるのは当たり前だ。しかし怒られて自分の主張を曲げるような人間だったら姉はここまでにはなっていない。
そして母さんの怒るポイントがズレているような気がする。やはり親子なのか。
俺はきっと橋の下で拾われた子なんだろう。母さんに似ているような気がしていたけど、そんなことはなかったんだ……。
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