第10話 呪いの原因



「ここは王都の常識と違うところがありますからね。まずはそれを学んでいただきましょう」


 お婆さんの優しい一言で私はベスフィーオ領について勉強させてもらうことになった。

 働いていない私にこんなに親切にしてくださるのが、申し訳なくて……。

 いえ、後ろを向いてばかりではいけないわ。頑張らなければ。




 お婆さんの名前はバルバラさんといって、かつては王宮所属の魔道具師をしていたという。魔道具師はそれなりに地位のある職業だから、王宮付きなら間違いなくエリートだったはず。

 そして昨日馬車から私の荷物を持って行ったお爺さんは、バルバラさんの夫でジルさんというらしい。このお屋敷では「じいや」または「じい」と呼ばれている。

 ジルさんもバルバラさんと同じ職場で働いていて、誰よりも腕が良いのに権力を持つ悪い貴族のせいで飼い殺しのような状態にされていたそうだ。

 若かったバルバラさんはジルさんの待遇の悪さに不満がたまり、彼と共に王都を出奔してベスフィーオ領まで逃げてきたのだとか。


「ここでは領主様の庇護の元、自由に魔道具を作ることができましたし、お給金も当時の王宮の五倍はありました。それに領主様の許可があれば、作ったものを売ることもできるのですよ!」

「はい……」


 バルバラさんの熱のこもった言葉から、王宮の環境が耐え難いものだったことが私にも理解できた。


 ベスフィーオ領以外の場所では、魔道具師は自由に魔道具を作ることも売ることもできないのだろうか。

 魔道具を作るには高度な魔術知識が必要になると聞いている。それなのに待遇が悪いのなら逃げられても仕方がない。


「王宮の役人は『ギルドから文句が出る』などと言って、何か便利なものを作るたびに私たちに嫌がらせをしてきましたからね。その上わずかなお給金のために、変な魔道具を作らされるようになって……」


 バルバラさんはその頃のことを思い出したのか、眉根を寄せてギリギリと歯ぎしりをする。


「夫は古代竜の研究をしていてこの道に入ったので、どうせ逃げるならベスフィーオへ行こうという話になったのですよ」

「グフォッグフォッ、わしの話かな~」


 いつの間にかお茶のセットが乗っているワゴンを押しながら、あのお爺さん……ジルさんが部屋に入って来ていた。変な笑い声は前に聞いたのとまったく同じだった。


「バルバラ、昔のことを話しているのかい?」

「ええ、研究は昔の話から入るものですよ」

「ん~、そうとも言えるけど」


 ジルさんはお茶をカップに注ぎながら私の方を見る。


「お嬢さんは、古代竜について耳にしたことは?」

「はい、このベスフィーオ領のどこかの山に住んでいたと……」

「ニエーラ山ですな」


 私の答えにジルさんは満足そうにうなずくと、カップいっぱいに入ったお茶を私の目の前に置いた。


「年配の教師にでも教わりましたかな。もう知られていないと思っておりました」


 そういえば私の家庭教師をしていたのはかなり高齢のお爺さんだった。隠居していたどこかの学者が、暇つぶしに散歩をするついでだからと無料で教えてくれたのだ。

 『教師を雇うととても高いから、助かるわ』とお母様がそのお爺さんと話していたのを覚えている。

 おそらくお父様に家庭教師をつけてほしいと頼んでいた場合は、そんな金はないと言われて終わりになっていただろう。


 ジルさんはお茶を飲みながら遠い目をする。


「わしは王宮付きになる前は魔道具作りよりも古代竜の研究ばかりしておったのですよ。お嬢さん、ニエーラ山に住んでいた竜はどうして死んだと思われますか?」


 急にわからない質問が来たので、私は思わず背筋を伸ばした。

 どうして死んだ、って……。そんなことを今まで考えたことがなかったわ。生物は死んでいくものではないのかしら。


「寿命……ですか?」

「いいえ。竜族はたいてい非常に長生きですが、古代竜となるとほとんど寿命がないのですよ」

「えっ!?」


 私は思わず大きな声を出してしまった。寿命のない生き物がいるなんて、とても信じられなくて。

 

「で、では、自分の死期を悟って、魔力を放出して死んだ……というわけではないのですか?」


 私は古代竜の伝説にそんなイメージを抱いていたのだ。

 ジルさんは相変わらずニコニコ笑いながら首を横に振る。


「学者でもそう言う者がおりますが、わしは違うと考えます……」


 ジルさんが話してくれたのは、この国以外にも『竜がいた、もしくは今も竜がいる』という伝説のある国は少なくないということだった。


 若かりし頃のジルさんは竜の生態について調査するため、各国を回っていた。

 その結果ほとんどの竜は高い山などをナワバリに持ち、夫婦一組で過ごすのが基本であると確認できたそうだ。

 ナワバリは男竜が維持し、女竜はそのナワバリを渡り歩いて伴侶を決める、という習性があり、一度決めた伴侶を変えることはまずない。

 長く生きるためか、繁殖行動はあまりしない。しかしまれに生まれる子供の竜は成長すると親のナワバリを離れて、新たなナワバリを作ったり相手を探したりする――。


 私は何とも言えない不穏な空気を感じていた。

 伝説で死んだ竜が……つがいだったとは聞いていないけれど……。


「死んだ竜には嫁さんがいなかったんです」


 ジルさんはあっさり言ってしまった。


「そもそも死ぬことがないのにわざわざ魔力を放出して死ぬというのは、強烈な欲求不満を感じさせる行動ですからなあ」


 あんまりな死因だわ……。でもそんな死に方をしたにもかかわらず、その山でれる魔鉱石が人々の役に立っているのだから、いくら感謝しても足りないくらいだと思うの。


「……だからあの石には、呪いがかかっておるのでしょうな」


 ジルさんは小さくつぶやいて、相変わらずグフォッグフォッと変な笑い声を出していた。


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