第19話 俺は嫁が欲しい①



 暴力的なマルティーナは二十歳になり、奇跡的に婚約者と結婚して家を出て行った。


 それから三年が経ち、俺の成人が近くなってくると、親父が目に見えてソワソワしだした。

 聞けば、親父は早めに家督を譲りたいらしい。


 マルティーナが結婚したのは母さんの実家であるテルーニア伯爵家の跡取り息子だった。ここら辺は王都とは遠く離れているため、近隣の領同士で結婚することが多い。テルーニアはベスフィーオの南側に位置する隣領だ。

 そのテルーニア系の女性は遺伝なのか、全員性格が激しい傾向にあった。

 だから俺はあの中の誰かと結婚することは考えられなかった。


 その「親戚の中の誰かでいい」というゆるい風習のおかげで、早くから婚約者を決める必要がなかったことだけはありがたかったが。


 姉の奇跡はさらに続き、なんと三年のうちに二人も子を成した。俺は密かに相手の男を尊敬している。

 母さんは「孫の面倒を見るため」などと言ってテルーニア領の温泉保養地に長期滞在するようになった。


 何のことはない。温泉に若返り効果があると聞いて、文字通り入り浸っているだけの話だ。

 それを知らない親父は母さんたちと一緒に温泉に行きたがって、結構な規模の別邸を建ててまで準備しているという。

 尻に敷かれるのも大概にしろよ……。

 そんなわけで、俺は早く次の領主になれという無言の圧力をかけられていた。




 親父が待ちに待った俺の成人の儀式の日に、俺は自分の運の無さを呪うことになった。

 俺が掘り出したのは[竜の目]と呼ばれる石で、この石には四百年前と同じ呪いが付いていたのだ。


 呪いによって俺は眠れなくなり、心身共にその影響が出てきた。難しいことが考えられなくなったり、幻覚を見たり、寒くもないのに震えだしたりした。


 こんな状態では領主など絶対に務まらない。

 親父はまずいことになったと思っているようだった。


 初代領主はこの呪いをどのようにして解いたのか?

 じいやの持ってきた文献によると、『王都の貴族の娘プリシラと婚姻し、呪いは解けた』とある。


 ここから推測されるのは、

 ①王都から来た貴族の娘

 ②プリシラという名前の娘

 ③ただの娘

 このどれかと「婚姻する」ことが呪いを解く方法になるのではないか。


 それを聞いた親父は「王都の貴族の娘であればいいのだな」と、手当たり次第に王都に住んでいる貴族の娘を調べさせていた。

 たぶん親父は①しか読んでいない。


 ところが王都にいる大抵の貴族の娘には、生まれた時から、もしくは成人の前には必ず婚約者が決められているということだった。

 あらゆる伝手を使っても、婚約者のいない貴族の娘を探し出すことは難しかったようだ。


 親父は日ごとに苛立ちを深めていった。

 何しろこの呪いが解けないことには、俺が領主になることはできない。そして親父は温泉保養地で孫とのんびりできなくなるのだ。

 俺が眠れなくて毎日苦しんでいる以上に、親父はスローライフに夢を抱いていた。




 そんな時に現れたのがモリスという執事の男だった。

 王都の商人からの紹介で訪ねてきたその男は、顔色が悪く痩せていた。馬を飛ばしてきたのかブルブルと震えている。


 男の用件は、仕えている伯爵家の借金の肩代わりを頼みたいとのことだった。

 ウチにはお金があると思われているようで、その手の相談はよくあった。いつもの親父ならそんな話は取り合わなかっただろう。

 しかしこの時の親父は違った。


「バローネ伯爵か、お会いしたことはないが……伯爵には娘がいるのか?」


 親父の唐突な質問に、執事の男は戸惑ったようだ。


「は、はい? ええと、実子が一人、奥様の連れ子が一人、おられますが……」

「ほほう、いるのだな。ではどちらかの娘を寄越してもらえるなら、この話を受けよう」

「ええっ!?」


 執事の男は断られると思っていたのか、間の抜けた顔をして驚いていた。そして親父の言葉を理解するとすぐに青ざめた顔になった。

 親父はそれを見てさらに畳みかける。


「見れば借金の利子すら払っていないようだ。これでは返済は期待できまい。ただで肩代わりしてくれというのは……虫が良すぎるのではないかね?」


 俺はそのやりとりを応接室の奥から見ていたのだが……。

 ただでさえ体格のいい親父が、威厳を出そうとして睨みながら低い声を響かせるものだから、相手の痩せた男はまるで脅されているように感じただろう。


「どうか、どうかっ、ルチアナ様の方でお願いします、グラーツィアお嬢様は、バローネ伯爵家の血を引く、唯一の……、ううっ……」


 痩せた男は明らかに取り乱して泣き始めた。親父は鷹揚おうようにうなずいて借金の証書を手に取ると、まるで悪役のように高笑いをした。


「はあっはっは、どちらでも『王都の貴族の娘』ではあるのだ、それは任せよう。バローネ伯爵に伺いを立てるなら手紙を出してやる。早めに用意をさせることだ。支度金もつけるぞぉ」


 俺は頭痛がしてきた。寝不足のせいではない理由で。

 あの泣き崩れている執事のオッサン、絶対勘違いしているんだろうな……。

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