第9話 仕事がない
「あの、私は、働きたいのです」
朝食を終えて部屋へ送ってもらっている時に、私の口からそんな言葉が飛び出てきたのは焦りのせいに違いなかった。
それを聞いたお婆さんの顔は……驚いたように目を見開いてしばらくそのままになっていた。
私、そんなに変なことを言ったのかしら。
「……まあまあ、働きたいと。それは結構なことですね」
ようやく動きだしたお婆さんは不思議そうな表情に変わる。
「しかし、何をして働かれるおつもりですか」
「え……ええと、掃除……などを」
実は私自身にも「働く」という言葉の明確なイメージができているわけではなかったので、とりあえず実家で見たことのある仕事を言ってみた。
ちなみに自分でも侍女としての務めはできそうにないという自覚はある。
「まあ、掃除ですか。お心がけは大変素晴らしいことですが……」
お婆さんはとても柔らかな笑みを浮かべていた。
その表情にどこか違和感があることに気が付いて、私の心臓はドクドクと不安な音を立てる。
「ではこれをご覧くださいまし」
部屋に入ってからお婆さんが持ってきたのは手のひらに乗るくらいの小さな四角い箱だった。表面の光沢は金属のようで、反射する光が七色にキラキラと輝いている。
「これは?」
「魔道具でございますよ。たしか十年ほど前に作られた物です」
お婆さんはそれだけ言うと、箱の上にもう片方の手を乗せて、両手で四角い箱を挟むようにした。
すると箱の側面に黒い穴が現れ、どこからともなく出てきたホコリや髪の毛をすごい勢いで吸い込んでいく。
不思議なことに、箱のすぐ近くにいる私がホコリにまみれることはなく、むせることもなかった。何秒か後には何事もなかったように黒い穴は消えていった。
「今のは、何でしょう……?」
「掃除の魔道具ですよ。部屋全体のゴミや汚れを瞬時に消すことができるのです。これができてからベスフィーオ領では屋内での掃除の仕事はなくなりましたねぇ」
「………………」
魔道具一つで掃除が終わる。王都でもそんな話は聞いたことがない。言われてみれば実家でいつも床を拭いていた掃除の方たちを、このお屋敷では一度も見ていなかった。それなのに床も壁も柱もすべてが今磨き上げられたかのように輝いている。
王都とは常識が違いすぎて、ますます自分が役に立たない人間になってしまったような気がした。
それなら、何か他の仕事を探さないと。
でも私にできそうな仕事がなかなか思い浮かばない。
「あ、あの、では厨房の仕事などは……」
「厨房には、なんと! 下ごしらえまで自動でできる魔道具があるのですよ。昨年発表された新作なのです」
なぜかお婆さんはふふんと胸を反らせて自慢する。
どんな作業でも魔道具で自動化できるのはすごいとしか言いようがないのだけれど……。
「それに万が一のこともありますから、厨房には専属の料理人以外は入れない決まりですよ」
万が一……。ああ、毒を入れられたりする、ということかしら。
そうよね。借金返済のために連れてこられたような人間にそんな仕事は任せられないわよね。
でも、それなら私は何の仕事をしたらいいの。
落ち込み始めた私には、目の前のお婆さんがどんどん遠い存在に思えてきた。
だめよ、これじゃだめだわ。
ウジウジなんてしていられない、借金を返さないと……。
私は思わずお婆さんの小さな肩に取りすがっていた。
「お願いです、鉱石堀りでも何でもいいので、働かせてください。でないと借金がっ」
「お、落ち着いてくださいまし」
お婆さんは私の言動に驚いた様子で、それでも私の背中をゆっくり撫でてくれた。締め付けられていた気持ちが少しだけなだめられたように感じる。
「焦らずとも、あなた様にはきっとお役目がありますよ。……それから魔鉱石は、熟練の魔術師が探知魔法をかけながら掘り出すことで属性が強くなりますので、素人には難しいかと」
「そ、そうですか……」
穏やかに聞こえるお婆さんの言葉は、私にとっての厳しい現実を示していた。
――この領地では、私の仕事はないのかもしれない。
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